騎士道その7『未知なものはよく確かめよ』
陽彩とはぐれないようくっつきながら、草原を街と反対の方向へ少し歩くと森に出る。陽彩の腕をギュッと抱いて歩いてたから、彼女には歩きづらいと怒られてしまった。しかし、すぐさま振り解かれないところをみると、本人的には案外まんざらでもなさそうだ。
その道中、草原エリアにはプレイヤーらしき人影をそれなりに見かけたが、ここまで来るとそれもぱったり途絶える。
「この辺にしようか」
私は周囲に誰もいないことを念入りに確認して、足を止めた。
確かに、人っ子一人いないし、誰かが潜んでいる気配もない。あるのは動物たちの気配だけ。この辺りには誰も寄り付かないってのは情報通りだ。
これは助かる。
フェチフロ攻略wikiによれば、このゲームには要注意エリアがいくつかあるらしい。
例えば、ここ。はじまり平原の北側にある森との連結部。
はじまり草原の推奨レベルが1以上の初心者向けに対して、こっちの森の推奨レベルは15以上。このルートはエリア同士が地続きになってるくせに難易度がいきなり跳ね上がるもんだから、この辺りは初見殺しの名所なんて言われている。
そのため、プレイヤーの多くは森の手前で引き返すか、そもそも街の東側にある入り口から覚悟を決めて森に突撃するのが推奨されている。そのへんの意識は製作者側にもあるらしく、街にいるNPCからも「危ないから街の北側から草原を越えて、森に入ってはなりませんよ」と釘を刺されるのだ。
つまり、この辺りには基本的には誰もいない。ここにいるとしても何も知らない初心者か、命知らずのバカくらいなもの。
だからこそ、私たちには都合がいい。
今からここでやることは、できれば誰にも見られたくない。なにかを隠れて隠れてコソコソする輩にとって、ここはうってつけの場所というわけだ。
「さてと、コイツよ。コイツ」
私は視界の端にあるメニュー欄からアイテムを開き、『メモリーカード』をこの手に取り出す。
メモリーカード。
伝票と引き換えにゲンちゃんから渡された謎のアイテム。これは元々キバさんからゲンちゃんに改造するよう依頼されたものだったが、キバさんとの別れ際「きっと君の役に立つ」という言葉と共に私へと託されたのだ。
果たしてこのちっぽけな
形は長細い四角形で、大きさは拳に収まる程度。緑の下地に金色の線が装飾されていてさながら旧世代の電子基盤のよう。しかし、よく見ると先端には小さな穴が空いていて、そこにリボンが巻き付けられている。ともすると、これはいつぞやに曽祖父から見せてもらった“栞”を模したものらしい。
紙の本がほとんど絶えて久しいこのご時世に栞だなんて。誰も解りゃしないだろうに。そんなのをアイテムにするということは、これも
「ねぇ、これどう思う?」
「それ、よく見るとなんかかわいいじゃん。耳につけたら丁度よさげかも!」
陽彩はメモリーカードのリボン部分を持って、耳に当てる仕草をしてみせた。ピアスとして付けるにはちょっと大きめではあるものの、メカチックな耳飾りって感じがして確かにかわいい。
まぁ、陽彩は何を身につけても似合うからな。もしも私が付けたら大惨事、危ない人一直線って感じになるから見せられたもんじゃない。
「んで、これどーやって使うん?」
陽彩からメモリーカードを返してもらうが、その使い方はさっぱり分からない。でもこういうのは適当に触りまくれば大抵なんとかなるもんだ。
とりあえず、リボンを握って振り回したり、側面をベタベタ触りまくったり。表裏を返しながらくまなく観察してみると、リボンと逆側の端が金色の装飾で接続端子のようになっているではないか。
その端子部分を握ると、
────────────
【???】【???】【???】
【???】【???】【???】
────────────
目の前に半透明のウインドウが生えてきた。
「なんだなんだ」
ウインドウの中はリストのように項目が並んでいるが、どれもこれも【???】ばかり。
リストをグリグリ動かしてもハテナばっかりでなんの面白味もない。しかし、私はその群れの中に一つだけ【透明化:アオ】とアンロックされてる項目を見つけた。
そして、その表示に触れてみた。
『データロード!
「喋った!」
渋いおじさんの声が項目を読み上げると、突如として緑色で書かれた0と1の数字が目の前に降ってきた。その数字はどんどん量を増してまるで滝のように流れ落ち、やがてその滝に流れが生まれ、0と1がぼんやりと人のような輪郭を描いてゆく。
バチリと唐突に数字の滝が爆ぜる。
するとそこには、アオちゃんが現れた。
透明感のある笑顔に、艶々のおさげ髪。セーラー服を纏った少女はどこからどう見ても、アオちゃん。
「へぇ……なるほどね」
大体、分かった。
このアイテム、記録した性癖を召喚できるんだ。
そういえば、ゲンちゃんはこのメモリーカードに【フィギュア化】の
召喚したアオちゃんに触れてみる。
肌はツルツルでハリがある。身体には体温もあるし、なんなら鼓動すら感じ取れる。
これがフィギュアかと思わず感心する。
ただ、一ミリも動かないし、瞬きすらしない。そういった部分に気づくと、これはしっかりフィギュアなんだと感じさせられる。
「でもなぁ」
邪な考えが頭を過ぎる。
「こんなに本物に近かったら憑依できそうだよねぇ……!」
そう思ったらやってみよう。
善は急げだ。
「ではでは、その身体いただきます。【憑依】!」
「はぅっ……!」
まずは陽彩の身体を乗っ取る。
私の身体が彼女の体内に吸い込まれ、身も心も私に塗り潰す。
うん、今日もいい身体してますわこのギャル。使えば使うだけ、私好みに馴染んでゆく。この感覚が堪りませんの。
あとはもう一手間。
「『多重憑依』!」
私はそのままアオちゃんの身体に憑依する。
今度は私が乗っ取っている陽彩の身体がアオちゃんに吸い込まれ、感覚が同調する。
手を動かそうと思えば、アオちゃんの手が動く。憑依元がフィギュアだから、そのまま動けなかったらどうしようかと思っていたが、ちゃんと動かせて満足だ。
憑依の具合は本物のアオちゃんに取り憑いたときと全く同じ。寸分違わぬ憑き心地だ。
ということは、これもできるはず。
「超
私が【
「これは凄いね……!」
髪の色、服装、
「【透明化】!」
これは本当に凄い。
なんたってメモリーにデータを
キバさんは私の
このメモリーカードはキバさんの悲しみの産物。でも彼はこれを私の希望として託してくれたのだ。
その事実に胸が熱くなる。
「キバさん、ありがとう!」
キバさんの優しさに目頭とおっぱいを熱くしたところで、お次はこの力を使い倒すターンといこうじゃないか。
私は透明状態のまま、森の奥深くへと足を踏み入れてゆく。
森の中の採集ポイントを探しながら、毛繕いするムギツネを近くで眺め、デカい牙の生えた猪の横をすれ違い、近距離から巨大蜘蛛を煽り散らす。こんな大胆なことをしてもモンスターたちはこちらを知覚することなく、ただ自分の生活を続けている。
それを横目で見ながら、私はアイテムを採取してゆく。
便利だねぇ、【透明化】は。誰からも見えない、誰にも気づかれないというのは実に快適だ。
ゲームの素材集めで一番イラつくのは敵に邪魔されることで間違いない。そりゃ目当ての素材が出ないこともイラつくけど、それは素材を集めた後の話。その前提である採取そのものを邪魔されれば目当ての素材もクソもない。
アオちゃんの力で透明になればモンスターからは全く気づかれず、敵に邪魔されることなく素材集めをすることができる。例え、モンスターが収集ポイントを守るように近くで寝てたとて、黙っていれば起こすことなくレアっぽい植物や鉱石を集めることだって可能だ。
そんなこんなで透明化を堪能しつつ、みっちり二時間弱くらい森の中で素材集めをして、はじまり草原に戻ってきた。
成果としては、『へボン木材』が15個、『ドロロー樹液』が4個、『
かなりの種類のアイテムを集めることができて大満足。これだけあれば、ゲンちゃんもそれなりの武器を作ってくれるだろう。
ヤることヤッて疲れたので、私は街に戻ることにした。元の身体に戻るべく憑依を解くと、召喚したアオちゃんは光の粒子となって消えてしまった。
自然消滅したところを見るに、どうやらデータ召喚も無限に行えるわけではないらしい。その辺りの詳しい仕様も後で検証しなくちゃだね。
陽彩への憑依も解除し、完全に自分の身体を取り戻す。わざわざ元の身体に戻る必要もなかったのだけれど、私の肌で感じる陽彩の感触が恋しくなってしまったのだ。
私は行きと同じように陽彩の腕に抱きついた。身体の左側にムチッとした乙女の柔らかさを感じ、幸せを噛み締めながら街への帰路をゆく。
街に足を踏み入れると噴水広場の方に出た。私たちはゲンちゃんのお店の近くから草原に入ったが、森で探索してるうちに最初の位置からズレていたようだ。
街のシンボルでいつも人の多い噴水広場だけれど、今日はいつにも増して騒がしくなっていた。楽しげな盛り上がりというよりも、物騒なざわめきが場を包んでいて、少し嫌な感じが心をよぎった。
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