第十一話 意外な一面
『もはや、
体が浮遊するような感覚の中、ふと以前聞いたことがある声を聞いた気がした。
ベイドリッジ王国から逃げる際、数々の風評を聞いた。
曰く、異世界の外道。
曰く、腐った男。
曰く、役目を終えても消えなかった勇者。
つまりは、勇者クロガーは何処まで行ってもこの世界にとっては余所者だったのだ。
そう考えながら逃げていた時が脳裏によぎる。
もはや元の世界へ戻る見込みも立たず、自分の場所は何処にもない。
だから、やり直そうと。そう思ったのに。
『黒髪の罪人を探している』
『貴様は、どうだろうな?』
まだ、逃げられないのか。
ヘルメスとギルドにいる中で、あの時と同じように騎士が雪崩れ込んできた為、やけに動きの鈍い右手で剣を掴み。
勢いよく飛び起きると、そこは宿屋のベッドの上だった。周りには、騎士もヘルメスもいない。そして、ギルドの中でもない。
靄がかかった頭を何とか回転させ、辛うじて先ほどの光景が夢の中だったという事を理解できる。
若しくは、正夢となるやもしれないが。もはや、ベゼスタがこの街にまでたどり着いた以上いつ正体がばれても可笑しくはない。
ふと気づくと、喉が焼け付くように乾いている。そこまで汗をかいていたか。
眠気覚まし替わりにサイドテーブルに置かれた水差しの中身を木製のコップに注ぐ。
コップの水面に映るのは、包帯を巻いていない
耳に掛かる程度には長く、しかし長髪ではない。傷跡等は一つもないが、口元の左上辺りには黒子が一つついている。顔自体は醜くもなく、しかし整っているかと言えば少し首を傾げる程度の顔がそこにある。
しかしこの顔を知っている人は知っており、名前だけならば知らない人はこの世界にはいないかもしれない。
この顔をこれ以上見たくないと言わんばかりに、コップの中身を一気に呷る。
ベゼスタもギルドに目を付けられている以上、流石にこれ以上強引な捜索は出来ないだろう。
顔と、能力を使っているところを見られさえしなければ勇者だと断定はできない筈だ。
金を稼がねばならない以上、今日は依頼を受けなくてはならない。
森林側に行くか、それとも昨日言った様に山脈側に出向いてみるか。
最低限の身なりを整えた後、素顔を隠す包帯を巻く事で心を
扉を開き、宿主に挨拶した後に外に出る。
ギルドへの道を歩きながら空を見ると、まだ山から日は出てきていないが空は徐々に明るみを増していた。
今日はどうも胃袋の調子が悪い。
朝食は携行食で済ませるか。そんなことを思っている内に、冒険者ギルドの正面に辿り着いた。
「ウォーカー……!」
丁度ヘルメスも辿り着いた所のようで、左側の道からとことこと速足で歩み寄ってくる。
「おはよう。今日は、どうする?」
「クエストボードを見て決めようかと思ってる。森林側の依頼を続けるか、それとも昨日言った通り山脈側の依頼を少しばかりこなすか……」
そう言いながら冒険者ギルドの扉を開ける。
中には早朝ながらちらほらと他の冒険者が居る。しかし、それ以上に目についたのは此方の姿をみた瞬間に立ち上がった受付嬢だった。
厄介事か。そう思いながら身構えている内に、受付嬢は此方の方までやってきた。
「ウォーカーさん、ヘルメスさん。その……お二人のパーティーに指名依頼が来てらっしゃいますが、どうされますか?」
「指名依頼? いったい誰が?」
そう聞くと、左に位置する上階への階段から声が響いてきた。
「依頼を出したのは私だ」
「……ベゼスタか。どう言う訳だ?」
身構えながら聞くと、ベゼスタは思ったよりも気軽に口を開いた。
「いや、あまり強引な調査はどうもトラブルばかり招く。昨日の件でそう思ってはいたが、君たちと話していた冒険者から良い話を聞いてね。指名依頼ってやつさ。金は掛かるが、日中の行動すべてを観察する手段としては有用だ。多少の資金は騎士団から手形を貰っているし、君たちにとっても収入が増えるのはありがたいことだろう?」
「……ご高説ありがたく思うが、肝心の報酬は? まさが銀貨数枚とは言わないだろうな」
遠回しに拒否を伝える。
冒険者の普段の稼ぎは、準銀級程度なら一日に銀貨数枚が限度。指名依頼を受けた人間の日中を拘束するとはいえ、銀貨一桁以内が相場と言った所だろう。そして、その程度の報酬なら態々面倒を受ける必要はない。
そう思っていると、ベゼスタは指を二本立てて此方に見せた。
「銀貨二十枚。相場でいえば、準金級冒険者が一日に稼ぐ平均額だった筈だ。当然、仲介料は別にギルドで払っている。二人で分ければ銀貨十枚ずつ、断る理由はないだろう?」
その言葉に唖然とする。
唯の準銀級冒険者相手と、準銅級冒険者相手に一人頭銀貨十枚?どこまで王国から資金の提供を受けているのか。それとも、ベゼスタは俺の事を勇者だと睨んでその額を切り札として出したのか。
ベゼスタの意図が分からない。分からないが、知る必要はある。彼女が何の意図でこの提案をしたのか、若しくは何も深く考えていないのか。知らなくては、この先どう行動するかの決断が取れない。
それに、冒険者の立場からしても銀貨十枚は破格だ。つまりこの依頼をこなすだけで向こう十日は何もせずに暮らすことが出来る額だ。装備を新調して財布が寂しくなっている身としては、断る理由は無い。
ならば、受けるしかない。
「分かった。その額なら受けよう。それで、内容は?」
そう声を掛けると、ベゼスタは何気ない様に笑った。
「山脈側、鉱山付近に生息するゴブリンの生息域の確認。街道から徐々に離れつつ、ゴブリンがどこから来ているのかを確認してもらう。無論、ゴブリンの討伐依頼とも重複可能だ。殺せるだけ殺しても良いぞ」
普段より街道付近に出没するゴブリンが実際何処から来ているのかについては、未だ完全な特定には至っていない。
ここ数年の間に街周辺のゴブリンの完全駆除に成功した街の例を聞くには、やれある場所にトンネルが掘ってありそれを進むことで生活圏の中心を特定できただの、森林の奥深くにゴブリンの集落があっただのと言った所だ。
この街にの付近のどこからゴブリンが湧いてきているかと考えると、恐らく街道から暫く離れた所にトンネルか何かがあるのだろう。
「ウォーカー、ここから探すの?」
「そうだ。ゴブリンの痕跡を見つけたら後を追う。ベゼスタはトラッキングの経験は?」
「山賊に対してなら何度もやった事がある」
「なら問題ないな。周辺警戒だけは怠らない様にしよう」
そう言って事前の打ち合わせを終え、捜索を始める。
街道を軽く見通せるような場所から、少しずつゴブリンの痕跡を探していく。
ゴブリンの斥候の姿が見えれば一番。そうでなくても、足跡等の痕跡が見つかれば追跡自体は可能だろう。
「ウォーカー、こっち」
捜索を始めてから半刻ほどしたあたりで、此方から見て大きな岩の裏に居たヘルメスから声が掛かった。
「何か見つけたか」
傍まで寄ってそう尋ねると、ヘルメスは頷いて少し先の地面を指さした。
「子供程度の大きさの足跡。それも複数。一か所が円形状になっているってことは、ここで休憩してたってことか」
街道から離れた場所で、複数で行動する子供サイズの生き物となると、この辺りではゴブリン以外にはない。
ベゼスタを呼ぶために指笛を吹くと、数分もせずにベゼスタが合流した。
「呼んだか、ウォーカー」
「ヘルメスがゴブリンの痕跡を見つけた。この後を辿れば、何かは見つかるだろう。
固まって移動しよう。ベゼスタは最後尾に行ってくれ。俺が前衛に立つから、ヘルメスは中央に」
「分かった」
その言葉と共に隊列を組むと、周囲の音を注意深く聴きながら痕跡を辿る。
痕跡はそのまま街道から離れて行く形で続いている以上、恐らくは昼頃の段階で巣に戻る決断をしたのだろう。
そのまま暫く後を追っていると、ふと遠巻きにゴブリンの声が聞こえた。
素早く右手を握り頭上に軽く挙げ、止まるように合図する。
複数のゴブリンの声。だが、興奮している?
此方の存在がバレたか、若しくは他の何かと戦っているか。
静かに後ろを向き、二人に声を掛ける。
「足音を立てないようにして近づくぞ。何かが襲ってくるかもしれない。周囲にも気を配るように」
二人は静かに頷き、それぞれの得物を構える。
ゆっくりと、音を極力立てないように近づいていく。
その間にゴブリンの声は大きくなっていく。
音の方向から、こっちに向かっているのは確実だ。足音から想像するに走っているのだろう。
ゴブリンが走っている、と言うことは。
「ギェギギ!! ……ギエッ!!!!」
岩陰から棍棒を持ったゴブリンが飛び出してきて、此方を視認する。
武装した冒険者と遭遇してしまった事でゴブリンの足は一瞬止まってしまい、そして黒く光った針により背中から串刺しにされる。
ゆっくりと岩陰から出てくるのは、成人女性とほぼ同サイズの、六本足の節足動物。
体全体は黒く、日光により光を反射している。
人の胴体より少々小さい程度の大きさの鋏を持ち、その切れ味はゴブリン程度の体なら容易く両断できる。
そして、尾には巨大な毒針を備え、刺されたら直ぐに解毒剤を飲まなければ半刻もせずに全身が動かなくなり、放置しただけでも一日で死に至る。
山脈などで普段依頼を受ける冒険者は奥に行けば行くほどその存在を恐れ、隠れているであろう岩陰を注意深く見て進む。
スコーピオン。その強さは一匹あたり準銀級冒険者一人分とも言われている。
今まさにゴブリンの体を貫いた漆黒の暗殺者は、赤い六つの目を此方に向けた。
同時に、岩を飛び越えてもう一匹。その体はゴブリンの血で濡れており、今まで何をしていたのかを如実に物語っていた。
「スコーピオン…………! それに、二匹も……」
「ヘルメス、後ろを警戒しててくれ。ベゼスタ、血濡れの方を頼む。
済まないが、依頼主であるあんたにも手を借りなきゃならん」
「言われなくても。其方も、持ちこたえるだけで良いぞ。これくらいなら一人で叩ける」
「冗談だろ? 依頼主にすべて任せてちゃ冒険者の名が廃る」
そう言って鉄の片手剣を抜き左手に持ち、右手で懐から手斧を抜く。
暗殺者と称されるスコーピオンは、瞬発力もゴブリン以上にはある。下手に弱点を狙いすぎると、直ぐに反応されてしまう。
だが一方で、頻繁に動く事を好む魔物でもない。ならば。
「せいっ!!」
掛け声と共に、手斧をスコーピオンの顔面に向けて投擲する。
同時に間合いを詰め、片刃剣を振り抜く為に脇に構える。
スコーピオンは両方の鋏で顔面を防ぎ、此方の斬撃を自身の尾を持って迎撃の構えを取る。
片刃剣をそのまま尾に向けて振り抜くも、ちょうど毒針の部分でもって当てられ弾かれる。
しかし、弾かれた反動をもって後ろに下がりながら、懐から伸びた紐を右手で勢いよく引く。
手斧の握りに通された穴には紐が通されており、弾かれたままスコーピオンの後方まで飛んで行った手斧を手元まで引き寄せる。
体に回転を加えつつ更に手繰り寄せれば、紐と共に手斧は尾の半ばあたりで紐と共に絡みつく。
尾を引っ張られつつも踏ん張るスコーピオンを目の前にして、紐を手繰り寄せる手を左手に変え、直ぐに右手で二本目の斧を持ち投擲する。
狙いは、引っ張られたまま動かせないスコーピオンの尾。
宙に放たれた手斧は吸い込まれるように関節部に刃が入り、尾の半分あたりまで食い込んだ。
カチカチと音を鳴らしながら悶えるスコーピオンを見て、直ぐに紐を放して片刃剣を持ち突進する。
そして、スコーピオンが迎撃の体勢を取る前に斜め上へ振り上げ鋏の片方を両断する。
その構えのまま両手で片刃剣を持ち、左手を頭上に構え、遠心力と共に振り下ろす。
片方の鋏を切り取られたスコーピオンは対応する暇もなく、頭から尾の付け根まで綺麗に縦に切断された。
これ以上動き出さない事を確認し、ふと奥の方を見る。
血濡れのスコーピオンの方は、ベゼスタが今まさに止めを刺していた所だった。
戦いながら様子を見る限り、最初に強烈な一撃を与えスコーピオンを弾き飛ばし、その態勢のまま更に二撃目、三撃目を加えていた。
そしてスコーピオンの体勢が完全に崩れたところで、まず縦に一撃。そして間髪入れずに刃を引き抜き更に横に一撃を放ち、尾を両断していた。
それでもまだ虫と同じ構造を持つスコーピオンは動く危険がある。故に、先に動かないように主要な部位にロングソードを突き刺し反撃の可能性を潰していた。
息を継ぐも間もない程の連撃。流石クラリスの指揮下にある騎士だけあり、その腕は並の冒険者とは一線を画す。
「・・・む、既に其方も倒していたか。そこらの冒険者とは一味違うようだな」
「やめてくれ。そっちの方が倒すのが早かった。それに、こっちはまだ完全に息絶えたとは限らない」
「謙遜するな。尾の付け根まで両断していれば動いたとしても微細な物。どうもスコーピオンを討伐したのはこれが一度や二度という事ではなさそうだな」
「はぁ・・・。まぁ、ご想像にお任せする」
まさか更に穿った見方をされるとは思わなかった。戦闘方法そのものというより、留めを刺すか刺さないかで戦闘経験を見られるとは。
今後は戦った後の事も注意しようと心に決めつつ、二人に声を掛けた。
「そろそろ正午だ。お互い消耗したことだろうし、飯にしよう」
普段ならば携行食を食べながら他のゴブリンを探すところだが、仮にも指名依頼主も同行している。
既に依頼を承諾した後から簡易的ながらも豪華な食事を用意していた。
「ウォーカー、火種になりそうな枝を集めてきた」
「ありがとう。それじゃあ昼食にしよう。ベゼスタも、それでいいな?」
「ああ、構わない。腹が減っては戦が出来んからな」
ベゼスタから了承の意も貰った所で、此方も料理を準備する。
簡単に携行できる小鍋に、粉末コンソメスープを流し込み余分に持ってきた水を入れる。
これに火を入れると同時に、少々硬いパンと干し肉を取り出す。干し肉を火であぶりながらパンやスープと共に食べるのだ。
冒険者にとっては、行動中の食事としては明らかに豪華である。が、それでも粗末と言えば粗末な食事だ。
鍋を火に持っていく為に振り替えると、そこには目を疑う物が目に映った。
ベゼスタが、ゴブリンを大きな枝で串刺しにしていた。恐らくは、血濡れのスコーピオンが先に鋏で両断した奴だろう。
そして、そのまま火を起こす予定の位置に持ってきて他の枝で支える。
まさか、丸焼きにするつもりか?
「……あの、ベゼスタさん。それは、一体?」
「決まっているだろう? 昼食だ」
ヘルメスが青ざめた様子で困惑しながら問いかけると、逆に何が不満だと言わんばかりの勢いで答えを返される。
確かに長期間の依頼をこなす際には余分な食料を携行する余裕などはない。その為、討伐した魔物をそのまま焼いて食べるといったことは冒険者の間でも珍しいことではない。
だが、スモールウルフ等の獣系の魔物ならいいがゴブリンの丸焼きと言うのは余程厳しい条件下の依頼でなければ好んで食べようとしない。多少なりとも人型に似た魔物を食うのは抵抗があるのが人間の性ではあるし、そもそも食感も硬くて噛み切る事ができず味も皮でも食っているかのような味だ。流石にスコーピオンの肉は味もそうだが毒もある為食えたものではないが。
それでも、一日で帰る予定の依頼の最中。それもきちんと食事を用意している人たちの前でゴブリンの丸焼きを好んで用意するか?
「……突っ込みたい事は多々あるが、なぜゴブリン肉を?」
恐る恐る聞くと、逆にベゼスタは少々怪訝な表情を浮かべながら答えた。
「屋外での飯は基本現地調達だろう? いや、冒険者達が普段どうしているかまでは知らないが」
「もしかして、昨日の久しぶりに美味い飯を食ったっていうのは」
「そのままの意味だが?」
その言葉を聞いて思わず力が抜けてしまう。
他の冒険者達ならどうするかを想像しながら食事を態々用意したが、どうやら依頼主の感性そのものが一般常識から外れていた様だ。若しくは味覚が零か一しかないのかもしれない。
「……ウォーカー、どうする?」
戸惑いながら聞いてくるヘルメスに対して、頭を手に抑えながら答えた。
「火を起こしてくれ。スープも無駄にはならんだろうさ。干し肉もそのままで食おうと思えば食える。本人がゴブリン肉を食おうとしてるんだから、そうさせてやろう」
そう言って鍋を火元に持っていった。
尚、粉末コンソメスープとパン、そして干し肉と共にゴブリン肉を昼食とした騎士の感想は「こんなに贅沢な屋外食は久しぶりだ」とのことだった。
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