第13話【サーシャの行きつけ店にて】

「――待たせちゃったかな?」


 下を向いてメモを書いていた僕が声につられて顔をあげるとそこにはいつも見慣れた受付嬢の制服ではない可愛いワンピース姿のサーシャが立っていた。


「いえ、そんなに待ってはいないですよ。

 ちょうどこれからの事をまとめていたところですから」


「なら良かったわ。

 あ、さっきの依頼の事とかあるけど歩きながらでもいいかな?」


「構いませんよ。

 ところで今日はどこに行くのですか?」


 僕が立ち上がるとサーシャは町の中心地に向って歩きだす。


「それは着いてのお楽しみ……と言いたいけど私が普段から使っているお店よ。

 それで、依頼の件だけど……」


 サーシャは僕と並んで歩きながら依頼をしていたダランへの護衛は手配をしておいたと言われ明日にでもギルドで日取りの調整をしたいとの事だった。


「素早い対応ありがとうございます。

 サーシャさんにはいつも良くして貰ってばかりで……ですので僕に出来る依頼があればどんどん言ってくださいね」


 僕の言葉に目を丸くしてなにか言いたげな表情をするサーシャだったが「ふふふっ、そういうところがお姉さんは弱いんですよ」と照れながら笑った。


「このお店よ。

 料理が凄く美味しいからよく利用をするの」


 そこは町の食事処が集まる場所にあるお店でお洒落な外観とこちらの世界では珍しい大きなガラス窓を採用している若い人に人気の居酒屋らしかった。


 ――リンリン。


 ドア鐘の音が店内に響くと店員がすぐにご用聞きに寄ってきた。


「くつろぎ空間『酔いだくれ』にようこそ。

 おふたりさまでしょうか?」


 お洒落でモダンな店内に似合わない店名に違和感を覚えながらもサーシャが店員にあれこれと注文をしていく。


「――ご注文賜りました。

 では、奥の突き当たりにある個室へお進みください。

 ご注文の品は用意ができ次第お持ち致します」


「よろしくね」


 初めてきたお店のことはさっぱり分からなかった僕はおとなしくサーシャについて個室へと入る。


「へー、個室があるお店なんですね。

 内装も綺麗ですし、女性に人気がありそうですね」


 個室の席についた僕はサーシャにお店の感想を話す。


「そうね。お店も綺麗にしてて料理も美味しいとなると後は……」


「安い……ですか?」


 僕が意見の先取りをしてサーシャに聞くと彼女は左右に首を振って「残念でした」と笑った。


「正確は『お酒が美味しい』よ。

 ここはエールをはじめとする発泡系のお酒が揃っているのとアルコール度数の高い特別なお酒も取り扱っているお店なの」


 サーシャがそう僕に説明をしていると個室のドアがノックをされて女性店員が飲み物を運んできた。


「お待たせしました。エールを2つお持ちしました」


 店員はそう言って見た目地ビールのような色の濃いビールのようなものをテーブルに2つ置いた。


「とりあえず初めの飲み物は私が勝手に頼んだから次からは好きなものを頼んでね」


 サーシャはそう言ってそのひとつを僕に渡す。


「これお酒ですか?」


「エールよ。一応アルコールも入ってはいるけど凄く少ないからほとんど果実水みたいなものね。

 ってミナトさんエールを飲んだことないの?」


「あははは。まあ、今まで生活にそれほど余裕のある暮らしをしてませんでしたから」


「あっ、ご、ごめんなさい。

 わたしったら余計な事を聞いちゃったみたいね」


「いえいえ、気にしないでください。

 サーシャさんがギルドの仕事を斡旋してくれたおかげで、こうして普通の生活がおくれるくらいには稼げるようになりましたから」


 サーシャは少しだけ気まずい表情をみせたがすぐに気を取り直して笑顔になってくれた。


 ちなみにこの世界では飲酒の年齢制限は無いらしいがこちらの成人年齢である15歳を過ぎると人からすすめられる事があるそうだった。


(前世でも生活に余裕が無かったからお酒はほとんど飲まなかったからな)


 僕はそんな事を考えながら渡されたエールに口をつける。


「えっ!? 甘い?」


「どう? 初エールの味は?

 甘いフルーツをベースに炭酸とアルコールを加えた口当たりのいいお酒よね。

 ちなみに似た名前に『ニール』と言うお酒もあるけどこっちは苦味が強くてアルコールも強めに入ってるから間違えて頼まないようにね」


(ああ、なるほど。ニールが前世のビールのようなものでエールは炭酸カクテルのようなものなのか……。

 確かにこの口当たりならば女性に人気がありそうだし、お酒初心者でも大丈夫そうだ)


「飲みやすくてとても美味しいですよ」


 僕が笑顔で答えるとサーシャはホッとした表情で新たな話題にうつしていった。


「料理が来るまで少し時間がかかると思うからちょっとだけお仕事の話をするわね。

 今回のギルドからの採取依頼はミナモソウを100個。

 ギルドから劣化軽減のスキルが付いた専用の保存箱を貸し出しますのでそれに入れて持ち帰ってください。

 まあ、ミナトさんにはあまり関係ないかもしれないですけど……」


 そこまで話をした時に店員が料理を運んできた。


「お待たせしました。

 香草サラダと走り鳥の串焼きになります」


「せっかくだから温かいうちに食べましょう」


 サーシャはそう言ってサラダを取り分けて僕の前に置く。


「まさか野菜は食べれないなんて言わないわよね?」


「あ、それは大丈夫です。

 お金が無い時は鑑定スキルで食べられる草花を見つけてはそれでしのいでましたから。

 でも、初めの頃は鑑定スキルのレベルも低かったから詳しく情報が出ないじゃないですか。

 だから、時々ですけど間違って食べて酷い目にもあった事もありましたね。

 今となっては笑い話になりますけどね」


 僕が笑いながら話すとサーシャさんは「あはははは」と乾いた笑いをした。


 きっとまた(余計な事を聞いてしまった)と思っているのだろう。


「あ、そうだ。

 サーシャさんとゆっくり話す機会があった是非聞いてみたい事があったのですが、鑑定スキルについて質問しても良いですか?」


 僕はなんとなく暗い雰囲気になった気がして話題を替えようと前から考えていた事をサーシャに質問することにした。


「鑑定スキルについて?

 私に分かる範囲で一般的に出回っている情報ならば答えてあげられると思うけど……そういえばミナトさんの鑑定スキルレベルはいくつでしたか?」


 固有のスキルレベルは上がったからと言ってギルドに報告する義務はないが仕事を斡旋してもらう上で必要な時は自己申告をしていたのだが最新のレベルは言ってなかったようだった。

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