復讐します

茄子

始まりはそっちが悪いんだからね

 思えば、私は幼いころから何かと姉と比べられ、というか姉と比較されて不当な扱いを受けていたのだと思う。

 姉は生まれつき病弱で、私なら一日で治るような風邪でも姉には命に関わるほど重病になることだってあるほど、姉は病弱だった。

 しかし医学が進歩し、今の姉はもう普通の健康体よりも少し病弱程度の体になっている。

 それだというのに、両親は幼いころと変わらず姉だけを溺愛し、私のことは健康体に産んでやったのだから感謝しろと言わんばかりに育児放棄をされていた。

 家政婦はいなければ食事や衣服や入浴すらままならなかっただろうが、病弱ながらに天使のように愛らしく笑う朗らかな姉と、健康体だがほとんど表情を変えずビスクドールのような私では、家政婦も姉の方に情を向けてしまっていたようだった。

 最初に私の扱いの異常に気が付いたのは父方の祖母だった。病弱な姉に負けず劣らず、むしろそれ以上に痩せて肌の色つやも悪く成長の遅い私に、おかしいと気が付き話を聞き出してくれたのだ。

 両親は問題ないというだけだったので、私と直接話、調査会社を手配し、母方の祖父母も巻き込んで私を引き取る引き取らないの大問題になったのだが、結局のところ、世間体を気にする両親が私を手放さなかった。

 祖父母方はそれ以降、両親と姉に内緒の口座を作ってくれ、そこに毎月多額のお小遣いを両親の祖父母どちらからも振り込まれることになった。

 おかげで貯金額は高校に入学する頃にはちょっとした財産になっていたが、そこから顧問弁護士を雇う費用などを出させてもらっている。

 育児放棄や虐待の証拠を集める費用もそこから捻出させてもらっている。

 私を手放さない代わりに、教育だけはしっかりと受けさせると決められていたため、両親は私を私立の名門校に進学させてくれた。

 家に帰るのが嫌だったので時間ぎりぎりまで図書室にこもり、休日は祖父の家に行くか図書館にこもっていた。おかげで成績だけは学校でも上位に食い込んでいる。

 がり勉という印象が付いてしまっているけれども、私は自分の進学先にまさか姉が来るとは思わなかったのだ。

 全寮制の名門校。病弱と思っている姉が両親の元を離れるとは思わなかったし、両親が姉を手放すとは思えなかったのだ。

 そもそも、病弱を理由に勉強をほとんどしていない姉がよくあの名門校に合格できたものだ。

 後から聞けば制服の可愛さ目当ての推薦入学というのだから、姉の通っていた中学校は随分姉を擁護していたに違いない。もっとも、何かに付けては倒れているという騒ぎを起こしていた姉を、適当にあしらっていただけかもしれないが、違う中学校に通っていた私にはわからない。

 そして、私と姉は日にちをずらして高校の寮に移住する。私は入寮日初日に、姉は両親との別れを惜しんでぎりぎりまで実家にいるだろう。

 それにしても、同じ高校に入るというだけでも嫌なのに、両親の言葉は私をイラつかせるものだった。

 姉の役に立ち常に気を配り何かあれば何をしてでも駆けつけるように、お前は健康体に産んでもらっていて姉とは違うのだからそのぐらいは役に立て、そう言われた。

 もちろんこの言葉は録音させてもらってすでに顧問弁護士に郵送済み。ほかにもぶたれた時の診断書とかいろいろと証拠は集まってきている。

 花の女子校生活を姉のせいで灰色にしてしまうわけにはいかない。私の通っている私立中学からの進学者は私の現状をよく知っているし、私の味方になってくれている。

 だから私は、姉に対してそろそろ復讐をしようと思っている。女王様気取りの姉をその座から引きずりおろして笑ってやろうか。


 さて、復讐するにあたりまずは私の立場を友人以外にも広める必要があるのだが、姉は私の予想ではあっという間にシンパを作ってしまう才能の持ち主だ。

 そのことがよりいっそう、姉を女王様として振舞わせている理由だと私は考えている。

 先手必勝ではないが、私は姉と同じように病弱なふりをすることにした。もちろんこれには中学の同級生も協力してくれている。

 もともと、育児放棄のせいで成長が遅く、顔も蒼白く手足の細さから、むしろ姉よりも不健康に見えるぐらいだから演じることは簡単だ。

 両親が何と言ったとしても、中学校の時からそうだったと友人が証言してくれればそれで済んでしまう。


 ねえお姉ちゃん、病弱な人は大切にされなくちゃいけないんだよね?可哀そうだから同情してもらって当然なんだよね?

 ねえお姉ちゃん、私の病弱の理由が心因性の物だとしたらどうなるのかなあ?

 ねえお姉ちゃん、女王様の座から引きずり降ろされたら、どんな気分でどんな顔を私に見せてくれるのかなあ?

 ああ、楽しみだな。


美零みれいってばわる~い顔しているわよ」

「だって、お姉ちゃんを引きずり下ろすとか思うとさあ、笑えてしょうがない」

「性格悪いなあ。まあ、そんぐらいじゃないと俺らと付き合えないけど」

玲羅れいら秋津あきつも楽しんでるんでしょう?私だけのせい悪者にしないでくれる?」

久艶くえんのやつはどうしたんだよ」

「久艶だったら部屋の片づけに時間がかかっているみたい。本が収まりきらないとか言ってたよ」

「なるほど。まあ、図書室でこんな話をしている俺らもどうかと思うけどな」

「一応個室の談話室だから大丈夫。終わったら来ると思うよ。それよりも玲羅、お茶取って」

「はいはい」


 私達4人は読書好きの成績優秀者という共通点から、良き友人であり親友でありライバルでもある。

 私たちはまだ子供だけど、遊戯盤ゲームボードをひっくり返せるぐらいできるのだ。


「美零、すまないがお前の部屋に僕の本を置かせてもらえないかシェルフが足りないんだ」

「久艶ってば入ってきていきなりそれ?しかもその量をこの私に寮の自室まで運ばせるつもり?寮の前までは自分で運んでよね」

「わかっている」


 談話室に入って来た久艶は段ボールいっぱいのハードカバーの本を抱えていたため、私たちは呆れて肩をすくめる。

 私たちの中でも一番の読書家が久艶とはいえ、この3年間の寮生活でどれだけ本が増えるのか、そして私たちの部屋がその本に侵略されていくのか簡単に想像できてしまうからだ。


「それよりも私の復讐の話しをしましょうよ。私ね、久艶ってお姉ちゃんの好みのタイプだと思うんだよね。真面目そうな文学青年とかドストライクって感じ」

「ワイルド系の俺じゃ無理ってことか」

「自分で言う?それで、美零は久艶にお姉さんを誑かさせる気なんだ?」

「そうそう。それで久艶はお姉ちゃんを誑かしつつ、私との関係をアピールするわけ。そうしたらお姉ちゃんのことだから嫉妬に任せて私に嫌がらせをしてくると思うのよ。そこで証拠を集めて一気に叩こうと思うの。両親の方はもう証拠はだいぶ弁護士に送って置いているから十分だって」

「僕が誑かすのはいいけど、それでそのお姉さんがシンパにしたやつらに何かされたら責任取ってもらうからな」

「安心して、ちゃんと嫁に行ってあげるから」

「ならいい」

「はいはい、相変わらずお熱いことで。でももっと感情込めて言ってくれるといいんだけどねえ」

「無理無理。こいつらって感情表現乏しいカップルじゃん。俺たちぐらいにならないと付き合っているとかわかんないって」

「言えている」


 随分な言われようだが、事実なので仕方がない。

 愛情を向けられなかったせいか感情表現が苦手な私と、元々なのか不愛想というか表情に乏しい久艶が付き合い始めたのは中学2年生の時に、それこそ物語のように図書館で同じ本を取ろうとして出会ったのがきっかけだった。

 お互いに名前と顔は知っていたけど、それをきっかけに話すようになって、いつの間にか付き合い始めていた。というか、指摘されて初めて付き合っていたんだということにお互い気が付いた。

 そのぐらい久艶といることは私にとって自然のことになっていた。

 そこで飲み物がなくなったことに気が付き、ちょうどいいので全員分の飲み物を買いに行くことにした。

 この学園はすべて電子マネーでものを購入することになっている。学生証と一体化している電子マネーカードですべて管理され、後ほど請求が親元もしくは本人にいって指定された口座から自動的に引き落とされる仕組みになっている。

 私立の学園、全寮制というだけあってこの学校には図書室だけではなく、書店に喫茶店、文具店に衣料品店など学生生活に必要と思われる店舗が設置されている。

 もっとも、休日は学外で買い物をしてもいいので、金銭を全く持ち込まないというわけでもない。ただ、学園内で金銭を使用しないというだけだ。

 これはいじめの対策でもあるらしいのだが、奢らせるということは可能なので、まあ、多少の抑止力程度にしかなっていないと思う。


「キャラメルマキーアト、ホイップ多めハニー追加」

「エスプレッソダブル」

「ティーラテホイップ多めチョコかけ」

「はいはい」


 遅れてきたということで、今回は久艶が4人分の飲み物を購入する。特に誰が奢るというのは決まっていないが、なんとなく順番や遅れてきたものが奢るというのが私たちの中の暗黙の了解のようになっている。

 しばらくして4人分の飲み物を持って久艶が戻ってきたところで、私たちは復讐の方法の話し合いを始めた。


「クラス分けは見たでしょ?久艶と玲羅がいい感じに同じクラスじゃない。ちょっかいかけるのにいいでしょ?」

「ちょっかいをかけるって、誑かす久艶はともかく私はなにをするの?親友のふりでもしろっていうの?」

「程よく嫌がらせしてくれればいいの」

「はぁ?」

「病弱で可哀そうなお姉ちゃんに、お気の毒よねえ場違いなのよ。みたいな感じに嫌味を言ったりぶつかったり」

「悪役令嬢物系ね、OKOK」

「俺は?」

「秋津は……噂を広めてくれる?私お姉ちゃんと正面から対面したら倒れるから」

「保健室に運んで噂を広めるんだな」

「保健室に運ぶのは久艶でもいいよ」

「わかった」


 それぞれ飲み物を飲みながら作戦会議をしていき、ちょっとずつお姉ちゃんへの包囲網を作り上げていく。

 もうちょっとだから待っててねお姉ちゃん。しっかりざまぁしてあげる。

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