騎士道その11『職人の技は魂を揺さぶる』
ゲンちゃんの店の前。ロリコンは私たちの姿を認めるや否や、大きな大きなため息をつく。
「お前、着いてきてるのか?」
「んなわけ」
完全にゲンちゃんと会う楽しみに水をさされ、さっきまでの上機嫌がズンと沈む。同じ目的地に行くんだったら、わざわざ別れたのが馬鹿みたいじゃんか。
言いたいことはあるが、言ってもしょうがない。店の前に棒立ちの彼を押し退けて、私は工房の扉を開いた。
「こんちはー」
「ちーっす!」
「あっ、ルナさんたち!」
「よう」
「って……これまた、なんてもんを連れてきてくれたんすか」
ゲンちゃんはロリコンの顔を見るなり苦虫を噛み潰したような顔をする。
「商売人なら、少しは本音を隠したらどうだ?」
「相手に優しくしない奴にこっちから優しくする義理はないね」
ゲンちゃんとロリコンの間に険悪なムードが漂う。まさに一触即発の状況で、このままだといつ手が出てもおかしくはない。
そんなときだ。
「ゲンお姉さん、こんにちは!」
「あっ、ドロレスちゃん!」
ゲンちゃんの表情が一瞬にして、パッと明るくなる。同時に彼女が剥き出しにしていた敵意も消えた。
ゲンちゃんの表情の緩急は凄まじく、即堕ち二コマみたいになっている。しかし、ロリコンという男とドロレスちゃんという天使をよく知る人ならそういう反応にもなるだろう。
登場するだけで場を和ませるドロレスちゃん。ようじょつよい。流石である。
「今日はどうしたっすか?」
「リヴァルとダンジョンに行くんです」
「そういうこった」
ロリコンは入口のカウンター越しにゲンちゃんへと投げかける。
「だから、頼んでる品を引き取りに来た。もう完成してるんだろうな?」
「あたぼうよ」
ゲンちゃんは作業場の方に引っ込むと、店奥にある大きな棚に梯子を立てかけた。彼女はその梯子を使って棚の上の方にある白い盾を取り、それを目の前のカウンターに置いた。
「はい、注文の品」
その盾は美しかった。
盾はそのものは曇りなく純白で、コーティングが施された表面はまるで白磁のよう。そして、そこには前脚を振り上げた馬の意匠が刻まれ、もはや一つの芸術品といっても差し支えなかった。
「これが私を守る盾なんですね……! とっても、綺麗です!」
「デザインは私の趣味っす。どうよ?」
「えー、鬼ヤバなんですけど!」
脇で見ていた陽彩も興奮し、目を輝かせている。
「馬の模様がエモ! でもこれ、なんかネイルみたいだし、今度ウチの爪もやってくんない!?」
「ネイルアートかぁ。それはやったことないっすけど、それでもいいなら」
「よろ〜!」
確かに盾の形は爪のようだけれども。それをネイルにしてほしいとは不思議な感覚だと思った。
「そこは悪くない」
注文主のロリコンは口ではそう言うも、しかしどこか不満げな顔をしていた。
「でも、これじゃ注文と違う。サイズが小さい」
「サイズ?」
「ああ。俺が頼んだのはこの盾と同じ大きさの盾だからな」
新品の盾もサイズ的にロリコンの身体の七割をカバーできるくらいはある。しかし、ロリコンが手にしている盾はドラム缶を縦半分にぶった斬ったような形状のいわゆるタワーシールドというやつで、それは彼の長身とほぼ同等の大きさを誇っている。
新品の盾も盾として大きい部類には入るだろうが、元の要求からすれば確かにサイズ不足だ。
しかし、
「まあ、焦るなって。まだこの盾は本気を出していないだけ」
ゲンちゃんはロリコンのクレームを自信に満ちた物言いで突っぱねた。
「どういうことだ?」
「百聞は一見にしかず。ねぇ、ルナさん。これをドロレスちゃんに向かって振りかぶってくれないっすか?」
ゲンちゃんはそう言うと、私に金槌を渡してきた。金槌は大きさの割に重く、その重みが私を不安にさせる。
「振りかぶるったって、危ないですよ?」
「おい、もしプリンセスに当たったらどうするんだ!」
「だからお前がその盾で守るんだよ。ほら早く」
ロリコンはゲンちゃんに急かされるままに、新しい盾に装備を変えた。全身銀色の甲冑姿に合わせると盾の白さが若干浮き気味だったが、装備した彼の姿は不思議と様になっていた。
「はい。じゃあ、ルナさんよろしくっす!」
「いくよ、ドロレスちゃん」
「いいですよ」
「思いきりね、思いきり!」
「えいっ!」
ドロレスちゃんに金槌を振るい、それを防がんとロリコンは盾を構える。
そのとき。
「……っ!?」
彼がドロレスちゃんへの攻撃を防ごうすると、白い盾は瞬時に変形して大きな盾になったのだ。
「すっご……!」
ロボットアニメのような変形劇に思わず驚く。その変形機構もすごいが、なにより変形後の姿だ。
白い盾は中心から割れるようににして外側へと放射状に展開し、拡張によってできた隙間には青色のステンドグラスのようなものが生成されている。その青色により馬の意匠は中央からパーツごとに分裂してしまうも、そのうちの頭の位置にあるラインがちょうど一本角のように見えていた。
元の盾も一種の芸術品のようであったが、この姿になると実戦で使うのがもったいなく思えるほどに美しかった。
そうして大きくなった盾はロリコンの身体をすっぽりと覆い、注文通りのサイズ感へと変貌していた。
「これで注文通りだろう?」
「確かにな。だが、これは一体なんだ?」
「その盾の本気の姿『ロリータディフェンスモード』。付与した
「ほう」
「【ロリコン】を付与……?」
その言葉にロリコンは納得している。しかし、こちらとしてみれば、まるで意味が分からない。
「そうそう。それもその男に要求された
「えぇ……?」
「もう、ほんと注文の意味が分からなすぎて大変で。それでも持ち込んでくれた素材を加工して、なんとか要望に応えられる形にはしたんすけど」
「こいつの性能はデカくなるだけなんて言わないよな?」
「もちろん」
ゲンちゃんは聞かれるのを待っていたかのように、ニヤリと笑った。
「展開状態になれば盾の防御力は100%上昇、耐久性に関しては200%上がる。それに加えて一部のガード不可攻撃もガードできるようになる。
ただ、その状態をキープできるのは幼女を防御の対象としてるときだけ。後は普通のシールドと大差なくなるから」
「誰かさんとソックリ」
ゲンちゃんの説明を聞いて、
そして、そんな注文をされた彼女の気苦労もなんとなく察する。相手が訳の分からない客だとしても要望に応えなければならないのだから、この世界の生産職って大変だな。
「この
「名前は必要なのか?」
「そりゃそうよ。親が子どもに名前をつけるのは当たり前でしょ」
ゲンちゃんは当然のように言い放った。
確かに、常識的な理屈としてはそうなんだけれど。それを自分が作った装備品に対して言うのだから、彼女にとってあの盾はお腹を痛めて産んだ子と変わらないということだ。
自分で作ったものには少なからず愛着が湧くものだが、彼女のは愛着を通り越し愛情と呼ぶべきだ。
その感性は果たして、職人としての気質由来なのだろうか。どんな形であれ、中々にぶっ飛んでて、中々にイカしてると、私は思う。
「じゃあ盾そのものにも名前を?」
「もちろん」
「どんなお名前ですか?」
「ロリコーンシールド」
「ロリコーン?」
「アンタが持つならこれくらいの名前でちょうどいいでしょ」
これまた随分と乱暴な名づけだ。変形機構の名前はかっこよかっただけに、落差で風邪をひきそうになる。
「名前は別にしても、本当にお前はいい腕してるし頼りになる」
「お、おう……」
ロリコンは聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいのドストーレトさで、ゲンちゃんを褒めちぎった。しかし、ゲンちゃんは褒められた側なのに、なぜかたじろいでいる。
「あとこれ、ダイナマイト。【爆破】付与の威力マシマシのやつ。
でも、この子たちをあんまり粗雑に扱ったら許さないからね」
「ああ、ありがとう。次も期待してるぞ」
「……なんか調子狂うな。ほら、次はルナさんたちの番っすから! 早くどいて」
「ゲンお姉さん、ありがとうございました」
「はーい」
ドロレスちゃんは丁寧にお辞儀をすると、私たちのために場所を開けてくれた。
「さてさて。さぁ、ルナさんはなにをお望みで?」
「そうですねぇ……」
私はアイテムウィンドウを開き、集めた素材をゲンちゃんに差し出す。
「特に希望はないから、これで作れるものを作ってくれれば。なんてのはダメですかね?」
「それでも、いいっちゃいいんですけど。
そうは言われても、そんな素材は無いからなぁ。そう思ってアイテム欄をスクロールしていると、下の方に思わぬ素材を見つけた。
「あー……。あるにはあるんですけど」
「見せてください?」
あまり気乗りはしないが、アイテム欄から“それ”を取り出し、ネチョネチョして気色悪いその素材をゲンちゃんに手渡す。
「スライムかぁ。珍しいもの持ってるんすね」
「まぁ、色々あって……」
その節は本当にいろいろあった。正直、あまり思い出したくもないのだけれど。
ゲンちゃんはスライムを眺めながら考え込んでいた。時折、集めた別の素材も手にしながら悩んでいたようだけれど、彼女は唐突に頷いた。
「よし、これならいけそう」
「なに作るんですか?」
「それは、できてのお楽しみ。そんなに時間はかからんから、ちょっと待ってて」
そう言い残し、ゲンちゃんは作業着をキチンと身につけて炉の方へと向かっていった。
「これから暑くなるんで、外で待っててもいいっすよ」
ゲンちゃんがそう言うと、炉に火が入れられる。ごうという音がして、寒々としていた作業場が暖かな橙色に染まった。
「無事に産まれくるんだよ」
ゲンちゃんは目をトロンとさせながら炉の側面を優しく摩り、そして炉に向かい二礼二拍手一礼。彼女の打つ
安産祈願ともいえるその儀式が終わると、室内の温度が一気に上がった。
熱源からはかなり距離があるのに、立っているだけで汗が噴き出してくる。そんな熱気の中でゲンちゃんは炉の前に腰を落とし、作業を始めた。
炉の中で燃えたぎる炎を睨みつけるように眺め、タイミングを見計らって鋼を熱し、熱した鋼を一心不乱に打つ。
「ヤバくね……!?」
「やばーい……!」
目の前で披露される作業に、陽彩とドロレスちゃんは仕事の邪魔にならないよう声を顰めて驚いている。あまりの迫力に私たちも言葉を失いながら、その神がかり的な手捌きを食い入るように見ていた。
「こうも見られてると、なんか恥ずかしいっすね。熱いし、私も汚いし。こんなとこ、見てても面白くないでしょ?」
「そんなことないですよ!」
磨かれた職人の業は人を惹きつけ魅了する。それはもはや一種のエンターテイメントだ。
その様子をこんな間近で見られるのだから、面白くないわけがない。
それに、ゲンちゃん自体もエンタメだ。
彼女は自分を汚いと言ったが、そんなことはない。いや、むしろそれがいい。
真剣に鋼と向き合うねじり鉢巻の麗人。炎に赤く染められ、額に大粒の汗を滲ませつつ、金槌を力の限り振りかぶる美人の姿はあと三時間くらい見てられる。わりと冗談抜きで。
「ふぅ……」
熱い。身体が火照っている。
炉の熱気のせいもあるが、ゲンちゃんが熱した鋼を打つたび、音が身体の芯の方にジンジン響いて身体が疼く。胸が高鳴り、耐えがたいものがムラムラと湧き上がってくる。
興奮しているのだ、私は。
武器が生み出されるその過程に、魅せられ昂っている。
こんな気持ちを経て装備品が産まれてくるのなら、武器作りは子づくりと言ったゲンちゃんの感覚もなんとなく分かるような気がした。
「それにしても」
作業がひと段落したのか、ゲンちゃんが話しかけてきた。
「ルナさんたちはよくあんなのと一緒にいるっすね」
あんなのとは、これまた酷い言われようだが大概見当はつく。ロリコンのことだ。
「アイツ、幼女以外を人間だと思ってないっていうか。この前なんか私、『腕はいいが熟れ過ぎてるのが残念なくらいだ』とかなんとか言われたんすよ?」
本当にブレない……。相手に恩義があろうが、よくそこまで信条を徹底させられるなと思わず感心してしまう。
「店に来るたび、何回熱した鉄の塊でぶん殴ってやろうと思ったことか」
「それは……なかなか」
「でも、今日はそういうのないからいいっちゃいいけど」
「よかったじゃないですか」
「でもなんか調子狂うんだよなぁ」
それはとてもいいことのはずなのに、ゲンちゃんは明らかに物足りないという素振りを見せる。
「彼も改心したんですよ」
「気持ち悪いというか、なんというか……」
これは黄色信号だ。
彼女は誰も来ない店でただ一人、この男と接し続けたことによって、調教されてしまったのではなかろうか。
ロリコンに調教された、なんて字面がヤバすぎるし、それに彼女自身の名誉の問題もある。完全に堕ちてしまう前に店舗経営を見直した方がよいのではなかろうか。
「しかし、よくそんな奴の依頼を受けますね」
「まぁ、私は対価さえ貰えば、どんな客の依頼でも受ける。それが職人ってもんよ。
それにアイツもここに来るしかないんだ。なぁ、リヴァル! お前、大抵の生産職ギルドから出禁喰らってたよな?」
「違う。幼女の良さが分からない連中とはこっちから願い下げという話だ」
「ほら」
この男、本当にどうしようもない。ロリコンの物言いには呆れるほかない。
奴のことだ。どうせどこでも幼女以外に手厳しく当たり散らしたんだろう。そのへんは詳しく言われなくとも、容易に想像がつく。
「そして、ここに流れ着いたと」
「態度はクソ、オプションもめちゃくちゃなのを要求してくる。でも、金だけはちゃんと払ってくれる。だから、私は誠意を込めて相手してる」
「カッコいいですね」
「いやいや、当たり前のこと」
ゲンちゃんはそう言う。しかし、その当たり前ができる人間は中々いない。
対価を貰った仕事だろうが、個人的な感情を挟んで手を抜いてしまうのが人間というもの。私だって嫌いな相手に尽くしたくはない。
だからこそ、どんな事情があろうと本気で仕事に向き合える存在を人はプロと呼ぶ。そして彼女もプロたり得る。
そんなプロたちは例外なくカッコいいものだ。
だけど、それはそれとしてゲンちゃんはロリコン以外にも固定の顧客を持つべきだと思う。このプロ根性と天才的な技量をロリコンのためだけに消費させ続けるのは、このゲームにとって大きな損失だろうから。
「私、これからも通いますからね!」
「それじゃ、まずは馴れ初めの品ってことで。今後ともご贔屓にたのんますよ!」
ゲンちゃんはハキハキとした笑顔で品物を私の前の受付台に置く。すると、べちょっ、と生魚をまな板の上に置いたような音がした。
渡した素材が素材なだけに薄々勘づいてはいたが、その仕上がりは想像以上。出てきた装備はそれはもう普通ではなかった。
「わぁお……」
机の上には剣が乗っているのだが、その刀身はスライムでできていた。
ライトグリーンで、プルプルしてて、ヌルヌルでデロデロ。私を散々苦しめた、憎きあのスライムだ。
「スライム剣。ルナさんに渡してもらった素材で剣に【スライム】の
スライムは机の上に広がり、今にも流れ出てしまいそう。しかし、それでいてしっかりと剣の形になっている。どうして形状を保っていられるのかは分からないが、それはゲーム的なお約束と職人の技なのだろう。
試しに剣をつついてみると特有の気色悪い感触がして、指にまとわりついた粘液がトロっと糸を引く。それはもうモザイク必至なくらい生々しくて、まるで武器とは思えない。
「これ、斬れます?」
「一応、剣として最低限の切れ味はあるみたいだけど、スライムっすからねぇ。でも攻撃力はバッチリなんで」
それと、とゲンちゃんは付け加えた。
「この剣自体、割と自由に形が変わるんす。こうやって引き伸ばせばリーチも長くなる」
ゲンちゃんが刀身を引っ張ると、それに合わせてスライムも伸びる。
「自力でもこんくらいなら変えられるんで、ルナさんの【
私の
ゲンちゃんからスライム剣を手渡されると、スライムの長さがリセットされた。元の大きさに戻った刀身は粘液でぬらぬらと輝き、自信に漲っているように見える。
敵だったときはクソオブクソだったのに、味方にするとこうも頼もしいとは。これもまた、加工してくれたゲンちゃんのおかげだ。
「この子をよろしく頼むっす」
「もちろんです!」
彼女には全身全霊を込めていい武器を作ってもらった。あとは私の腕次第。
ゲンちゃんから貰ったものに恥じぬよう頑張らなくては。
私は貰ったスライム剣を装備して、時間潰しに遊んでいる三人の元へ向かう。
「お待たせ」
「準備はよさそうだな」
「うん」
ロリコンも盾を装備し、準備万端のようだ。
「世話になった」
「また来ます!」
「いい素材待ってるっすよ」
私たちはゲンちゃんに別れを告げ、彼女の店を後にした。
向かうは一つ、悪質PKのその首目指して。
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