第50話【テンマ運送の長男ザガン】
ノエルの選んでくれたお店はとても品が良い現代日本で言えばオシャレなカフェ風の若い女性の好みに合いそうな外観だった。
そこの個室をとってゆっくりとふたりでこれからの事を話し合った。
「とりあえず僕はランスロットギルドマスターとの約束を果たすためにも早急に仲間を増やさないといけないと思う。
たしかロギナスのギルドにカード収納持ちの職員がいたはずだからまずはその人に参加してもらいたいと思ってるんだ」
「ああ、ナムルさんですね。
あの人凄く頭はいいと思うんですけどちょっとおどおどしたところがありますよね。
荷物の受け取りとかで何度か話したことがあるんですけどこっちの目を見て話してくれないのがギルドの職員としてはマイナスですよね」
「そういえば僕にカード収納の事を説明してくれた時もそんな感じでしたね。
っていうか名前は聞いてなかったと思うけどそうかナムルさんと言うのか。
覚えておこう」
「私のほうは特に変わりなくお店の経営をするだけになりそうです。
なにか私にも手伝えることがあったらなんでも言ってくださいね」
ノエルは紅茶を飲みながらそう言って微笑んだ。
「そういえばノエルさんは夕食までには帰ってくるように言われたんですよね?
なにか用事があるんですか?」
僕がそう聞くとノエルは表情を曇らせながら話してくれた。
「久しぶりに王都に戻って来たのを聞きつけた彼が夕食の招待をしてきたの。
私と父のふたりをね」
「彼とはノエルさんの婚約者候補のザガンさんですか?」
「ええ、正直言って私は彼のことはあまり好きではないのです。
なんというか外見はイケメンで女性からの人気も高いのですけど親のひいたレールをさも自分がやったと言わんばかりの自慢気に仕事をされるので周りの方々がフォローするのに四苦八苦しているといった噂をよく聞くのです。
まあ、そういう私もお父様から送られてくる品物を店舗に並べているだけの店番と変わらないのかもしれないですけど……」
ノエルはそう言うと自重気味に微笑む。
「あまり気乗りはしませんが、お父様の顔を潰す訳にはいきませんのでほどぼどに愛想を振りまいて対応しておくつもりです。
大丈夫、明日にはロギナスに一緒に帰ることができるはずですので今日はゆっくりと休まれてくださいね」
ノエルはそう伝えると「大丈夫」と自分に言い聞かせるようにつぶやくと席を立った。
* * *
「――ようこそおいでくださいましたノエル嬢。
あなたが前回ロギナスから戻られてからになるので約半年ぶりになるのですね。
以前にも増して美しさに磨きがかかっており、まるで何処かの国の王女様と言われても遜色ありません」
ノエルの手をとりながらキザなセリフをたれ流すザガンに内心引きながらもノエルは無難に愛想笑いをしながらお礼言う。
「本日はこのような席をもうけてくださりありがとうございます。
テンマ運送商会にはいつもお世話になっており……」
事前に決めておいた内容を淡々と話すノエルに笑顔で聞いていたザガンが挨拶の途中で「そんな堅苦しい挨拶はいいから楽しく食事でもしよう。おい!準備はいいか?」と勝手に打ち切ってメイドに指示を出した。
「おいザガン、失礼じゃないか。
まだノエル嬢が話をされていた途中に中断させるなんて」
側にいたテンマ運送商会の会長テンマートが息子の勝手を諌めるも当の本人は「今日の晩餐は僕とノエルさんのために開催されたものですよね?
ならば堅苦しい話など必要ないでしょう。
婚約者同士が将来の話を語り合える場になればそれで良いはずではないですか?」と聞く耳をもたない。
「商談の場でもあるまいし、あなたもそんな形式的な挨拶をする必要はないと思いませんか?」
ザガンがノエルに対してそう問いかける。
「ザガンさま。
今日の私はテンマ運送商会の晩餐に呼ばれた立場ですので
たとえ堅苦しいと思われてもきちんとするのがお互いの立場かと存じ上げます」
堅苦しい口上を言いながらも表情だけは微笑むことを忘れないノエルに「そうですか、あなたがそう言うならば引き下がりましょう」とザガンはそれ以上食い下がることはしなかった。
「ありがとうございます」
ノエルはザガンにお礼を言って頭を下げると挨拶の続きを話した。
「――それで、正式な婚姻はいつにしましょうか?」
お互いの挨拶が済み晩餐が始まり食事がある程度進むとザガンが話を切り出した。
皆にお酒がまわる前に話しておきたかったのだろう。
「ザガン殿、言葉を返すようで悪いが君と
ノエルの父、マグラーレは鋭い眼光を放ちながらザガンを見る。
「君はあくまで婚約者候補であり、私の許可なく勝手に話を進めてくれては困るな」
「ほう、それはうちの息子では力不足ということですかな?」
息子がノエルを気に入っていることを知っているテンマートはマグラーレの言い口に敏感に反応して牽制をかけてくる。
「いえ、そうとは言っていませんよ。
ただ事実を申し上げただけですのでお気に触ったならご容赦ください」
言葉遣いは丁寧だがあからさまに引く気のないマグラーレに不満を持ちながらもお互い大手の商会を束ねる身とあって愛想笑いをしながらの攻防を続ける。
「ちょっとテラスに出て風にあたりませんか?」
親同士の攻防に自分の存在感が薄いことに気がついたザガンがノエルをテラス誘う。
気乗りのしないノエルだったが無下に断ることも出来ず渋々ながら誘いにのった。
「気持ちの良い風ですね」
いかにも女性をくどくシチュエーションと言える場所でザガンはノエルに語りかける。
「あなたのお父様はああ言っておられますが、僕は既にあなたと婚約をしていると考えています。
そう遅くないうち……あと2年もすれば今の商会の荷物運送部門は僕が仕切る事になるでしょう。
その時には正式にあなたと婚姻を結びたいと思っています。
それまで待って頂けますか?」
ザガンの言葉にノエルは真面目な表情をして答える。
「お言葉は嬉しく思いますが、私はマグラーレ商会の娘ですので父の許可なくして婚姻は結ぶことは出来ません。
ザガンさまが2年後にそのような立場になられて父の許可が得られるならば喜んであなたのもとに嫁ぐこととなるでしょう。
いま私に言えることはそれだけです」
ノエルはそうザガンに伝えるとニコリと彼に微笑んだ。
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