オルピアと始まりの黒魔術

小本 由卯

第1話 魔女と人間

 魔女と人間が存在する世界。


 しかしその関係は穏やかなものではなく、人間にとって魔女は恐怖や

憎悪の対象となっていた。

 対する魔女もそれに反発するように、人間にその敵意を示していた。


 一方でそんな関係など望まず、互いの平穏を願う魔女も僅かに存在しているのも

事実であった。


 ……。

 町外れにある森の中で荒々しく駆け回る人間たち。


 手には得物を握りしめ、険しい表情を浮かべて何かを探すその人々は、自身の立つ周囲を見回すと、また別の場所へと駆け出していった。


「…………」


 先ほどまで人間たちがいた付近の木陰に、溶け込むように立っている者がいた。

 本を片手に持ちながら曇った表情を浮かべるその女性は、この世界で静かに

暮らす穏健な魔女、オルピアであった。


 しばらくして森の中に再び静寂が訪れると、オルピアの隣から声が聞こえてきた。


「もう遠くへ行ったよ」


 その聞き慣れた声にオルピアがその方向へと視線を向けると、自身の魔術に

よって姿を消していた魔女、スヘーネがその姿を現した。


「あの人たち、凄い形相であんたのことを探していたけれど、何かやったの?」

「……町の広場で読書をしていただけだよ」


 曇った表情を浮かべたまま呟くオルピアに対し、スヘーネはため息交じりに

言葉を返す。


「本を読んでいただけで命を狙われるなんて嫌な世の中だねぇ……」

「私は何も危害を加えるつもりはないのだけれど」


「そうは言っても、あっちにはそういうつもりだって認識されちゃってるからね」


「もう関係がこうなってしまっている以上、アンタやあたしが何かしたところで

解決できることじゃないんだよ」

「………」


 スヘーネの返事にオルピアが言葉を詰まらせていると、そんな2人に

問い掛ける声が聞こえてきた。


「口論ですか?」

 

 その声に2人が視線を向けると、そこには彼女たちと同じ魔女である

アパティーテが立っていた。


「これは会議よ、会議」


 そう言い返すスヘーネであったが、その時視線に入ったアパティーテの

身なりを見て、再び口を開く。


「随分と洒落た服を着ているじゃないの」

「町の方からいただいたものですが、似合ってます?」


 両手を動かし、着ている衣服を見せつけるような仕草を取るアパティーテに

スヘーネは疑問の表情で問い掛ける。


「最近、町の人たちと仲良くしているみたいだけど、大丈夫なの?」

「初めこそ勇気が要りましたが、合わせた服を着て人間として振る舞えば、案外と

見破られないものですね」


「しかし、私の正体が魔女だと分かれば、あの人たちも手のひらを返す

でしょうが……」


 そうアパティーテが言いかけたところで、何かを思い出したように

再び彼女が声を上げる。


「そういえば、広場に魔女が出たと町の人たちが騒いでいたのですが」

「ええ、お察しの通り」


「その魔女というのはこの子」

「…………」


 スヘーネに頬をつつかれ、膨れた表情を浮かべるオルピアを見て、アパティーテ

はなだめるように口を開く。


「……まぁ、お二人が無事でよかったです」

「そう簡単にあたしたちは捕まらないよ」


「最近は魔女も人間もやることが過激になってきているから、いま捕まったら

何をされるか分からないもの」


 力強い声で答えるスヘーネに、アパティーテは穏やかな表情を浮かべる。


「貴女たちの無事が確認できたところで、私はそろそろ町に戻ります、私たちが

呑気に話している姿を町の方に見られでもしたら大変ですから」


 2人に頭を下げ、町の方向へと歩いていくアパティーテを見て、スヘーネは

鋭い声で呼び掛ける。


「人間の真似事なんかして、アンタは一体何を企んでいるの?」


 スヘーネの問いに、アパティーテは変わらずの穏やかな笑みを浮かべながら

落ち着いた声で言葉を返す。


「人間になりたいとかそんなふざけた事は考えていませんよ、私は自分が魔女

として生まれたことを誇りに思っていますから」

「そう……それを聞いて安心したわ」


 スヘーネの冷静な返事を聞いて、再び町の方へと歩みを進めるアパティーテ。

 そんな彼女の背中からオルピアへと視線を移したスヘーネは、オルピアに声を

掛ける。


「さっきの連中がまた探しに来る前に、私たちも早く帰ろう」

「……うん」


 オルピアたちがそう言葉を交わすと、2人は自身の住処の方角へと歩き出した。

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