第5話-1 ピクミーの家族

「じゃあ、ね。布令君」


 瀬里奈とレイアに手を振り、僕たちはそれぞれの下へと帰る。

 だが、瀬里奈が不意に足を止めていた。

 そして、こちらに振り返り、「布令君、あのさ!」そう声を荒げる。だが、彼女はうつむいていた。


「どうしたの?」


 聞き返した僕に対し、瀬里奈は「なんでも、ない」ととぎれとぎれの言葉を発した。視線がふらふらとさまよい、僕と目が合わなかった。

 そのまま彼女は唇をきっと結び、背を向け、去っていく。


 ヒュペリオンの事件があってから、再び調査を開始して二週間が経過していた。

 布令は瀬里奈、レイアとテラスの調査を行っている。瀬里奈が望む限り。レイアに危険が及ばぬ限り。


だが、あの日から零士の姿を見ることはなくなっていた。

 瀬里奈は自分の正体を調査していた彼を監禁し、拷問したという。そして、彼が負ったけがはヒュペリオンが完全に治癒してしまった。瀬里奈が傷害罪に問われることはなくなったのかもしれないが、零士から見た瀬里奈は怪物そのものだったのかもしれない。


 普通の人であればトラウマになってもおかしくない。

あれから僕から連絡をしても返ってくることはなかった。


ただ、連絡がつながったところで彼に会った時に僕は何を言えばいいのだろう。


なんとなく歩いていると、目の前に病院が出てきた。

あのヒュドラが出現していた病院である。その病院の駐車場には一面に白いペンキで塗られたかのような跡が残されている。その白い部分は地面が隆起しており、曲がった鉄塔のようになっていた。そこは進入禁止とされ、入ることを規制されているものの、周囲には手を合わせている人々が集まっている。


ニュースに上がっていたが、この病院の駐車場は神聖な場所と扱われているらしい。テラスに対する恐れからであろう。人型変異体……アトラスを神格化するものまで現れている。昨日のニュースでもこの場所には取材が来ていた。


人々に紛れて、僕もその景色を眺めていた。何かに祈るわけでもなく、ただ自分が起こしたその景色に圧倒されている節もあった。だが、それ以上に脳裏に景色が流れ込んでくる。

閃光。リビングルーム。二人。

記憶が思考を支配する。

呆然と見つめていたその時だった。


「お、布令君じゃないの」


背中側から聞こえた軽い声は現実へと引き戻してきた。

 その声の主は髪を逆立てている筋肉質の男であった。年齢的には30代に見える。派手な柄のシャツを着ていた。首から覗く入れ墨は社会からは浮いているようにも見えた。

 

 その隣にはフードを深くかぶった者がポケットに手を突っ込みながら立っている。その表情は見えない。


「江古さん。お久しぶりです」


 筋肉質の男の名前は江古。

 反社会的なイメージ……というのも彼は特殊である。

 元革命派幹部であったが、現在のパーティが使用している戦闘用スーツを開発した人物である。五年前のテロにて世界初の戦闘用スーツの着用者として活躍し、その後、国に戦闘用スーツの技術を提供している。提供後は革命派を脱退したとうわさでは聞いていた。世界的には救世主扱いされているが、彼の素性は掴めず、僕は彼に対して一線を引いていた。

 

 未来建設小隊は優れた実績を上げていたこともあり、彼のような小隊に商品を提供するような人物が少なからず来ていた。


「もうびっくりしたよ。出炉君が布令君をクビにさせちゃうなんて」


「まぁ、それは和解しましたから」


「あ。やっぱり?」


「なんかあったんですか?」


「今、出炉は必死にリハビリやってて。その理由が現役復帰して布令君に恩を返したいからだとさ」


「え?」


 よかったじゃないか、などとアトラスの声が響いた。優しくすれば救われるなんていい世界じゃん、と続けて言ったが、それを無視した。


「あの出炉君が君に感謝するなんてよほどのことじゃないか」


 彼の言葉に僕も驚いていた。出炉は僕に対してはあまりいい思いを抱いていない。それは僕が弱いという理由だから、と考えるとアトラスに変身できるようになったからなのか。そう考えてしまうと空しくなった。


「まぁ、確かに」


「彼は始君のことを本当に尊敬していたからね。それで弟の君も期待していたんだろうな」


「……彼はもういないですよ。あと僕ももうクビになってますから」


 そう僕は言うと、江古の表情を見ずその場を足早に離れていった。

 

「いいの? 話さなくて」


 アトラスの声に僕は目を細める。 


「うん。もう関係ないことだよ」


「始って人とも?」


 そういったアトラスを僕は無視した。そのまま歩いていき、家の前に着いたのだが、そこで違和感があった。家の中から話し声が聞こえるのである。それは母親と誰かの声である。母親のことを周囲に知らせないために連絡することを絶ったはずであった。ありえない。誰 かが来ているというのか。


 僕は慌てて家の中へと入っていく。会話が聞こえる方向へと向かっていった。会話が聞こえる以上、母親はその顔を知っているということなのか。その声はどこかで聞いたことがあった。いや、よく聞いている声のような気がして。近づいていくたびに足取りが重くなっていった。


 二階の母親の部屋に声の主はいるらしい。

 そこで階段をゆっくり上がっていくも、話し声は止まり、上の廊下から誰かが歩いてくる。


 階段の途中で立ち止まったとき、視線の先に人が現れた。

 そこにいたのは。


 僕だった。


「は?」


 驚きのあまり声が出なかった僕と、脳内にアトラスの声が響く。

 階段の奥にいる『僕』は僕に向かって手をかざす。そこで、僕の視線の先はすべてが覆われてしまう。慌てて、階段の下に降りようとするも、その何かは一瞬で全身が覆われてしまった。


「アトラスッ!」


 僕は変身するも、アトラスに「仮契約の変身でお願い」と言った。そこで僕の姿は変わったはずであった。だが、全身を何かが覆っていく。僕は慌てて体を覆った何かを振り払うも、まるで水にでも触れているかのようであった。まるで体から剝がれない。


 そのまま、僕は階段から転がり落ちてしまう。

 玄関先の姿見に僕の姿が映り込んだ。横目であったが、そこにいた姿が妙に大きいことに気づき、鏡をはっきりととらえる。


 視線の先にいたのは。手の代わりについた巨大な鳥の羽、鋭利なかぎ爪のある足が目立つ妙齢の女性であった。それは瀬里奈に殺されかけた時、夢の中に出てきたあのテラスの姿であった。


 アトラスはその姿を見て呟く。


「なんでこのハルピュイアがここに……?」





【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。

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