追放された勇者、身長100メートルの巨大女神に変身する。
やまだしんじ
第1話-1 人間と女神
「人間、私と契約して勇者になってみない?」
そう僕に問いかけてきたのは、白色の短髪と美しい褐色の肌を持ち、顔にやや幼さを残した少女。
ただ、一つだけ問題があった。
大きすぎる。
視界に入るのは、自分の背丈と同じくらいはある少女の顔 と胸辺りまでで、足先なんて到底見えない。
どうしてこうなったんだ。
* * *
時は半日近くさかのぼる。
目の前には血まみれで怯える少女、その側には車くらいある巨大な花が横たわっていた。
しかし、その花にはあるはずのない四肢があり、閉じた花弁の奥には獣のような口を備え、鋭い牙をこちらに覗かせている。頭であろう部分はずんぐりとした茎からちぎれ落ち、黄色い液体を垂れ流している。それを前にして、少女は震えながら頭を地につけていた。
「殺さないでください……お願いします……殺さないでください……」
そう繰り返し呟く少女に対し、隣にいる戦闘服の男が持っていた拳銃を向ける。
引き金に指をかけるのを見た僕は咄嗟に、前に割って入った。
「何をしている?
「攻撃する意思のない人に対して銃を向けるのはいかがなものかと、
出炉と呼ばれた男は、僕の言葉に舌打ちをしながら被っていたヘルメットを荒っぽく脱いだ。若干焼けた肌と目鼻立ちの整ったその顔は少し汗ばんでいる。
「下級隊員風情が出過ぎた真似を」
そんな小言を無視しながら、僕は少女に対し、「安心してください、殺しはしません。でも貴方を捕らえるのが僕の仕事です」と捕縛用のロープを手にしながら言った。
安心したのだろうか、幼さの残る顔には涙が伝っている。濡れた瞳の奥に、自分の姿がうっすらと映った。
なぜこんな子どもまで……。
「あ、ありがとうございます」
少女はそう言うと、大人しく縛られたまま僕に身体を預けてくる。その様子を見て、出炉は一通り周囲を見渡すと口を開いた。
「チッ、全く嫌な時代だ」
舌打ちは聞き逃したふりをしたが、出炉の言葉には僕も俯いた。
日が傾き足元に影が落ちる。 周囲には現代に似合わない、石造りの建造物が広がり、遠くからは獣の唸り声がかすかに聞こえていた。
* * *
今から22年前、西暦2000年10月20日午前3時16分。現代社会は突如崩壊した。
世界中に出現したのは、神話を思わせるような石造りの巨大建造物群 。これらは地中から現れ、元々存在していた人類文明を悉く破壊した。
これによる人的被害も多大なものであったが、それよりも問題となったのは、ありえない変化を遂げた動植物であった。体液を緑色に変え、羽を持たないはずの生物が羽を持ち、草食動物までも巨大な犬歯を生やし、植物にいたっては意思を持ち始めた。奴らは人間を襲い、甚大な被害を生み出した。もはや野生動物としての枠を打ち破り、怪物となったほぼすべての動植物は『変異体』と呼称され、討伐もしくは捕獲対象となっている。
これらの変化を人々は、現実離れした現象として「ダンジョン化現象」と呼んでいる。
日本政府はダンジョン化現象によって崩壊しかけたが、10年前、解決策としてあるシステムを打ち出した。
それがギルドシステム である。
まず、元来存在していた業界トップシェア企業をギルドと呼称し、中小企業の買収を指示。買収した中小企業に対し、委託業務としてパーティと呼ばれる小隊単位のチームで変異体の討伐や出現した建造物の解体を行うシステムを導入させる。そして、その報酬を国家から支払う。それをビジネスとして機能させることで社会を存続させていた。
* * *
仕事を終えた僕たちはホールに集合していた。周囲には出炉をはじめ同じような戦闘服姿の隊員たち、奥には自分たちが身に着けているものとは異なる特注品を着ている隊員もいる。そして普段は見るはずのない企業上層部や政治家までが出席している。
「お疲れ様、未来建設小隊の諸君。今回の調査で、行方不明になっていた日野CEOの情報を得ることが出来た。発見に繋がる大きな進展となるだろう」
壇上にいる女性が盃を掲げながら挨拶を始めた。
未来建設小隊はこの街、「
壇上にいる女性の名前は
彼女のハキハキとした挨拶に拍手が起きた。その中で黒い髪を長く伸ばした背の低い少女が僕に小声で話しかけてくる。彼女の名前はレイア、海外からの移住者だという。胸元には「未来」と書かれた僕と同じデザインのピンバッチがつけられている。
「布令さん。CEOって結局見つかっていないんですか?」
「うん、そうなんだ。数日前の足取りまでは掴めたんだけどね」
ギルドシステムには弊害も存在していた。
その一つが革命派と呼ばれるテロ組織の出現である。
構成員の多くはダンジョン化現象によって職場や大切な者を失った人々。国は彼らに対して最低限の補償を出すことしかできず、例え働き口は増やせても以前の日常を取り戻すのは不可能であった。また、パーティに対する報酬は多額の税金で賄われているため、依然として生活苦にあえぐ国民の間では不満が生まれ、ギルドとなった業界トップシェア企業だけが大きく発展し、社会の格差は拡大し続けていた。
その結果、現在の国の在り方を変えようと結成されたのが革命派である。革命派は国と密接に関わっている人物の暗殺や誘拐はもちろんのこと、一般には禁じられている変異体の研究を行い、自らの生物兵器を作り出しテロまで起こしている。
現在捜索中の
そんな彼が行方不明となってから、5年が経過していた。
「だとすると何でしょうね、こんなに集められて。CEOは見つかっていないのに」
「それは確かに。何か重要な報告があるとは聞いたけど……」
現在の僕たちの任務は日野CEOの行方を調査すること。その過程で革命派との交戦に入ることもあった 。幸い、未来建設小隊は変異体の討伐から戦闘員としてもノウハウがあり、彼らに十分対抗することができていた。ただ、それに僕が貢献しているのかと言えば、足りない気もしていた。
僕がもの思いにふけっていると、挨拶をしていた明日羅隊長は区切りをつけるように咳払いをした。騒がしかったホールに静寂が訪れる。
「えー私、明日羅は来月から日本ハウスホールディングスへ異動となる」
予想だにしなかったその言葉。
「「ええええええええええ!?」」
酒の勢いもあってか、隊員たちの驚いた声が響き渡った。僕も「え?」と困惑の声を抑えられなかったし、隣のレイアも呆けた顔をしている。
動揺する僕たちを尻目に、お偉いさんは拍手しながら壇上に上がりニコニコと握手を交わした。普段の慰労会にしてはやけに豪勢だと思っていたが、これは祝賀会だったらしい。
続けて彼女は壇上を降りると、誰かを連れてきた。それは見たことのある人影。いや、今日の任務も共にした出炉副長であった。彼を讃えるように明日羅は宣言する。
「これからは彼、出炉が未来建設小隊の隊長だ」
彼女の声に歓声と拍手が上がった。ただし、僕を除いては。
* * *
発表と宴が終わり、僕は出炉隊長に呼び出された。
「お前をこのパーティから追放する」
「……解雇事由は?」
パーティの長、未来建設小隊で言う隊長はパーティに所属する社員を自由に追放することが可能である。なんとなく、この出来事が起こることは予想していた。しかし、簡単には受け入れられるわけがない。
僕の言葉に対し、出炉は椅子の背もたれに寄りかかりながらため息をつく。
「今までの隊長と俺は違う。ずっとだ。小さいころから感じていたんだ。お前はとにかく優しすぎるんだよ」
「それの何が……」
「攻撃する意思のない革命派を殺さない、とか言っていたよなお前。あんなことしてもし何かあったら 、未来建設小隊全体への信用に影響する。しかも上司である俺の意思に反しての行動だ、小隊内の規律にも問題が生じる。それが何を意味するか解るな?」
否定することはできないが、疑問 は残る。可能性があるからといって殺すのが正しいとは思えない。声を出さないよう必死にこらえる僕に、彼は続ける。
「それに、お前には特筆すべき点がどこにもない。誰かさんと比べると秀でた部分がないんだよ。そんなどこまでも平凡な能力しか持っていないお前を、前述の問題行動に目を瞑ってまで雇用する理由なんてない」
平凡、その言葉に僕はただ同意しかできない。
「そ、それはそうだけど……」
「とりあえず、お前は追放だ」
「とりあえずって……。隊長になった瞬間僕のことを追放するなんて」
僕の苦し紛れの文句に対し、彼は「じゃあ、俺を選んだ明日羅さんにでも文句を言いなよ」と笑いながら答えた。
【あいさつ文】
お世話になっております。やまだしんじです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。
これからもよろしくお願いいたします。
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