騎士道その2『武器作りは子作り』

 眩しさにつぶった目を開くと、いつもの街だった。相変わらず石造りの田舎町のような風景に様々なジャンルのコスプレイヤーみたいなのがごった返してる。


 これを眺めてるのもまあまあ楽しい。けど、それじゃ何も始まらない。


「ルナじゃん、やっほー」


 声の方に振り向くと陽彩がいた。格好はログアウトとしたときと同じギャルモードのままで、そのエロエロなボディは今日もバッチリ決まってる。


 じゅるり。

 おっと、失礼。彼女の深い谷間に興奮して涎が出てしまいました。


 他の人にやろうもんなら、即通報級の事案発生だ。しかし、そんな私にも陽彩は嫌な顔一つせず付き合ってくれる。


「んで、今日はどこ行く?」

「ここに書いてある武器屋さんかな」


 私はポケットからキバさんから貰った紙片を取り出す。それは伝票なのだが、その裏を見ると簡易的に手書きの地図が書いてある。

 だから今日はまず、そこに行ってこの伝票とキバさんが預けていたアイテムを交換してもらうつもり。そのアイテムはお礼の品ということだが、どんな物が貰えるか楽しみだ。


 目的地を言い終わるやいなや、陽彩は私の手をとった。


「おけまるー。じゃいこう」


 しかも、その指を一本一本、私の指に絡めあい、ギュッと握ってくれている。これはいわゆる、恋人繋ぎ……!


 そのことを意識すればするほど身体は敏感になり、触れ合う手と手の刺激で思わず声が出てしまう。


「んあっ……」

「大丈夫? もしかして、ネイル刺さって痛かった!?」


 陽彩は私を心配して、繋いでいた手を緩めようとする。しかし、私はまだ足りなくて、咄嗟に彼女の手を握り締める。


「だっ、大丈夫、だから……!」

「お、おう」


 そんな私の必死さを感じてか、陽彩も握り返してくれた。想いが通じて、顔が綻んでしまう。


 だが、しかし。大丈夫と言ったけど、全然大丈夫じゃない。

 私、もう果てちゃいそう……!


 暴発しそうな心を落ち着けるためには、内股で少し前屈みになりながらでしか歩けそうになく。そんな私を不思議そうな目で見ながら、陽彩は私の手を引いて行くのだった。


 ◇◇◇


 劣情を我慢しながら、陽彩と歩くことしばらく。


「はぁ、はぁ……着いたぁ……!」


 私たちは武器屋と思しき古びた建物の前にやってきた。

 いや、しかし……不安しかない。

 店構えはどう見たってあばら屋そのもの。それに街の中心からかなり離れたこの辺は倒壊した建物も目立ち、人の気配もほとんどないときた。


「やってるのかな、これ?」

「ま、入ってみれば分かるっしょ」


 あまりにも不気味で引き返そうかとも思ったが、私の気持ちなんていざ知らず、


「すんませーん」


 陽彩は立て付けの悪そうなドアを力強く開いた。

 すると、そこには身の丈くらいある大きな金槌を肩に背負う捩り鉢巻きの女の人がいた。上下共に厚手の作業着で、煤けた頬に汗の雫がキラリと輝く、快活そうな美人さんだ。


「ふぅ……。って、お客さん……!? いらっしゃい!!!」


 彼女は私たちに気づき、金槌を置きダッシュで入口の方にやってきた。


「私は元美モトミ、この工房の持ち主。よろしくね。みんなゲンちゃんって呼ぶから、よかったらそう呼んでよ!」

「私はルナ。こっちはバディの陽彩ひいろ

「よろー」


 元美さん──ゲンちゃん──は暑そうにしながら、恥ずかしげもなく上の作業着をばさりと脱ぐ。薄手のインナーを着た上半身が露わになり、その胸元は女職人のイメージよろしくサラシが巻かれていた。


「一仕事終わったばっかりでさ。多少ラフだけど、気にしないで」


 ゲンちゃんは気にしないでと言うが、それは無理だ。

 だって、あの胸。サラシ巻いてるのに、かなりの大きさなんだもん。だとすれば、元のは更にすっごいはずで。

 そのおっぱいが持つ引力を無視するなんて、私にはできなかった。


 ゲンちゃんに熱い視線をチラチラ寄せ続けていると、彼女は聞いてきた。


「……それで、今日はこんなとこまでどんなご要件?」

「これを引き換えてもらおうと思って」


 私はキバさんの伝票をゲンちゃんに差し出す。すると、彼女の目の色が変わった。


「これは……。あの、すいません。引き換えさせてもらう前に、少しお話を聞かせてもらえませんか」

「あっ、いいですよ」

「じゃあ、立ち話もなんなんで、こっちへ」


 ゲンちゃんに案内され、私たちは店の作業場と通された。玄関から少し入っただけなのに、そこにはむわっと熱い空気が充満していて、作業の過酷さを垣間見た気がする。


 そんな場所で立ち尽くす私たちを見かねて、ゲンちゃんは慌てて木箱を二つ持ってきた。そんな即席の椅子に私たちは促されるまま腰掛ける。


「いや本当、ちゃんとしたスペースも椅子も無いような店ですんません。生産職ギルドに入ってないもんだから、こんなとこでしか店を開けなくて……」

「そうなんですか?」

「良い場所はベータ版から引き継ぎした大手の連中に買い占められちゃってますからね。それに悪評も流されて……。出遅れ組はギルドに入っていい条件の店で働くか、こうなるかの二択っす」


 ゲンちゃんは自虐的にフッと笑った。

 その慣れたような笑い方から、生産職も大変なんだなとその苦労が伺いしれる。


「どうして一人で?」

「身内と約束しちゃったんですよ。このゲーム買えたら二人で一緒に店やるぞって。ただ今は私しか買えてないもんだから、連れが来るまでに自分の店を用意しておきたいなと思ってね。

 まぁ、私の話はそのへんにしましょう」


 ゲンちゃんは神妙な面持ちで私たちに向き直る。


「聞きたいのは、この伝票の依頼主のことです」

「キバさんの? いったいどんな?」

「実は私、その人にこの依頼でとんでもないくらいの謝礼を貰っちゃってるんすよ」

「どんくらいの?」

「50万G」

「ごっ、50万!?」

「ヤッバ」

「しかも前金で」

「なんという大盤振る舞い……」

「こんな誰も寄り付かない店にわざわざ来て、『君にしかできないことだから』なんて頼み方をされてしまって」


 あの人、まーたアオちゃんに怒られそうなことを。もう少し、自分の立場を考えた方がいいんじゃないだろうか。

 ていうか、意識的にしてるとすればサイテー男だし、無意識でやってるとすればそれはそれで心配になる。


「しかも、依頼の中身とも全然釣り合ってなかったから、ちょっと怖くて」

「どんな依頼だったんです?」

「これを改造してくれ、と」


 ゲンちゃんはそう言って、そばにあった大きな工具箱の中から、小さくて細長い板のようなものを取り出した。緑色の下地の上に金色の模様が複雑に走っていて、何世代も前の古い電子基盤を想起させるようなものだった。


「それは?」

「アイテム『メモリーカード』。出会った性癖を記録して閲覧できるものみたいです」


 そんなものもあるのか。でも確かに、いろんな性癖が集まるこのゲームではそういう需要もあるんだろうな。


 しかし、ふと疑問が湧いてくる。


「そもそもなんですけど、アイテムの改造なんてできるんですか?」

「それは簡単な話。アイテムに【性癖スキル】を付与すればそれでオッケー」

「そんなことが……!」

「もっとも、元々は武器や防具に対しての技術テクだったけど、やってみたら意外とアイテムにもできるもんで。まぁ、私の他にこんなことやってるヤツなんて聞いたことないんだけどさ」


 とすると、様々なものに性癖を付与する技術テクは今のところゲンちゃんだけができる技なのか。思わぬところに貴重な逸材がいるもんだ。


「彼はここに記録した性癖を実体化させられるようにしてくれと頼んできました。だから、メモリーカードに【フィギュア化】性癖スキルを組み込んで、中身を等身大のフィギュアとして出力できるようにはしました。でもどうしてそんなことを大金はたいて私に頼んだのか、それが分からないんです」


 ゲンちゃんは分からないと言った、キバさんの意図。しかし、私は分かってしまった。


 本物のアオちゃんと会わなくても、最低限彼女を感じることのできるツールが欲しい。

 そんな切実な想いがこの依頼からは痛いほど伝わってくる。


「キバさん……」


 だからこそ、これはもうキバさんには必要なくなり、私に託されたんだ。彼は過去の痛みを乗り越え、本物のアオちゃんと再び共に過ごすと決めたのだから。


「だから教えてください。あの人は一体、何者なんです?」


 私はゲンちゃんにキバさんのことを話した。彼の素性、アオちゃんのこと、決意のこと。あくまで一日会っただけでしかないけど、できるだけ彼のことを伝えようと私は頑張った。


「そう……だったんですね」


 彼の物語が終わると、ゲンちゃんはポツリと言った。


「それならこのお金、返してあげた方が──」

「あーっと、それは大丈夫! キバさん言ってましたから。『返せなんて野暮なことは言わないよ』って」


 私はその言葉を慌てて遮る。

 だって、彼女が貰ったものを返したら、心情的に私も返さなくちゃいけなくなる。キバさんはそんなこと言ってなかったけど、きっと言ったはずだ。いや言わなかっただけで絶対そう思っている。


「必死すぎワロタ」


 陽彩は爪を弄りながら真顔で言った。しかし、それを気にせず、ゲンちゃんへ念押しする。


「だから、貰っちゃお? その方がキバさんも喜びますよ!」

「な、なら、そうっすね!」


 ゲンちゃんも返さない方向で納得してくれて、満足満足。これで私たちは晴れて共犯、キバさんからの贈り物で繋がったモノ姉妹となったわけだ。


「ありがとうございます。これで一つスッキリした。これはルナのだ」


 そうして、私はゲンちゃんからメモリーカードを受け取った。


「大事にしてな!」

「もちろんです! じゃあ、目的も済んだし帰ろっか」

「だね」


 私たちは店を後にしようと席を立つ。でも、なぜか私たちの前にゲンちゃんが回り込んできた。


「ちょっと待って。そういえば……そういえば。ルナ、あなたって武器持ってないんだね」


 言われれば、確かにそう。私は特に武器を持ってない。だからといって、別に不自由してるわけじゃないんだけどね。


「でも、武器ならいつでも作れるから、特別には必要ないかなぁ。

 見ててね、変身イメチェン!」


 私は足元に落ちていた木片を変身イメチェンさせ、木の剣に変えた。性癖スキルレベルが上がったおかげで、前変えたときよりも強そうな剣にさせることができた。


「ねっ?」

「へぇ……中々面白い性癖スキルだ。でも、中身は所詮ただの木。強化したところで伸び代には限界ってもんが──」


 ゲンちゃんが金槌で木の剣を叩くと、剣はボキリと折れて元の姿に戻ってしまう。


「ある。でしょ?」

「トンカチすごくね?」

「確かに……」

「だからさ、その性癖スキルで強化させるにも、ベースにするやつはちゃんとしたの持ってた方が絶対いいって!」


 彼女の言うことは一理ある。というか、理しかない。


「まぁ、それもそうか」

「そうそう。それに、加工に使うアイテムさえ集めてきてくれれば、今回はタダで引き受けるよ」

「本当に!?」

「うん!」

「でもどうして?」

「私の中のモヤモヤを解消してくれたし、それに」

「それに?」


 ゲンちゃんは私と陽彩に縋りついてくる。


「仕事させてぇ……!」


 仕事がしたいとはまた変わった理由だ。名前を売りたいとかそういうアレかな。


「私はとにかく武器が打ちたいんだ。

 武器を作るってのはいい……! 単体では木や石っころでしかない素材を、加工し組み合わせることで全く新しい武器いのちを誕生させることができる。私にとって武器を作ることは、我が子を作ること。それが心地よくないわけがないでしょ?」

「お、おぉ……」

「得物を作るときなんてすんごいんだから! 鉄の塊を叩くたびに全身に気持ちいいのが広がるし、打ち上がってく刃を見ると『産まれてきてくれてありがとう。もう少しだから頑張れー、頑張れー!』って抱きしめたくなる」


 間違いない。この人、変態だ。

 確かに、モノづくりは快感を伴うが、さすがにそこまでではない。それを“子作り”とまで言い切ってしまうんだから、ゲンちゃんは私と同格。いや、その分野においては私以上に変態さんだ。


「それにさ、なかなか新規のお客さん来ないからさ……」

「なら、お金は払った方がいいんじゃね?」

「いいのいいの! そういうことじゃないんだ。

 いや、たった一人のお客はいるんだけどさぁ。金払いはいいけど、これがまぁ変な注文オプションを要求してくる奴なもんで。これ以上、アイツのためだけに武器を打ち続けるのは、私といえどももう気が狂いそう。だから、気分転換になるのなら対価なんていらないから!」

「えぇ……」


 必死になる理由が思ったより切実すぎて、何も言えない。変態がキツさを覚える客って一体どんな奴なんだろう……。


 しかし、お客が一人しかいないってのも酷い話だ。性癖スキル付与って凄い技を持ってるんだから、普通ならもっと話題になってもいいはずなのに。

 いかんせん場所が悪すぎるんだろうなぁ……。それに、ここまで来れても、最初の私みたいに店がやってると思わなくて帰っちゃうのもあるだろう。


 凄い腕があっても、環境が悪ければ見向きもされない。バーチャルなのに、現実リアルが過ぎる。


「どうかお願いするんでぇ……!」


 美人が半べそになりながらお願いしてくる。その光景はとてもそそられるものだった──と同時にもちろん気の毒になった──ので、断ることなんてできなかった。


「分かりました。お願いします」

「ありがとうごびゃいましゅ……!」


 ゲンちゃんは私と陽彩を強く抱きしめた。

 汗と煤と鉄が混じり合った彼女の香りが鼻腔をくすぐり、これが綺麗な人から発せられていると思うと、なぜだかちょっと興奮してくる。それに、肌に感じるこの感触はサラシの奥に潜む柔らかさ。

 そして、隣には陽彩もいる。


 私、このまま死んでもいいや。


 そう思ったのも束の間。抱擁は終わり、天国のような時間はすぐに過ぎ去ってしまった。


「それじゃあ、お願いします」


 私まだ少し名残惜しかったが、それでもゲンちゃんからは十分過ぎるくらいに対価しあわせを貰った。だから、その分キチンと返さないとね。


「分かりました」

「ウチらに任せなっしょ!」


 陽彩も乗り気で私は嬉しい。

 これも立派な人助け。美しい女の人のためなら、陽彩を一肌も二肌も脱がせちゃうもんね。


 そんな決意を胸に秘め、私たちはゲンちゃんに送り出されてフィールドへと向かったのだった。

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