第303話 郷に入りては
視界が戻る。俺は元の、家の中に立っていた。
「よう」
そんな俺に、真っ先に声をかけたのは、ムティーだった。見ればピリア、スールと、俺のパーティに加えて分かれたはずの面々まで勢揃いでいる。
「ムティーたち、合流したんだな」
「満足いくまで寝たら暇になってな。ちょっと目を離した隙に面白いことになってたから、邪魔しに来た」
「お邪魔しまーすってね、キャハハッ」
「ワタシも調査を終えたので、その報告を、と思いまして」
「分かった。じゃあ一旦情報共有からやろう」
俺が言うと、皆が頷いた。最初はスールだ。
「大したものはありませんでした。しいて言えば地下室があったくらいで」
「地下室?」
「はい。キャビー様が気に入った女性を監禁し、いたぶるための部屋だそうで。バエル様が用意させたそうです」
それを聞いて、女性陣が嫌な顔をする。俺はどんな顔をして聞けばいいか分からない。しいて言うならどいつもこいつも因果応報だなぁってだけだ。
「それくらいのものですね」
「じゃあ次は俺だな。重要情報が多いから、注意して聞いてくれ」
俺はみんなに話し始める。霧が何故解除できないのか。邪神召喚の話について。その目的が今しがた話に出たキャビーであることも。
ムティーとピリアだけゲラゲラ笑っていたが、他の皆はどんな顔をして良いか分からないようだった。いや、サンドラは何か頷いてるが。
「いやー、やっぱ地獄って感じだな。どいつもこいつもゴミクズ! ゴミクズ! ゴミクズ! これだから地獄はやめられねぇ」
「どこの誰にも同情できる余地が一ミリもないっていいよね~。誰もが欲望に従って動いてる。奪い合い、殺し合いがすべて。リスクなんて誰も考えない。だから」
「―――ああ。だから」
二人は、まるで悪魔のように悪辣に笑う。
「「だから、好きに虐殺できる」」
ムティーとピリアは、長く地獄で活動しているだけあって、この地獄を全力で面白がっているようだった。何をしてもいい。究極の自由。力があれば、地獄は天国以上の楽園だ。
悲鳴と怒号と笑い声の絶えない領域。なるほど、思えば魔人がいるところでは、必ずそれらが上がっていた。
俺はスールを見る。スールは何か、恥じるような顔で俯いて地面を見つめていた。
生れ落ちた故郷がこれ、というのは、地上の常識を身につけたスールからすれば恥ずべきことなのだろう。俺だってカルディツァがこんななら、恥じる気持ちにもなる。
俺は最後に、パーティメンバーの皆を見た。
顔色は人それぞれだった。むっつり難しそうな顔をするクレイ。意外に普段通りのトキシィ。いつもより心なしか楽しそうなサンドラ。
そして微笑みと共に俺を見つめているアイス。
「ウェイド、くん」
アイスは、いつもの調子で俺の名前を呼ぶ。
「ウェイドくんは、ニブルヘイムで、地獄をたくさん、目の当たりにしてきたよね……っ」
「ああ」
「ウェイドくん、サンドラちゃんに聞いてたけど、ウェイドくんにとっての地獄って、どんなところ……?」
みんなの視線が、自然と俺に集まる。俺は少し考えて、口を開いた。
「最初は、意味の分からんところだった。治安は文字通り地獄。どいつもこいつも同情できない。クレイは今でも思ってるだろ? 『ここは最低最悪の地獄だ』って」
「……そうだね。僕には、最低限の倫理観が必要らしい」
クレイの苦笑は、文字通り苦み走っている。
「俺も最初はそう思ってた。けど、クレイと違って俺の根っこは善人じゃないからな。相手に正義があっても、邪魔なら倒してきた。それを俺は後悔してない」
育ちが悪いんだな。俺が自嘲すると、クレイは渋い顔をする。
「けど、ずっとこのニブルヘイムを俺は噛み砕けなかった。だからずっともやもやが残ってた。けど、今は違う。ムティーとサンドラが、地獄ってどういう場所なのかを教えてくれた」
一呼吸おいて、俺は言う。
「―――ここは、死者の国だ。魔人は全員亡者だ。奴らは、命じゃない」
「お、自力で気づきやがったな」
ムティーが笑う。それから面白がって「いつ気づいた」と問うてくる。
「半分くらいは勘だけどな。ここのことを、魔界って呼ぶ奴はほとんどいないが、地獄って呼ぶ奴はたくさんいる。魔人は何処で死んでもここで蘇る。それに」
俺はアイスにチラと視線をやった。
「あいつらには『
「……!」
「ハッ。違いない。奴らの攻撃性の高さは言い換えれば守るものがないからだ。もっと言えば本当に守るべき命だけはすでに世界に守られているからだ」
魔人たちは死を恐れない。苦痛は苦痛だから嫌だし怒るし泣き叫ぶが、それはそれとして一興だ。
だって、本当に恐れていたなら、サンドラのリスキルに本当に恐怖を抱いたなら、魔人兄妹はああも平然と俺たちに従いはしないだろう。
恐らくは、生前の感情の残滓を感じ取って、一興として恐れているフリをしている。
ムティーは言った。
「ウェイド、大正解だ。ニブルヘイムに限らず、地獄は文字通りあの世だ。彼岸だ。魔人の本質は亡者だ。迷宮が悪意に満ちてるのは、迷宮そのものが地獄への道だからだ」
ムティーはケタケタ笑いながら語る。
「魔人たちはここで命を保証され、生前の名残で我欲の限りを尽くす。無限に等しい時間を費やす。そうしていつしか、真に飽きる時が来る。そのとき連中は我欲を失い浄化される」
「……浄化?」
「ああ、浄化だ。白い炎が上がり、塩の柱が立つ。塩は貴重だから魔人どもが群がる。だが不思議なことに、それは死ではなくあくまでも浄化でな。嫌がる奴は少ない」
一方、とムティーは続ける。
「浄化された魂は、再び神に祝福され人間界に生を受ける」
「それは」
「そう、輪廻転生だ」
ムティーは面白そうに言う。
「言うなれば、地獄は人間性の成れの果てをすりつぶす場所だ。地獄と言っちゃあいるが、本質はただのあの世でしかない。死んでも生き返れるんだから天国とも言える」
だからこそ、とムティーは俺の目を覗き込む。
「ここにどんな感情を抱くかは、人による。俺とピリアには好き勝手出来る楽しい遊び場だ」
「みんなバカなのもいいよねぇ~。人間社会は正気だから合わないよ、キャハハッ」
ムティーとピリアは言い合い、それから俺を見た。まるで、お前はどうだ? と問うように。
「今の俺にとって、地獄は……――――」
俺は言う。
「子供の遊び場だ」
「……ほう?」
ムティーが目を丸くする。俺は微笑みを口にひっかけて言う。
「だってそうだろ? どいつもこいつも倫理観がないが、それに目をつむれば無邪気に遊んでるだけだ。俺はあいつらが嫌いじゃない。嫌いじゃないが、小さいとも思う」
「……小さい」
「ああ、小さいね。略奪を楽しむだけの領民も、羽虫みたいな領民すりつぶして満足してる悪魔バエルも、邪神呼んでひと暴れさせて火事場泥棒しようとする村長合議も小さい」
俺の言葉に、ムティーは考え込む。スールは理解に苦しみ、クレイはまばたきをしながら俺を見て、トキシィは「倫理観のなさには目をつむれなくない?」と首を傾げる。
だが、ピリアはニヤリと俺を見ていたし、サンドラはキラキラした目を俺に向けている。
アイスはただ、温かな目で俺を見つめていた。
「じゃあ、ウェイドくんは、どんな大きなことをしたい、の……?」
「よく聞いてくれた」
俺は笑みを大きくして、みんなに語り掛ける。
「俺はあくまでも魔王討伐が地獄にいる理由だ。ニブルヘイムは思ったより楽しいが、それでも地上の方が温かいし過ごしやすい。だから魔王討伐を最優先で考える」
「そうだね。それが合理的だ」
「だろ? クレイ。だから、正直霧を破るってだけなら放置してもいいこの状況だが、俺はあえて、得られるもん全部貰ってここから出ていきたいと思ってな」
でだ、と俺はつなぐ。
「スールから教えてもらったが、魔王城の守りを解いて、それを維持するためには人員がいるんだろ?」
「ええ、はい。その通りです、ウェイド様。我々だけでは恐らく足りません」
「ああ。それで俺はしばらく考えてた。少人数信頼できる強い魔人を見つけようかと思ったが、おそらくそれは難しい。強い奴はさておき、そもそも信頼できるやつがいない」
全員が深く頷く。魔人たちは絶対その場のノリで裏切るとかやる。絶対やる。
「だから、俺は別の方向性で考えてたんだ」
「別の方向性……っ?」
「ああ。つまり、その場のノリに従った結果、裏切らずに俺たちに従って戦う方が面白ければ、魔人だって裏切らないだろ?」
それぞれから納得の声。だが、クレイは言う。
「言うのは簡単だけど、その状況を作るのは難しくないかい?」
「その通りだ。普通に考えたら難しい。けどいくらか考えて、思いついたんだ」
俺はニヤリ笑った。
「魔人たちを、数の熱狂に巻き込む」
シン……と沈黙がおりる。どういうことかをみんなが考えている。
そこで、サンドラが言った。
「ウェイド、また演説するんだ。ワクワク」
「――――なるほどそうか! 確かにアレなら常にウェイド君に従う空気感を保てる!」
クレイが手を打つ。俺のパーティメンバーは全員理解する。だがムティー、ピリア、スールはどういうことか分からないという顔をしている。
「おいバカ弟子、分かるように話せよ」
「ハハ、要するにさ、こういうことだよ」
俺は、不敵に宣言した。
「この地域一帯の魔人、邪魔な奴とムカつく奴は皆殺し。従う奴は全員奴隷にする」
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