021
安奈が片づけを終えて次のセッティングを終えた時、サロンのドアがノックされた。
「はい」
安奈の声に従い入ってきたのは水瀬であり、時間よりも少し早く、安奈は外で北条と出会ってしまったのではないかと内心でひやりとした。
「ごきげんよう小南さん。ご招待ありがとう」
「いいえ、水瀬先輩こそわざわざこんな時にご足労頂きありがとうございます」
「いいのよ。貴女の為だもの」
「まずは紅茶でも飲んでゆっくりしてください」
「いただくわ。いい香りね」
「上質なアッサムです。心を落ち着かせてくれると思いませんか?」
「そうね、上質なものに囲まれると心は落ち着くわね」
「そうですね。……門限もありますし、早速なんですけれどもよろしいでしょうか?」
「ええ、よくってよ」
安奈は早速と言わんばかりにラミアのモンタージュを水瀬に見せる。
水瀬はまるで分っていたと言わんばかりにうなずいて、その輪郭をなぞった。
「ラミア、吸血鬼ね」
「ご存じなんですね」
「ええ、私に今の私をくれた恩人だもの」
「先輩には吸血鬼と名乗ったんですね」
「あら、先ほどの子には別の名前を名乗ったのかしら?」
「お会いになったのですか?」
「ええ、サロンの前で」
「そうでしたか……。それで、北条さんにはこのラミアは名無しの魔女だと名乗ったそうなのです」
「名無しの魔女、それもまた不思議ね。吸血鬼とどちらがましなのかしら?」
「先輩はこのラミアから何かを貰いましたか?」
「ええ、美しさを手に入れるための花の蕾を頂いたわ。それをすりつぶして飲み込んだことで、私は今の私になることが出来たのよ」
「それがドラックかもしれないとは思わなかったんですか?」
「考えなかった、とはいえないけれども、それでもかまわなかったのよ。美しくなれるのならば、ドラックに手を出しても構わないと思っていたの。貴女にはわからない感情でしょうね」
「はい、わかりません」
「真っ直ぐな目、羨ましいわ。とにかく私はドラックかもしれないとわかっていて飲んで、人生観が変わったかのように美しさを手に入れたのよ」
「その後ラミアとは出会いましたか?」
「ええ、無粋な警察が来るまでは頻繁に会っていたわよ」
「どうやって連絡を取り合っていたんですか?」
「聖水盆の横に、光る蝶が現れるの。それがラミアがその日の夜に現れる合図なのよ」
「私はほぼ毎日聖堂を清掃していますがそんなものを見た記憶はありません」
「ではそのドラックを使用した人にのみ見える現象なのかもしれないわね」
「先輩はドラックだとわかっていてもまだその蕾というものを、食したいと思いますか?」
「いいえ、もう十分手に入れたもの。それに、ラミアが言っていたの、私は成功体だと」
「成功体……」
北条も言っていたが、成功体とはいったい何を指しているのだろうか。
「成功体とはいったい何のことなのでしょうか?」
「そうね、それは私にもわからないけれども、ドラックの副作用を乗り越えた人のことを指しているのではないかしら?」
「副作用があるんですか?」
「分からないわ、私には起きていないのだもの」
「そうですか」
もしその副作用が、あの枯れ木のようになるものなのだとしたら、これから起きる副作用なのかもしれない。
そう考えて安奈はじぃっと水瀬を見つめる。
水瀬は化粧の効果もあるのだろうが、肌は艶めいており、唇はチェリーのように瑞々しい、瞳はきらきらと輝いており、上気したかのように薄く色づいた頬は、まるで恋に落ちた少女のように美しい。
これらは要注意人物に共通していることなのだが、確かにその中でも北条と水瀬は群を抜いて美しいと言えるのかもしれない。
とはいえ、誰よりも美しいかと言われればそんなことはなく、この間のミスコンのように他にも美しい生徒は沢山いるのだ。
ただ、以前よりは美しくなったというだけだ。それも化粧の力もあるのだろうし、元は大して変わっていないのかもしれない。
しかしそれを言うほど安奈は野暮ではないし、この場の雰囲気を壊したくもない。
「水瀬先輩は、吸血鬼のラミアを信じているんですか?」
「信じているかと言われたら、信じているわ。だってこんな美しさを与えてくれたんだもの」
「そうですか。最初に出会ったときはどんな感じで出会ったんですか?呼び出されたとか」
「いいえ、夜に散歩をしていた時に出会ったのよ」
「夜に散歩ですか?」
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