デコレイト☆ラブ

芦田朴

第1話

 柳田流星、それが僕の名前だ。背が低く小太りな僕は流星というより隕石だ。名前に完敗しているせいで、名前をいうだけでツカミの笑いが取れてしまう。ルックス中の下。彼女いない歴は年齢に比例し、女性には縁がない青春をやむなく受け入れていた。そんな大学2年の秋だった。 


 4コマめの授業が終わり、キャンパスの並木道をぼんやり一人歩いている時だった。十字路に差し掛かった時、右から自転車が飛び出してきた。自転車は僕に気づき、ブレーキをかけたが間に合わなかった。僕を避けようとしてその自転車は甲高いブレーキ音を立てながら、横にスライディングするように倒れ込んだ。一瞬の出来事だった。


 気がつくと、花柄のスカートを履いた女の子が自転車と一緒に倒れていた。

「大丈夫ですか?」

僕は慌てて駆け寄った。女の子は擦りむいた足を抑えながら、僕を見上げた。


 天使?


 彼女は目が大きくてストレートの黒髪の、世界基準の美人だ。芸能人で言うなら贔屓目なしで広瀬すずに似ている。華奢な指先は透き通るほど白い。彼女を見て恋に落ちない男がいるだろうか。人は見た目じゃないという正論を、一瞬で無力にさせるほどの美しさに、僕は息を飲んだ。


 彼女は照れ臭そうに笑って言った。

「私ってドンくさいんですよね」

「そ、そんなこと……」

僕はそんなことないですよ、と言いたかったが初対面だった。たとえかなりドンくさくったって、あまりある美しさがありますよ、と言えるイケメンキャラでもなかった。

「びょ、病院に行きますか?」

「大丈夫そうです。あなたこそ大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

僕の心配をしてくれる優しい目に、吸い込まれそうになる。

「ぼ、僕は大丈夫です」

そう言って倒れている彼女に手を差し出した。僕の手をつかむその細い指先は、折れてしまいそうなほど華奢だ。女性と手が触れ合ったのは、小学校低学年の組体操以来だ。胸がドキドキした。


彼女は立ち上がると、深くお辞儀をして自転車を押して立ち去ろうとした。自転車から変な金属オンがした。チェーンが外れているようだ。

「あ、あの、この辺に自転車屋さんありませんか?」

「えっと……校門出て、最初の交差点を左に曲がって……、いや、あの、ぼ、僕が押していきます」

彼女は「すみません」と言って、頭を下げた。


僕は彼女の自転車を押し、かわいい彼女が僕の隣を歩いている。夕陽がレッドカーペットみたいに並木道を照らしている。

まさか、僕にこんなありふれた青春の1ページが訪れるなんて、夢みたいだった。僕は一歩一歩遠噛みしめるように歩いた。

「あの、お名前は?」

聞かれたくない質問だけど、仕方ない。また笑われるんだろうけど。

「や、柳田流星、です」

彼女は「素敵なお名前ですね」と言って、微笑んだ。初めてだった。自分の名前を言って笑わなかった女の子は。僕は感動していた。かわいいだけじゃなくて、心もなんて美しいんだ。

感動して呆然としている僕に彼女は言った。

「私は岸本彩花です」

「岸本さん、良い苗字ですね」

「苗字?」

そう言って彼女はケラケラ笑って言った。

「普通、褒めるなら下の名前ですよね?苗字褒められたの、初めて」

「そっか」

僕は女の子と話すのが、久しぶりだった事から変なことを言ってしまった。僕は気まずい思いを一緒に笑って誤魔化した。でも今ので彼女の雰囲気が和らぐのを感じた。結果オーライだ。彼女は僕に訊いた。

「学部はどこですか?」

「文学部2年です」

「えっ?私も2年ですよ、教育学部ですけど。」

「そうなんですね」

「敬語?同い年ですよ」

彼女はそう言ってケラケラ笑った。僕もつられて笑った。こんな美人で優しい子と楽しく会話できるなんて、幸せすぎる。おそらくこの瞬間を超えるような甘い時間は、人生に二度と訪れることはないだろう。きっと人生最期の日に、この瞬間を思い出すことだろう。


 自転車屋に着くと、彼女は「ありがとうございました。助かりました」と言って、再び頭を深々と下げた。僕は離れたくなかったけど「じゃあ」と言って、手を挙げた。僕の冴えない青春の1ページに、最高の瞬間をありがとう、心の中でそう言って、僕は背を向けて去っていこうとしたその瞬間。

「あの、流星さん」

「えっ」

僕は驚いて振り向いた。

「ラインお聞きしても、いいですか?」


世界から音が消えた。


「ぼ、ぼ、ぼくの、ですか?」

彼女は再び笑って僕に言った。

「ほかに、だれがいるんですか?」

「そ、そうですよね」

僕の体中の血液が脳内に一気に流れ込むようだった。

頭がクラクラする。世界がグルグル揺れる。

こ、こんなこと、あるのか?いや、あっていいのか?

僕の人生でのラッキーコインを、ここでフルベッドしてしまっていいのか?

いや、いいだろう。ここでいかなきゃ、どこでいく。

僕はスマホをジーパンのポケットから取り出した。

母親しか登録していないラインを見せた。

お互いのスマホを取り出し、QRコードで読み込みをしている時だった。

まだ頭がクラクラする。世界が回る。

その時、僕は頭が呆然として、どうかしていたんだろう。

口からこんな言葉が出てしまった。


「つ、付き合ってください」


彼女は「えっ」っと言って、驚いた顔で僕をみつめて自分の口を塞いだ。

「あ?え?いや……」

ぼ、僕は何を言ってんだ……。

正気をカツガツ取り戻した僕は自分で驚いて自分の口を塞いだ。

僕の頭に上っていた血が今度は一気に逆噴射して、僕は青ざめた。

「あの、いや、今のは間違い。違うんです、あの……」

僕は慌てて、しどろもどろになって取り消そうとした。彼女はうつむいてこう言った。


「いいですよ」


再び世界から音が消えた。

彼女の目は恥じらいながら、まっすぐ僕を見ていた。彼女は僕をからかっているんじゃない、マジだ。


僕のデコレイトな青春が、音を立てて始まった。






 

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