騎士道その13『幼女を守る盾と剣』
「ついたぞ」
街を出て、野を越え、森の奥のそのまた奥。『はじまりの森・
長距離に渡る行軍は得てしてモンスターとのエンカウントを招くものだが、ロリコンの導きにより私たちは接敵することなくスムーズにここまで辿り着くことができた。
彼の頭の中には平原と森のモンスターの徘徊位置やプレイヤーを感知する距離の情報などが正確にインプットされており、その情報を余すことなく利用してエンカウント0を達成。
流石、高ランク帯プレイヤーといったところだ。幼女趣味が強すぎて時折忘れそうになるけど。
顔を上げれば、今までの道中よりも一段と暗い森が私たちを待ち構えていた。
「こっから先は」
ダンジョンを前にしてハイランカーは呟く。
「俺もほぼ初見だ。果たして、なにが起こるか」
「今まで通り、楽はできないってか」
「ああ」
彼は甲冑のヘルムを被り、防具の上から両手で顔を叩いて気合を入れる。その姿はまさしく騎士といった趣きで、なんだか頼もしく思える。
「準備はいいか?」
準備、そうだな。
「ちょい待ってて」
ロリコンがしたように、私も“準備”をしなくては。
「陽彩ー、ちょっとこっち来て!」
私はドロレスちゃんと一緒にいる陽彩を大木の影へと呼び寄せ、
「どしたん?」
無防備に近づいてくる、その豊満でエロエロな身体を、
「発動【憑依】」
「うっ……!」
尻を持ち上げ、感触よし。胸を撫で撫で、感触よーし!
「ふひっ……!」
うん。これよこれ。
この身体はいいな。いい匂いはするし、ムチムチで温もりがあるし。私のモノとはまるで違う。
しかし、やっぱり、──胸が重い。まるで肩から重りをぶら下げているよう。どんだけおっぱいデカいんだろう。
切り離せぬ苦労を抱いて生きているとは、巨乳ってのも大変だな。
このまま憑依を続けていれば、いずれ私も慣れるんだろう。
でも、この感覚は忘れたくない。この違和感こそ、私が陽彩を感じられている
これで出発の準備も整った。
「ロリコーン、準備オッケーよ」
そう声をかけてロリコンの元へと戻ると、彼は私を見て黙り込む。
「……なに?」
「ルナはどうした」
「ここにいるけど」
「いや、お前は。えっと、ひぃ……いろ。陽彩だろ?」
この野郎、また陽彩の名前を忘れかけていやがる。でも、思い出せただけ良しとしてやろう。
「ガワはね。でも、身体を乗っ取って、今の中身は
ロリコンはこの身体をじっくりと見まわす。
「なるほど。そういう
「察しが早くて助かる助かる」
「まあ、俺は今更お前がどんな
ただ」
「ただ?」
「姫様の前では中身がお前だってバレるような行動は慎んでくれ」
「どうして?」
「姫様は陽彩を本気で慕っている。だから、あの子の好きなその子のイメージを壊さないでやってほしい」
「陽彩のイメージ……」
ズンと、彼の言葉が私の心にのしかかる。
憑依対象のイメージを自らの手でぐちゃぐちゃにして、そのイメージ破壊からくるギャップに興奮してしまう。そんな私にとって、その言葉は重い。
常識的な感覚なら即答して然るべきだろう。でも、私は少しだけ返答を
陽彩を陽彩のイメージ通りに動かしたら、もはや憑依である意味がない。それ即ち、私の個性が無くなってしまうような気がして。
だけど、
「ひいろさん!」
だって、この姿で好き勝手したら、ドロレスちゃんは間違いなく陽彩に幻滅してしまう。そうやって憑依元の人間関係をぐちょぐちょにするのも憑依の醍醐味の一つではあるけれど、ドロレスちゃんの幼き笑顔を曇らせるわけにはいかないから。
それに今回は憑依しながら陽彩のように振る舞えと言われているだけで、憑依そのものを禁じられたわけじゃない。私が陽彩のナカに入っていられるなら、それは十分個性的なことだ。
「なにー?」
「さっきからルナさんのすがたが見えないから、どこへ行ってしまったのかなって」
「なんか、急用ができたってログアウト。マジ、ありえんティーって感じ?」
「そうですか……それはしかたないですね」
ぱっと見、ドロレスちゃんが私を疑っている様子はない。なんとか、彼女の知る陽彩らしく振る舞えているようだ。
ロリコンがこちらへ歩いてきて、すれ違いざまこの肩に手を置く。
「無理言ってすまないな」
「なに?
そう。
それに陽彩のことは私が一番よく知っている。この程度のことは造作もない。
「じゃあ、二人とも。そろそろ行くぞ」
「はい」
「うぇい」
甲冑を着こなして指揮を執るロリコンの姿はやはり頼もしさがある。これで性格が幼女至上主義じゃなかったら、もっと人気も出ただろうに。
そんなことを考えながら、私はドロレスちゃんと一緒に彼の後に続いて、深い森の中へと足を踏み入れてゆく。
幾重にも折り重なった木々の枝葉に遮られ、日の光もほとんど入らぬ常闇の森。その触れ込み通り、ダンジョンの中は暗く、まるで彩度を下げるフィルターがかかっているかのよう。どんよりしてて、じめじめ。足元も若干ぬかるでいて歩きづらい。私はローファーだからまだマシだけど、ヒールのドロレスちゃんはだいぶ歩きづらいはずだ。
こんなところに長時間いたら気分まで鬱屈としてきて、間違いなく攻略の気合を削がれてゆくだろう。
そのうえ、森の中は不気味なほど静まり返っている。私たちの存在だけが周囲から浮き上がり、人間が足を踏み入れてはいけない禁足地に来てしまった、そんな感覚。
しばらく歩いていると、唐突にロリコンが私の行手を制する。
「なんなん?」
「静かに……!」
彼は進行方向を見据え、声を潜めて警告した。その視線の先を見ると、薄靄のかかる木々の隙間に黒い影がうっすら見える。
「あれは?」
ロリコンは私の質問に答えるより早く盾を構えた。
「クソ野郎だ」
瞬時に純白の盾が展開し、大盾へと変形する。ロリコーンシールドに組み込まれたLL-Dシステムの作動。それ即ち、あの影は私たちの敵。
ズドドドド、ドシン。
地鳴りのような音を携えて迫ってくる黒い影。
「来るなら来い、
ボアファングは生えてる次々と木を打ち倒し、森の中を我が物顔で駆けてくる。そんな
「いや、これはヤバない!?」
正直、あんな体躯の獣の突進をまともに受けたら、ガードしたってひとたまりもないだろう。
しかし、隣にいるドロレスちゃんは慌てることなく私に言った。
「信じてください。わたしの騎士を」
普通の人間ならボアファングの突進してくる迫力で気圧されそうなものなのに、彼女は一切動じず、ただ自らの騎士をにこやかな笑顔で眺めていた。
──ドガンッ!!!!
ボアファングの牙と盾がカチ合い、身震いするようなけたたましい衝突音が響く。突進の威力にロリコンは踏ん張る足ごと僅かに後ずさる。しかし、その盾や
「ブルフゴォッ!」
ボアファングは荒々しく鳴きながら前に進もうとするが、ロリコンのガードはびくともしない。それでもなお、イノシシは突進を止めようとしない。通用しないのに繰り返し続けるなんて、所詮は体当たりしか能の無い獣か。
しかし、そう思った途端にボアファングは戦法を変える。牙を振り上げ、盾ごとロリコンを押し潰そうとしたのだ。
「ロリコォン!!」
「案ずるな!
彼は青いオーラのようなものを纏う。それは優しくて、だけど冷たい感じのする光で。そんな煌めきに呼応するかのようにロリコーンシールドの青い部分もより強く、より激しく輝いていた。
ロリコンは上段に構えた盾でボアファングの牙を受け止める。瞬間、何かが砕ける音がして、ボアファングの大牙が折れていた。
「ブルヒィイイ!!!」
牙を失ったイノシシは苦しみ悶えて転げ回り、やがてでっぷりと太った腹を天へと晒す。
「お前凄いな!!」
幼女趣味で帳消しだった彼の実力が垣間見えて、思わず叫んでしまう。
しかし、
「ほら、そこ。感心するな。次は君の番だ!」
ロリコンはつとめて冷静に私に釘を刺した。
そうだった。ロリコンの勇姿に見惚れている場合ではない。彼は攻撃をかなぐり捨てた超防御特化のタンク。敵の技を防ぐことはできても、キメ手がない。
だから、ここから先は私の仕事だ。
スライム剣をボアファングに向けて構える。とはいえ、本当にコレでアレを倒せるのか。一流の職人に打ってもらったとはいえ、コイツを見てると実に不安になる。
「お前、頼むぞ……?」
私はデロデロで形の定まりきらない刀身を撫でた。するとスライムはビクンッ、ビクンッと脈打つように震えながらガチガチに硬化して立派な剣の形になる。
もはやプルプルとすぐにでも流れ出てしまいそうだった柔らかさは微塵もない。実に頼り甲斐のありそうな武器へと変貌した。
だけど、この手のひらには振動の生々しい感触と、妙な温もりがこびり付いてしまっていて、鳥肌がとまらない。いくら生物を組み込んだ剣とはいえ、悪趣味が過ぎる。
「くそッ……本当に最悪だぁああ!!!」
私はやる気ビンビンの武器をボアファングに振り下ろした。屹立した刃が驚くほどの切れ味で毛皮や肉を斬り裂く。
そのまま嫌悪感に身を任せて、やたらめったら斬りつけていると、ボアファングは動きを止め白い光の粒子となって消失した。
「やりましたね! ひいろさん!! リヴァル!!」
戦いが終わると、ドロレスちゃんが褒めてくれた。
それに、
「お前、中々やるな」
ロリコンも私も認めてくれたらしい。
お姫様からの言葉も、騎士からの言葉も、どちらも嬉しい。
うん。嬉しいには嬉しいのだけれど……。
しかし、今はそれよりも気になることがあり過ぎる。そんな状態じゃ、嬉しい言葉も右から左に横滑りして、頭に入ってこない。
「オタガイサマヨ」
できることなら、今すぐ手を洗いたい。5分くらい念入りに。
この手に染み付いた気色悪い感触を振り払うためにも。
「どうした? 顔色が悪いぞ。気分が悪いなら休憩にするが」
そんな私の心情を察してか、ロリコンは俯き気味のこの顔を覗き込んでくる。
彼がするパーティメンバーへの細かな気配り。それもタンクとして必要な才覚なのだろう。
私のことを心配してくれている。例えそれがロリコンの
私もつい、ロリコンの優しさに甘えてしまいそうになる。
だけど、
「大丈夫。これくらいなんとかなる」
私たちには為すべきことがある。こんなことのために立ち止まるわけにはいかないのだから。
「分かった。それじゃ、進もう。だが、くれぐれも無理はするな」
「りょーかい」
ロリコンに続いてダンジョンの奥へと進んでゆくと、森は更に険しさを増していった。
木々は人間を拒むかのように乱雑に生え散らかしており、そのせいで道はもう完全に消え失せ、陽の光もほぼ差してこない。
見える景色は今までよりも更に暗く、肌に触れるは空気はしっとりジメジメで。あまり長居はしたくない。
過剰に演出されたこの嫌悪感。この先、なにもないはずがない。
こんなところでは激ヤバモンスターが出てくると、相場が決まっている。鬼が出るか蛇が出るか。なにが出てきてもいいようにしっかりと気を引き締めなければ。
「ロリコン、ドロレスちゃん。こっからはっ──うわっ!?」
二人に気をつけてと言おうとしたら、隠れていた木の根に躓いて転んでしまった。これじゃあ、私の注意が一番足りてないではないか。
「痛てて……」
「大丈夫か?」
「まぁ、なんとか」
足がヒリヒリ痛むので見ると、膝を擦りむいてしまっていた。綺麗な陽彩を傷モノにしてしまうだなんて、何たる不覚。
しかし、派手にすっ転んだ割にダメージはそれだけで、あとはなんともない。どうしてだろうと思っていると、身体の下になにかがある。
それは白くて、フワフワしてて。まるで大きな綿の塊みたい。
「これのおかげで大きな怪我しないで済んだかな」
「もふもふー!」
「なんだそれ」
そう聞かれても。一応、私は初心者の部類なんだから、ランカーのアンタがわからないことは分からないって。
ロリコンと二人して大きな綿について考えているが、やっぱりなにも分からない。
そんなとき、ドロレスちゃんがなにか嬉しそうな感じで大きな声を上げた。
「見て見て! あっちにも、もふもふ!!」
幼女が無邪気に指をさす先を見ると、そこには確かに同じような大きな綿のようなものがあった。
しかも、それだけじゃない。その近辺には大小様々な白もふが木々や地面を覆っていたのだ。
「すっご……」
言うなればもふもふパラダイス。好きな人が見たら今すぐにでも飛び込みたくなりそうな景色がそこに広がっている。
「すごいです! ひいろさん、やばやばー!」
「……あ、うん! ヤバヤバ!」
「ちょっと見てくるー!」
「あっ、ちょっと!」
ドロレスちゃんは興奮を抑えきれず、そこへ向かって走り出してしまった。いつも少し背伸びしてお姫様を演じる彼女だけれど、時折こうしてはしゃいでいる姿を見ると、やっぱり
そんな可愛い主に対して、従者の騎士は可愛げもなく黙り込んでいた。
「どしたん?」
「いや。突然こんなの、妙だと思わないか?」
「うーん。私は別に。レア素材の群生地って感じじゃない?」
「それだけならいいんだけどな」
ロリコンはどこか腑に落ちないといった様子。ランカーとしての勘だろうか。彼の中に引っかかるものがあるようだ。
「ワタ、わたわた!」
「なっ!?」
「誰!?」
突如聞こえた声に、私たちは振り返る。
そこには、小さいのがいた。
二頭身で少し地味な色の着物を着て、それでいて頭はタンポポの綿帽子のよう。
なにかのマスコットキャラみたくゆるくて可愛くて、森の精といった感じがしている。
「おー、かわいいね。名前はー?」
「ワタ、わたわた!」
「わたわたちゃん!」
私の質問に、その子はハッキリと答えた。どうやら意思疎通ができるようだ。ダンジョンにそういうのがいるとは驚きだけど、となるとますますもって森の精感が増してくる。
わたわたちゃんはホワホワした感じに佇んでいた。それがかわゆくてつい触りたくなる。
頭を撫でようと思わず手を伸ばした。
そのとき、
「ワタ、わたわた!」
またしても背後から声がした。
振り向くと、そこにもわたわたちゃんがいた。
「もう一人!」
「ワタ、わたわた!」
またしても声がするので、振り向くと、
「ワタ、わたわた!」
「ワタ、わたわた!」
わたわたちゃんが二人に増えている。
「ワタ、わたわた!」
更に声。
呼ばれるように振り向くと、さっきと別の場所にもわたわたちゃんがいて、
「ワタ、わたわた!」
「ワタ、わたわた!」
「ワタ、わたわた!」
あっちにも、こっちにも、いつの間にか、わたわたちゃんがいる。
「あれ……?」
「ワタ、わたわた!」
「ワタ、わたわた!」
「ワタ、わたわた!」
「ワタ、わたわた!」
ここにも、そこにも、あそこにも。
わたわたちゃんはどんどん増え、やがて私とロリコンは彼らに囲まれてしまっていた。
「コイツらはただの可愛い奴じゃないぞ……ッ!」
ロリコンは大急ぎでシールドを構える。その慌てぶり、ただならぬ状況ではないことが私にも伝わってくる。
「なに、一体……!?」
「剣を抜け! コイツらは、敵だッ!!!」
「ワタ、わたわた!」
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