第160話【アサノマーデの宿】
「――商人ギルドでカード収納スキル持ちの人を紹介してもらおうと思ってるんです」
「ほう、それだけの能力をお持ちですから他のスキル持ちは必要ない気もしますが何故か聞いても良いですかな?」
「いや、ちょっとした僕のエゴですよ。
せっかく女神様から授かったスキルを使えないとして眠らせておくのはもったいないと思いましてね、せっかくなので話を聞いてもらって良ければノエルが立ち上げる予定の商会で働いてもらえないかと思いましてね」
「ほう。ノエルさんが立ち上げる商会ですか。
それは私どもの商会と競争相手になるという事ですかな?」
「まあ、広域で考えればそうなるかもしれませんが基本的には僕たちは彼女の出身国に戻って新たに商会を立ち上げるつもりですからダルべシアの通商に参戦するつもりはありませんよ」
僕の言葉に一瞬鋭い視線をなげかけてきたが商売の基盤国が他国とのことでそれほどの脅威とは認定されなかったようだ。
「そうですか。
ミナト殿がつくる新しい商会は今までにない流通の要になるやもしれませんな。
出来ることならば協力関係となれれば良いのですが私どもは雇われの身ですので旦那様の指示に従うのみです」
「僕が立ち上げる商会ではなくて彼女が立ち上げる商会なんですけどね。
あくまで僕は彼女を支える役割を果たすだけです」
「なるほど、羨ましいことですね」
何がとは言わずにトトルは目の前に迫った門の前で馬車を止めて受付の者に商会の証を渡した。
「問題ありませんので通って良いですよ」
門兵とも顔見知りのようでトトルに対して手を上げて挨拶を交わしながら馬車を王都の中へと進めていった。
「ふう、ようやく一安心といったところですね。
わたくしはこれから商会へ向って手続きと報告がありますのでこれで失礼しようと思っています。
ただ、荷物の件のほかにもおそらく旦那様はミナト殿に会いたいと言われる可能性が高いですので商会へ同行して頂くか宿を紹介しますのでそこに泊まって頂くかをして欲しいのです」
「カード化した荷物に関してはトトルさんの方で開放出来るので問題はないと思うのですが、この国のやり手商会の主人にもお会いしてみたいのも本音ですのでそちらのご主人が会いたいと言われるのであればご挨拶に伺わせてもらいますよ」
「ありがとうございます。
でしたらロロシエル商会の息がかかった宿がありますので先にそちらにお送りしますのでそちらで一休みをしていてください。
後ほど使いのものに呼びに行かせますので」
トトルはそう言って馬車を走らせある一軒の大きな宿屋の前で僕たちをおろしてくれた。
「宿の受付でこのメモを渡してロロシエル商会のトトルからと言って頂ければ対応してくれると思います。
では、わたくしは商会にて報告をしてまいりますので後ほど……」
トトルはそう言って皆を引き連れて馬車を進めて行った。
――ちりん。
ドアを開けるとかわいいドア鐘の音が響く。
「いらっしゃいませ。
お食事ですか? お泊りですか?」
受付のホールに居た女性が音に反応してすぐに対応するために側に歩み寄ってきた。
「一応、泊まりの予定だけどこれを受付に渡して欲しいとロロシエル商会のトトルさんから言われて来たんですが」
僕はそう伝えるとトトルから渡されたメモを女性に手渡す。
彼女はそれを受け取ると内容を確認してから僕に微笑みを浮かべてお辞儀をした。
「ミナト様、ようこそいらっしゃいました。
この宿はアサノマーデといってダルべシアでも有数の宿屋になります。
ロロシエル商会のトトル様にはいつも大変お世話になっておりますのでその恩人であるミナト様をお迎え出来ることを嬉しく思います」
(恩人? トトルさんはいったいメモになんて書いたのだろうか?)
僕が対応に困っていると女性はさっさと受付のカウンターに入って書類をスラスラと書いてから僕の前に置いた。
「ここにサインだけしてくれたらいいわ。
そうすれば宿泊と食事が無料になるから。
あ、代金はロロシエル商会が払ってくれるからという意味だからサービスってわけではないので心配しなくて良いですよ」
どうやらトトルは今回の礼と共に商会の主人に会わせるために宿代を肩代わりしてくれるようだった。
「気を使わせてしまったかな?」
「そんなことはないと思いますよ。
トトルさんだって私たちの所在をはっきりさせるには知り合いの宿に居てもらった方が良いではないですか。
だから今回はお言葉に甘えておきましょう。
商売人はそのあたりはきちんとしてますから一方的にこちらが得することはないと思いますよ」
僕の呟きにノエルがすぐさまそうツッコミをいれてくれた。
「わかりました。
では宜しくお願いします」
僕はそう言って書類にサインをした。
「――では、こちらがお部屋の鍵になります。
一応、二人部屋をご準備致しましたが部屋を分ける事も出来ますしベッドをダブルの部屋に変更することも出来ますがどう致しましょうか?」
「ダ、ダブルベッド……」
受付の女性がそう言うとダブルベッドにノエルが反応した。
「いえ、普通の二人部屋で大丈夫ですよ」
僕がそう女性に告げるとノエルが少し残念そうな表情をしたが僕の後ろになってその顔は僕には見えなかった。
「お部屋は2階になります。
食事は決まった時間に1階の食堂でお願いしますね」
「わかりました。
もし、トトルさんから連絡があれば教えてください」
僕は女性から鍵を受け取るとノエルと一緒に部屋へと向かった。
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