騎士道その9『幼女を守る盾』

「PKをキルしたい……!?」

「少し物騒な話だ。他人の目もある、場所を変えよう」


 リヴァルに連れられて路地裏にやって来た。ここまで来る間、後ろの陽彩はドロレスたんの手を取り、ドロレスたんの歩幅に合わせてしっかりとエスコートしていた。その光景は微笑ましいのなんの。


 そんな中、リヴァルは他人がいないことを確認して、声を顰め気味に話し出す。


「この辺なら大丈夫だろう。お世辞にも褒められた話ではないからな」

「そりゃ、やりたいっていうことはPKだもんね。でも、どうしてそんなことを?」

「先に言う、話すと長くなる。それでも聞くか?」

「まあ、気になるし」

「分かった」


 リヴァルは大きく深呼吸して調子を整えだし、覚悟が決まったかのように目を開いた。


「昔話をしよう。俺が護れなかった命の話を」


 彼の語りはそう始まる。


 〜〜


 昔々、現実時間で一ヶ月ほど前のこと。

 二人の美しいプリンセスと駆け出しの騎士がこの世界ゲームにやってきた。騎士の名はリヴァル、そして二人のプリンセスはそれぞれドロレスとエリザベスといった。


 騎士とプリンセスたちは現実世界でも仲がよかった。それはこの世界でも同じで、三人は『姫と騎士ごっこ』をして楽しく遊んでいた。


 ある日、騎士はプリンセスたちを引き連れて、フィールドに出た。彼女たちの前でモンスターを倒し、二人にカッコいいところを見せつけようとしたのだ。

 そこへ、一匹のスライムが現れた。見た目は愛らしくて弱そうだ、それにレアドロップも期待できる。そう考え、騎士はスライムと戦うことにした。


「プリンセスたち、お下がりください。このナイトオブロリータがあの怪物めをやっつけて差し上げます」


 騎士はカッコつけるべく威勢よく言い、


「がんばれー!」

「あなたの力、お見せなさい!」


 それに応えるように、プリンセスたちも声援を飛ばしていた。


 騎士はスライムに斬りかかった。しかし、その剣戟は弾力のある身体に跳ね返され、スライムに傷一つつけることはできなかった。


「なにぃ!?」


 騎士は驚いた。それもそのはず、このゲームのスライムはクソモンス。既にそれなりの者が知るその事実を、駆け出しの騎士はまだ知らなかったのだから。


 その後は悲惨だった。スライムの突進に騎士は転がされ、捕食粘液によって盾や鎧はボロボロに溶かされ。それでも、騎士は捕食されながらもスライムに剣を突き立て、命からがらモンスターを倒した。


「どうですか、プリンセスたち……。俺はやりました」

「やるじゃん、リーくん!」

「よくがんばりました」


 騎士は寿命を迎えた盾をうち捨て、プリンセスたちと抱き合った。みな笑い合って、それはそれは楽しい時間だった。


 そのときまで、は。


 モンスターを狩り終え、一同は帰路に着いた。それなりに奥地まで踏み込んでいたのでその道のりは長く、ヒールを履いたプリンセスたちにはしばしば休憩が必要だった。


「リーくん、つかれたぁ! おんぶしておんぶ!」

「勘弁してくだされ……俺も死にそうなんですから」

「そうですよ、エリィ。リヴァルはわたしたちのためにがんばったのだから、わたしたちもがんばらないと」


 エリザベスは騎士におんぶをせがむも、騎士はやんわりと断った。しかし、騎士がどれだけ疲れていようとも、その願いは聞き届けなければいけなかった。


「じゃあ、いいよーだ! あの切りかぶまできょうそうだもんね!」


 エリザベスはそう言うと、歌を歌いながら二人の先へと駆けていった。習ったばかりのその歌は時々調子が外れている。しかし、エリザベスが元気にミミズやオケラといった歌詞に出てくる生き物の名前を叫んだり、太陽に手のひらを翳していたりするのを見てると、それもまた愛らしかった。


「エリザベス様、お待ちください!」

「またない!」


 元気の有り余るエリザベスを、瀕死の騎士はなんとか追いかける。もう一人の姫の手を引き、従者は姫君の歌を頼りに必死に走った。


 切り株に腰掛けているエリザベスにもうすぐで追いつく。そんなときだった。


「あれは……?」


 騎士はエリザベスの背後に女が立っていることに気づいた。顔は簾のような黒い長髪に覆い隠され、身にまとうは風化してボロ布のようになった漆黒のドレス。その風体はさながら亡霊のようだった。


 それがいつからいたのか、どこから湧いて出たのかは分からぬ。それに、騎士にはそんな知り合いの心当たりもない。

 なにかの見間違いかと思い、騎士は目を擦った。しかし、その女は見間違いなどではなく、確かにエリザベスの後ろに佇んでいたのだ。


 エリザベスは夢中で歌っていた。楽しげに足をぶらつかせる彼女は、背後の女に全く気づいていない。


 突然、女がゆっくりと腕を振り上げた。女の顔は髪に隠れて、こちら側からは全く見えない。しかし、騎士には女がニヤリと笑ったように見えた。


 嫌な予感がする。鳥肌が立ち、背筋が寒い。騎士がもう一度女をよく見た。すると、その手にはギラリと輝く小刀が収まっていた。


「やめろ!」


 風が吹き、女の長髪がぶわりと靡いた。


 ──グサリ。


 エリザベスの胸元に刃の切っ先が現れ、それと同時に歌が止んだ。


「絵里ちゃん!!!」

「エリィ!」


 女がエリザベスを背後から一突きにした。騎士の予感は現実のものとなったのだ。

 刺されたエリザベスは糸の切れた人形のように、ガクッとその場に崩れ落ちた。


 騎士たちは急いでその現場へと駆け寄った。女は踵を返しまさに去ろうとする最中で、追おうと思えば追うこともできた。しかし、騎士はエリザベスの方を選び、その倒れた身体を抱き寄せた。


「りー……くん……」


 エリザベスは力なく騎士の名を呟くと、その身体が光の粒子となって消滅した。


 騎士は泣いた。声が枯れてもなお、泣いた。

 やがて、涙も枯れ果てたとき、騎士の中には一つの感情が芽生えていた。


 ──エリィを殺した奴を必ず殺す。


 以来、それが騎士おれの全てとなった。エリザベスを失ってから、というもの俺は鍛錬を積み、モンスターを狩り、ひたすらレベルを上げた。

 全ては奴を殺すために。


 〜〜


「エリザベスを失った?」

「ああ、そうさ」

「そのエリザベスって人はプレイヤーなんでしょ? ならデスペナあるけど、コンティニューできるはずじゃないの?」

「PKと出くわした日を最後に、エリィの最終ログイン日時が更新されることはなくなった」


 それが意味するところはただ一つ。そのエリザベスって人がこのゲームをやめてしまったということだ。


「そんな……」

「だからこそ俺はそのPKを殺さなければならないんだ。エリィが安心して帰ってこられるようにするために。そのためならどんな手段も厭わない」


 リヴァルは腕が震えるほどに強く拳を握りしめていた。彼の目には強い意思が宿り、その言葉に嘘はないと感じさせられた。


「でも、PKってことは相手もプレイヤー。倒したところって、所詮はゲーム内でワンキル取れるだけで、悔しいけどなにも変わらないんじゃ?」

「ソイツはエリィの他にも多くのプレイヤーをキルし、それは今も続いている。そんな横暴が罷り通っているのは、自分を止められる者はいないとPK自身がタカを括っているからだ。

 それじゃなきゃ、普通こんなことをし続けられない。だからこそ、誰かが自分を止めうる力を持ってると思い知らせれば、状況はきっと変わる」


 リヴァルは興奮気味に尚も続ける。


「それに俺は彼女が安心して戻って来られるような場所を作りたいんだ。そのためにも、奴がまた襲ってきても、『俺が絶対守ってやる』と言って彼女に納得してもらえるような証が必要だ」

「そのためのPKK、か」

「まぁ、結局は君が言うところの“所詮ワンキル”でしかない。でも、そのワンキルでなにかが変わることもある」


 リヴァルの言葉は重みが違った。なんせ彼は、“所詮ワンキル”で人がゲームを辞めてしまうところを目の当たりにしているのだ。

 プレイヤーキルというものは、大きな力を持つ。それを知っているからこそ、彼はその力でそのなにかを変えようとしている。

 そんな思いが彼の言葉からはひしひしと伝わってきた。


「因みに、その証ってのはどうするつもりなの?」

「PK狩りの様子を録画して、見せてあげるのさ」


 なるほど。それならいい証明になる。自らの口で武勇伝を語るより、映像で見せた方がバッチリ伝わるから。


「でも、それなら仲間を集めて挑むより、単独でPKKした方が効果が大きそうだけどね」

「敵は強い。レベルトップ帯の奴らが何人も奴にキルされてるくらいだ。

 俺の目的のためには、返り討ちに遭うなんて絶対にあってはならない。だからこそ、手は抜かない。キルするためにはなんだってする」


 それに、と言ってリヴァルは大きな盾を前に出した。


「俺はあくまで幼女を守ると誓った盾。悔しいがこの盾じゃあのPKの首には届かない。だからこそ、俺にはアイツを刺しうる剣が必要なんだ」

「だから、ルーフェイみたいに凶暴なやつを勧誘してたんだ」

「まぁ……な」

「じゃあなんで私にオファーをよこしたの? 私、スライムに襲われてたくらいだし、それに“年増”なんじゃなかったの」

「それは、なんというか……」


 リヴァルの歯切れが妙に悪い。


「なに隠してるのさ」

「……とにかくだ! 俺は盾としてこの狩りの間、仲間を誰も死なせない。必ず全てを守りきってみせる。そうすれば、エリィはきっと俺を信じてまた帰ってきてくれるはず。そうすればフェチフロを三人て仲良く遊べる。

 だからこそ、仲間を集めて殴り込みしたかったという話だ」


 そこでリヴァルの語りは終わった。彼は私に聞いてくれてありがとうと言って頭を下げると、手遊びをして楽しそうにしてる陽彩とドロレスちゃんをどこか寂しげな眼差しで見つめる。


「結局、誰も集まらなかったけどな」

「リヴァルはどうするの?」

「まぁ、一人でやるだけだ。エリィの笑顔のためにも」


 リヴァルは自らの主君のために命をかけて使命を果たそうとしている。彼にさっきの返答をはぐらかされたのにはあまり納得いってないが、その高貴な精神はまさしく騎士そのものだった。


 しかし、リヴァルがそこまでして助けようとしているエリィって人は何者なんだろう。このロリコンにそこまで命を張らせるだなんて、どんな関係性なのか気になる。


「ねぇ。リヴァルにとってエリザベスさんってどんな人なの?」

「もちろん、とてもかわいい姫君だ。彼女はドロレスと姉妹みたいに瓜二つでなぁ、そりゃあもう本当に愛おしいんだ」


 ドロレスちゃんと瓜二つ? 

 ってことはつまり……。


「幼女さんですか……?」

「あたりまえだろ」


 順当に考えればそうなるか。結局、この男はどこまでいってもロリコンなのだ。


 でも。

 いや、だからこそ。


「分かった」

「なにがだ?」

「その話、乗るよ」


 私は彼に協力したくなった。


「本当か……?」

「もちろん」


 リヴァルは筋金入りな幼女至上主義のロリコンだ。普通の人との接し方はお世辞にもいいとはいえない。でも、幼女にはなによりも正直で、その想いはひとしおだ。


 そして、リヴァルは本気で一人の幼女を悲しみの淵から救おうとしている。

 そんな彼がなんだか、かっこよくて。


 この話はつまるところ、たかがVRゲーム仮想現実での、倒した、倒されたの話でしかない。それでも、もしリヴァルが本当に『全てを守りきる』なら、それはエリィちゃんにとって大きな希望となるだろう。

 そうすれば間違いなく、彼らの現実リアルは変わる。変えられる。


 そんな彼の願いを叶える力になりたいと、そう思ったのだ。

 それに、私はロリコンではないけれど、幼女には悲しむよりも笑顔でいてほしいから。


「でも、どうして?」


 リヴァルは不思議そうに尋ねてくる。しかし、この気持ちがコイツに知られてしまうのは、それもなんかムカつく。


 だから、私はこう答えておく。


「アンタに借りがあるから」


 リヴァルは頭にハテナを浮かべ、私の意図を図りかねている。


 ちょうどいいから、そのまま悩んどけ。今までの彼の行いに比べれば、この程度のささやかな意地悪をしてもバチは当たらないでしょ。


「それじゃ、よろしく。ロリコン!」

「おい、待て。誰がロリコンだって?」

「そりゃアンタよ。アグヴァル・スタブル」


 縮めてロリコン。


「ずっと思ってたんだよね。リヴァルも悪かないけど、こっちの方がよりアンタらしいっていうか」

「はぁ?」

「あと呼びやすい」

「おまっ……!? 俺はナイトオブロリータだ!」


 それから、私とロリコンはしばらく名前について言い合いをしていたのだが、やがて彼は根負けし「もう好きにしろ」と折れた。


「改めてよろしく。ロリコン!」

「ああ」


 そんなこんなで、私たちとロリコン、それにドロレスちゃんはPKを倒すため、仲間になったのだった。


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『アグロリヴァル・コンスタブル』

『ドロレス』

 がパーティに加わりました!


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