02

 結局その日は修二叔父さんの方が雪花との距離を縮めて終わってしまったが、俺はその日から毎日雪花を口説くことにした。

 こまめに連絡をして、愛を囁きもした。

 最初のころこそ半信半疑だった雪花も、数か月経った頃には信じてくれるようになった。

 そして懇親会の日は人目を避けて長い時間話すこともあった。


「いよいよおろせなくなる時期が来たな」

「そうですね、婚約破棄を言い渡されるのも時間の問題ですね」

「荷物の方はまとめてあるんだろう?」

「はい、と言ってもほとんどありませんので」


 言外に舞花に取られているから、といっているのだが、そんなものは在原の家に来てから揃えればいい。


「じゃあ婚約破棄がいい渡されたら在原の家に運び込むと良い。婚約破棄が整ったその足で我が家に来れるようにな」

「人さらいのようですね」

「それに近いものはあるだろうな」


 クスリと笑う雪花の髪がゆれてうなじが見え、思わずそこにかぶりつきたくなる衝動に襲われた。最近こう言う衝動がよく襲ってくる。

 雪花が俺に心を許してくれ始めたころからだろうか。


 そうして懇親会の一週間後、雪花は実の父親から婚約破棄の件を通告されたらしい。


「じゃあ、すぐにでも荷物をこちらに運び込んでくれ」

『洋服などは残しますがよろしいですか?』

「ああ、こちらで用意しよう。学校も変わるから教科書類も置いてきて構わないぞ」

『では持って行けるものなんてほとんどありませんね。というか無いのではないでしょうか?』

「だったら身一つでくればいい。こちらで色々と準備を一緒にしよう」

『かしこまりました。こちらは婚約破棄と婚約を結ぶことでバタバタしておりますので、あまり動けませんが…』

「じゃあせめて洋服の購入と学院の編入手続きは進めておこう」

『よろしくお願いいたします』


 あともう少しで雪花を手に入れることが出来ると思うと気持ちが急いて仕方がないが、ここは心を落ち着けるのが一番だ。

 修二叔父さんにはまるで餌を前にした猛獣のようだとからかわれてしまったしな。


* * *


 そしていよいよ雪花の婚約破棄の当日、俺は仁木家に車で向かっていた。

 仁木家如きが俺の訪問を止めることが出来るはずもなく、俺は婚約が調ったタイミングを計って部屋に入る。


「宗也様、ご機嫌よう」

「やあ雪花。婚約破棄になったんだって?」

「はい」

「じゃあ俺と婚約しようか」

「まあ、このような婚約者に見捨てられた私を拾ってくださいますの?」

「もちろんだよ。雪花のことは本家でも有名になってたからな」

「では私もご挨拶に行ったほうがよろしいですわね」


 我ながらわざとらしい芝居だと思うが、雪花が裏で俺との婚約話しを進めていたなんてことになったら、面倒だからな。


「宗也さんっていうんですね、アタシ舞花って言います。雪花の妹なんですよぉ、よろしくおねがいしますぅ」

「…ああ、話しは聞いているよ。君が舞花君か」


 思わず鼻で笑ってしまった。報告にあった通りにろくでもない女らしい。


「ふふ」

「なんだ雪花楽しそうだな」

「はい、舞花が宗也さんを狙い始めたのだとしたら面白そうだなぁと思いまして」

「それって俺に被害が来るじゃないか」

「ふふふ」


 俺を狙ったとしても無駄なことだとわかっていてそういう雪花は中々に性格が悪いと思う。

 それに俺は雪花一筋だ。


「宗也様、私はこの後は在原家に行けばよろしいのでしょうか?」

「そうだな、両親には今メールで雪花が婚約破棄のことを伝えて、それとお前を連れていくことも伝えておいた」

「便利な世の中になりましたわよね」

「まったくだ」

「在原のご当主様方にお会いするのは先日の野点以来となりますわね、お変わりはございませんでしょうか?」

「変わらないさ」

「それは結構でございますわ」

「どこにいくんですかぁ?」

「我が家に帰るのだが?」


 部屋を出ていこうとした俺と雪花を止める声がかかった。もちろんこの状況を把握できていない舞花のものだ。


「えぇ、舞花ぁもっと宗也さんとお話したいなぁ」

「雪花、在原家のご子息と婚約とはどういうことだ」

「まあお父様、お聞きになった通りでございますわよ?それと、この度の婚約破棄をもって私、家を出させていただきますわね。所謂、縁切りというものでございます」

「なんだと!?」


 むしろこちらとしては驚かれることに驚きを表したいものだな。


「婚約をして家を出るのでしたら、と耐えておりましたがそれが破棄になりましたので、この度縁を切らせていただくことにいたしました。ちなみに、宗也様がメールでご連絡していらっしゃったように、私も弁護士の方に連絡を済ませております。そもそも、私もまだ16歳ですので」

「えぇ意味わかんない。雪花が本家にいくとか身の程知らずっていうかぁ、ありえなくない?ねえ大和君」

「あ、ああそうだな。分不相応にもほどがある」

「この俺と両親が認めているんだ、何か文句でもあるのか?」

「じゃあいこうか雪花」

「はい、宗也様」


 外に待たせていた車に乗り込んで、早速雪花の頬にキスを送る。


「雪花、学院の編入手続きも済んでいるから」

「まあそうなのですか?ありがとうございます」

「学院では俺の婚約者ということで通すのでそのつもりでいるように」

「まあ、そのような大役を仰せつかるなんて思ってもいませんでしたわ」

「わざとらしいな」

「わざとですもの。それにしても、大和様に取り立てて恋愛感情を抱いたことはございませんが、舞花もどうして大和様の婚約者の座を奪おうと思ったのでしょうか?」

「雪花の物はすべて欲しがっていたのだろう?だったら婚約者の座も欲しがって当然じゃないか。愛など関係なくな」

「では、宗也様も狙われますわねぇ」

「あのような阿婆擦れが本家に出入りできるわけがないだろう。まあ、本家主催の行事には参加するかもしれないが、あの調子だからなあ」

「私の戸籍の方はどうなりました?」

「ああ問題ない。叔父上の養女に問題なく書き換えてある」

「流石にお仕事が早くていらっしゃいますわね」

「このぐらいのことは造作でもないさ」


 良くも言う。すべて了承したうえで今日という日を迎えたのは雪花も同じだろうに。まあ、全てをこの日に合わせるように指示を出したのは確かに修二叔父さんだけどな。

 車の中では二人っきりなので俺は雪花に手を伸ばし引き寄せて抱きしめる。

 今までは流石にこんなことは出来なかったがこれからはいくらでもできるのだ。そう思っていると雪花も恐る恐るといった感じに俺の背中に手を回してくれた。今はただそれだけのことが嬉しい。


「雪花、愛してる」

「はい宗也様。私も愛しております」


 ちなみに、雪花が俺を愛してくれるようになったのはつい最近だ。毎日のように口説いて、徐々に心を向けてくれるようになり、先月やっと愛していますという言葉をもらったばかりだ。

 あの時は電話越しだったとはいえ思わず今すぐ飛んでいって抱きしめたくなってしまったほどであった。

 まあ、その後すぐに婚約破棄のごたごたがあって会うことすらできなくなってしまったのだけどもな。それもあってこうして抱きしめられることがひどくうれしい。


「ああ、そうだ。これを渡しておかなければな」

「なんでしょうか?」

「婚約の証だ」


 そういって用意していた指輪を雪花の左手の薬指にはめる。


「準備がよろしいですわね。いつの間にサイズを計ったのですか?」

「一度触れればわかる」

「大した能力ですこと」


 実際、今まで雪花の指に触れたことは一度しかない。それも本家に来た時にエスコートと称して触れた一度だけだ。それでも、俺には雪花の指のサイズが分かってしまうぐらいに貴重な体験だった。


「雪花」

「今度は何でしょうか?」

「これからは修二叔父さんだけはじゃなく俺も頼ってくれよ?むしろ俺を頼ってくれ」

「あら、早速嫉妬でしょうか?困ってしまいますね」


 クスクス笑う雪花の口に瑠に口づけをする。


「ああ、嫉妬しているさ。信頼度は修二叔父さんの方が上だろう?雪花が認めるほどの男に、修二叔父さんを越えるほどの男になって見せるからな」

「楽しみにしておりますわ」


 そうして俺たちはもう一度唇を重ねた。

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