同類はすぐ私の側に

 優雅なお茶会に割り込んできた乱入者は山賊の形をしていた。


 片方は山賊と呼ぶには頼りないほど痩せこけていて、もう片方は山賊と呼ぶにふさわしいほど太っている謎のアンバランスさではあるものの、どちらも素肌に獣の毛皮を纏い、ズボンは泥だらけ。片手にはよく分からない木の棒のようなものを遊ばせ、しかも裸足でこの店内にずかずかと入り込んできたとくる。


 ここまでドレスコードという言葉を無視した輩は、コイツらの他にはいないだろう。山から降りてきた人里のルールを知らないはみ出し者。そんなイメージが目の前にいる二人には張り付いていた。


 そんな連中とお茶しないかって? 冗談じゃない。関わりたくないし、今すぐここから出て行って欲しいくらいだ。


 それに、なぜ私なんかに声をかけるのか。こんなブス隠キャオタクに話しかけなくても、店内を見渡せばもっと可愛い子はいるだろうに。もし、私に向かって“かわい子ちゃん”なんて言ったんだとしたら、趣味が独特すぎるだろ。


 コイツらはきっと別人に話かけている。そう信じ、黙ることにしたが、


「おやおや? 無視は良くないなぁ」


 悲しいことにそんなことはないようで、ヒョロい方が私に向かってねちっこく話しかけてくる。


「ひ、人違いではござりゃんせんか……?」

「そんなことないぜ、かわい子ちゃん。俺らはまさに君に用があんの」


 最悪。こうなりゃすっとぼけてやろうと思ったけど、名指しで話しかけられたらもはや言い逃れる余地もない。


 というか、その“かわい子ちゃん”ってのもやめろ。言われるたびに気持ち悪くて鳥肌が立つ。


 なんて思うけど、這い上がってくる恐怖心の前ではそんなこと言えなくて。逃げようと思っても椅子の後ろには太ってる方が待機していて、退路は完全に断たれてしまっている。


 詰んだ。これはもうどうしようもない。


「なぁなぁ。こんなことで紅茶飲むなんて、頭いいアピールはかわい子ちゃんの見た目には似合わないぜ? そんなガラでもねぇことしないで、アガるやつショットでキメてオールでウェイしようぜ! 俺たちが今まで味わったことないくらいの最高にイカした体験させてやるからさぁ」


 こんな落ち着いたところで軽率にナンパしてくる時点で薄々察してはいたけど、話しかけられて改めて思う。

 コイツらは中々に……中々な奴らだ……。


 日本語を話してるんだろうけど、言ってることの半分は分からない。もっとも、伝えようとしてることはフィーリングでなんとなく分かるが、向こうと同じレベルにまで感性と品性を落としたくない。


 というか、紅茶を飲んでるのが頭いいアピールってなんだよ……。まるで意味がわからない。

 それに、紅茶が似合わない見た目ってコイツらには一体何が見えてるわけ……?


 返答に困って窓の方に視線を泳がせると、ガラスに反射してとんでもなく顔と身体は良いが、彼らと同じレベルに頭の悪そうなギャルの姿が見えた。紛れもない、今の私の姿が。


 そうだ、私は陽彩に憑依してたままだったんだ! キバさんと談笑してたからすっかり忘れてた。というか『憑依者が憑依したことを忘れて、身体が違うのに元の自分まま過ごす』っておいしいシチュエーションをスルーしてたのか! 私のバカ!!

 でも、危うく陽彩の意識は私に塗りつぶされてしまうところだったんだ……! そう考えたら一気にドキドキして、身体がかあっと熱くなる……!


「おっ? めっちゃ楽しそうな顔してるけど、俺たちと遊ぶこと想像しちゃった感じ?」


 恍惚とした興奮の中にいた私であったが、野暮な奴の言葉で一気に現実に引き戻された。

 そんなこと考えている場合ではない。馬鹿なのか私は。


 机や椅子を引きずる音がする。見れば周囲のお客が関わりたくないと、心なしか私たちから距離をとっている。


 まさしく孤立無縁。

 誰か助けてぇ……。


「そのへんにしとけ。彼女、嫌がってるだろう」


 そんなとき、キバさんが声を上げた。まるで私のヘルプに呼応するように、助け舟を出してくれたのだ。


「なんだテメェ? まさかコイツの彼氏とか言うんじゃねぇよな?」

「それは違う」


 キバさんは向こうの言葉を清々しいほどにキッパリと否定した。


「俺たちはな、こっちのかわい子ちゃんに用があるわけ。部外者は引っ込んでてくれないかなぁ」

「でもね、あいにく僕と彼女とは同類のようなもんなんでね。そんな子に対する嫌がらせは見過せない」

「同類だぁ? どこが」

「他人に言えないくらいに性癖を拗らせてるってとこかな」


 同類。

 確かにキバさんはそう言った。

 私の性癖はまさにその通り。他人に言うのを憚られるくらいに拗らせている。でも、彼の性癖を私はまだ知らない。


 私と同類なのだとすれば、キバさんの性癖は一体なんだ?


「うわ。なんかキメェわ、コイツ。なぁかわい子ちゃん、こんなやつほっといてさ俺たちといいことしない?」

「や、やめてください。アンタらの方がよっぽど気持ち悪いです……!」


 彼らに反抗すれば何されるか分からなくて怖かった。だけど、キバさんがいてくれると思えば、迫り来るいやらしい手つきを叩いてあしらうことができた。


 案の定、そうした態度は彼らを怒らせることになってしまうのだけれど。


「何しやがる!!」


 怒涛の剣幕で喚き立てる山賊どもの前に、キバさんは立ち塞がった。


「これ以上、彼女に手出しをしようってんなら僕が相手をしよう」

「彼氏面も大概にしろっての。俺たちの邪魔するんなら、まずお前から痛い目みせてやるよ!!」

「そうこなくちゃな。でも、気をつけた方がいい。なんせ、僕には特別な加護スキルがついてる。君らは僕に触れることすらできんさ」

「んだとぉ!!」


 ヒョロガリ山賊がキバさんに殴りかかった。


 ──彼に手を出すな。


 刹那、鳥肌が立つ。

 山賊に気圧されたのではない。キバさんに拳が向けられた途端、警告を発する女の子の声が聞こえたから。

 もちろん、私の声でも陽彩の声でもない。それにこの卓には私たちと山賊どもしかいない。しかし、その声は騒然とする店内においても、すぐ隣で発されたようにハッキリと聞こえた。


 それと同時に心臓に突き刺さるような気配がこの場に滲む。お前を殺すと言わんばかりの、ドス黒い想いがこの場を支配したのだ。


 そして、


「のわっ!」


 ヒョロガリ山賊が豪快にすっ転んだ。

 躓いたとかではない。物理法則をまるで無視して、直立の状態からいきなり後方に倒れ込んだ。しかも、私の見間違いでなければヤツの身体は空中でグルリと180度回転させて、頭からフロアに落ちている。


 キバさんは目の前でそんなことが起きているにも関わらず、紅茶を飲んでいた。さもそれが当然だというように気にも留めず、優雅に紅茶をキメていた。


 もう一人のデブ山賊は狼狽えて顔を引き攣らせる。


「何をしただ!」

「言ったろ。僕には特別な加護がついているって。次は、お前だ」


 キバさんは力強く山賊を睨んだ。それに呼応するように、再びピリリと痺れるような気配がこの場を包み込む。


「とりあえず、お前らにはこの店からお引き取り願おうか。ホップちゃん、ドア開けて!」

「かーしこまりましたっ!!」


 うさ耳メイドのホップちゃんが店のドアを開けると、間髪入れず100キロ超えてそうな巨体が一人でに店の外まで飛んでいった。


 ……何言ってんだって話だ。でも、それ以外に言いようがないんだからしょうがない。

 デブ山賊が見えない何かに引かれたかのように勝手に店の外までぶっ飛んだ、それが事実なのだから。


 デブ山賊の後を追うように、地面に伸びていたヒョロガリ山賊も店の外にぶっ飛んでいった。やはり、誰が触れるでもなかったのに。


 紅茶を飲み干したキバさんはおもむろに立ち上がり、ホップちゃんに話しかけた。


「騒がしくしてすまない」

「いいんですよ。久しぶりにお熱ーいのが見れましたからね」

「どういうわけか、今日はいつにも増して張り切ってるらしい」

「妬いてるんですよ」


 二人の会話はいまいち要領を得ない。しかし、なんとなくお互いの関係性が垣間見えて羨ましくなってしまう。私もあんなうさ耳巨乳メイドさんといい関係になりたいわ。


「今日はいつにも増して美味かったよ」

「今度はもっと頑張ります。だから、また来てくれますか?」

「それには……応えられないかもな」

「みんな待ってますからね」


 ホップちゃんの祈るような言葉にも何も言わずに、キバさんは山賊たちの後を追って店から出ていってしまう。こうなった以上私だけここにいるわけにもいかないので、最高級の紅茶を一口で飲み干し、彼を追った。


 店を出ると、キバさんが寝そべる山賊どもに迫っていた。余裕な笑みをたたえ、わざとらしく足音を立てながら。


「いいのは威勢だけだったみたいだね」

「ふざけんな……! ぶっ殺してやる」


 山賊どもはその言葉で自らを鼓舞し、立ち上がる。それを見て、キバさんは嬉しそうに叫びだす。


「じゃあ、こっからは手加減無しだ!」


 キバさんがパチンと指を鳴らせば、デブ山賊の足がふわりと地面から浮き上がる。やはりあんな巨体が浮かぶ様はまるでサイコキネシス。


 ただ、なんとなく違和感がある。デブ山賊のあの態勢、超能力で浮かされたというよりは、誰かに首根っこを掴まれて持ち上げられているという印象だ。

 しかしながら当人の前には誰もいない。何もない。じゃあなんだっていうんだ。


 デブ山賊はそこから逃れようと必死にもがくが、状況は一切の変化をみせない。ただ、デブの巨体が宙に浮かんているのみ。


「だ、だずげでく──」

「断る」


 助けを求める叫びの最中、ドスンと鈍い音がする。見ればデブ山賊の鳩尾は不自然に凹み、同時に響く苦悶の声。


「……」


 そして、デブ山賊はストンと糸が切れたように大人しくなった。全身から力が抜け、四肢が振り子のように揺れている。


「おいデブゥ! くそッ、なんだってんだ、一体!?」


 ヒョロガリ山賊は駆け出した。仲間の死体に背を向け、情けない声を上げ、一目散にこの場から逃げようとする。


 しかし、


「そうはさせるかっ!」


 キバさんはそれを許さなかった。

 またしても心臓を刺すような気配が漂うと、ヒョロガリ山賊はそれはそれは美しい一本背負いで投げられる。

 無に。


 無が山賊を背負い投げした。

 バグってるようにしか思えない光景が眼前で繰り広げられていて、なんかもう目が回りそう。


「どこだ、どこにいる? そこか? それともこっちか!?」

「残念だけど、そこにはいないさ」


 錯乱。

 狂気。

 ヒョロガリ山賊が目を血走らせて周囲を見渡す様は、そう形容する他ない。


 もはや、声すら出せなかった。

 キバさんの性癖スキルが発動してるのは分かる。でも、一体どうなってるというの。

 彼は自分のスキルのことを特別な加護だなんて言ったけど、加護と呼ぶには恐ろしすぎる。もっと別の、性質の異なる何かだ。


 そう、思った。

 そのとき、


「ん……?」


 街の景色が揺らめいて、人のような形が風景に滲んだ──ような気がした。

 驚いて目を擦り、もう一度眺めたけれど、そこにはもうなんの違和感もなかった。


 見間違い……?


「お、お前か! た、助けてくれ! 来るな……来るんじゃねぇ!」


 ヒョロガリ山賊はひどく怯えた様子で喚き散らすも、しかし何もいない。それでも目の前の虚空に向かって泣きながら叫び続けていた。


「やめろー! やめてくれぇ!!!」

「もう終わらせよう。絶頂性技アーツ存在プルーフオブ証明イグジスタンス』」


 風が逆巻き、広場を駆ける。複雑に入り組んだ乱気流が日差しを歪めて、山賊の傍らに透明な人型の像を結んだ。像は見えないけれど、確かにそこに在ると感じることができる。無いものが在る、とでも言えばいいんだろうか。


 ──確かに私はここにいる。


 風音の隙間から、声が聞こえた気がした。

 実体を持たない者が自分の存在を必死に伝えようとしているみたいで、その控えめだけど力強い主張にときめいてドキドキと心が躍ってしまう。


 実体化した透明な人型がヒョロガリ山賊の身体へ拳を振り下ろし、ヤツは淡い光となって消えていった。同時に倒れたままのデブ山賊も淡い光となって消えてゆく。


「誰もいないところにこそ誰かが居るってこと、忘れるな」


 敵が消え、広場に平和が戻った。

 この場にこだましていた狂気の叫びも、今やいつも通りの雑踏にかき消されている。


「キバさん。助けてくれて、ありがとうございます!」

「なに、気にするなって」


 10万Gをくれて、装備も新調してくれて、お茶を奢ってもらって、ナンパから助けてもらって。キバさんが味方で本当によかった。

 ただ、何から何までおんぶに抱っこ。これではだいぶ申し訳なさがある。


「でも、なんか貰いっぱなしですね……」

「だからいいんだって、俺が勝手にしてるだけなんだから」

「何かお返しさせてもらえないと、気が済みません!」

「じゃあ、また今度返してもらおうかね」


 キバさんはそう言ってはにかんだ。爽やかな面と相まって、とても絵になる。しかし、こんなイケメンでもかなりヤバい性癖を持ってるんだよなぁ……。


 人間一皮剥いたら中身は分からんもので。どんな拗らせ方をすれば、あんな性癖スキルが発現するのか。ますますもって彼の性癖が気になる。

 だから、私は聞いてみた。


「キバさんってどんな性癖スキルなんですか?」

「気になるかい?」

「はい!」


 キバさんは少し表情を曇らせる。その表情を見るにかなり悩んでいるのが窺えた。

 でも、唐突に彼の表情がふっと軽くなった。


「いいよ」

「本当ですか!?」

「ああ。君になら教えてもいい」


 ただ、とキバさんは言葉付け足す。


「ここじゃダメだ。人が多すぎる」

「そうですか?」

「そりゃ、他人にはとても言えない性癖だから。誰もいないところでないと」


 確かに、性癖の話は大っぴらな所ではできない。それが歪んでいる自覚があるのなら尚更だ。


「分かりました!」

「ありがとう、それじゃ着いてきてくれ。俺のとっておきの場所に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る