こっそり動く悪魔
悪魔が復活したと知れ渡り、わたくしの仕事は以前にもまして忙しくなった。
悪魔にも対抗できる武器の開発に協力して欲しいと言われてはいるが、今ある兵器ではどんなに魔法陣を刻んでも悪魔に有効だとは思えないと言うと、更なる攻撃力を持った武器を開発すると言い始めた。
銀の弾丸や聖水、悪魔に有効だと言われている武器の開発も進められていき、わたくしはそれらに魔法陣を刻み込む作業が増えていく。
意味のない事だとわかりつつも、これらを使用した人間の魂が、モンスターや悪魔を倒せるのだと信じて使用する人間の魂が流れ込んでくるたびにわたくしの体は滾るように熱くなる。
わたくしはその喜びを悪魔の七義兄弟にも分け与えてはいるが、悪魔の七義兄弟は、悪魔の存在が知れ渡るようになってからは好きなように動くこともある。
その事は別に構わないし、彼らは元々人間の前に姿を『天使』としてみせることなど一度しかなかったため、特に人間に疑われることもない。
ただ一つ、学園の方で面白い噂が広まり始めているという。
聖女であるわたくしが目覚めたことによってモンスターや悪魔が復活したのであれば、わたくしは聖女などではないのではないかという噂が一部であるようなのだ。
出所はミストレイ。
ヴィンセントと仲良くしているこのわたくしの事が気に入らず、ここぞとばかりに責め立てているらしい。
実に可愛らしい真似をしてくれるものだが、その程度の噂、わたくしが少ししおらしく「わたくしの力不足ですもの、そう言われても仕方がありませんわ」と言ってしまえば、ミストレイの味方をする者はすぐにいなくなってしまう。
なんといっても、現時点でモンスターに対抗する武器を作ることが出来るのがわたくしだけなのだから、本当に聖女でないのなら、人間に協力するのはおかしいと論破されるのだ。
それでも、ミストレイはわたくしが聖女ではないという発言をやめることはない。
あまり続くようであると、教皇の耳に入り身が危うくなるのではないかと友人が声をかけるが、ミストレイは発言を止めない。
何が彼女をそこまで駆り立てるのか。
嫉妬という感情は人間にはコントロールすることが難しいと言うが、それなのだろうか。
嫉妬と言えばレヴィアタンの管轄なのだけれど、あの子の事だ、実際にミストレイが嫉妬の感情で動いているとわかれば、ニヤニヤとした顔でより煽り立てるような行動をするに違いない。
もっとも、もしかすると今の行動そのものがレヴィアタンが仕組んだものなのかもしれない。
わたくし達にとって、時間が経って美味しく熟したところで絶望の感情を浮かべた魂を頂くのもいいのだが、熟れ切っていない瑞々しい魂を食べるのもまた趣深いものがあるのだ。
どちらにせよ、わたくし達にとっては人間が絶望さえしてくれればそれでいい。
聖女としての仕事が忙しく、久しぶりに訪れた学園では、噂の事もあってなのか幾分遠巻きに生徒達がわたくしの事を見てくるが、それも一瞬の事で、わたくしが少し笑みを向ければ以前のように周囲に侍るようになる。
この者達の魂を少しつまみ食いするのもいいかもしれない。
わたくしが学園に居ない間に起きたことを報告してくれる召使いは多いに越したことはないのだから。
「あーら、聖女様。久しぶりに登校してきたと思ったら、早速生徒を侍らせて、随分悠長なことですね」
「ごきげんよう、ミストレイ様。侍らすなんて、皆様がご気分を害されるような言い方をなさらないでください」
「本当に聖女なら、今すぐモンスターだの悪魔だのを倒してきたらどうなんですか」
「わたくしもそうしたいのですが、先の戦いでもわたくし一人ではなく、多くの仲間と共に戦いやっと勝利したような状態なのです。わたくしは自分の力を過信することは出来ませんので、わたくし一人でどうにか出来るなどとは思えません」
「私達から軍事開発費という名の税金を巻き上げておきながらそんな言い訳しか出来ないんですか?」
「まあ! そのようなものが!?」
「まさか知らなかったんですか? そんなわけありませんよね。何と言っても、聖女様なんですもの」
「申し訳ありません、存じ上げませんでしたわ」
わたくしがしおらしくそう言うと、ミストレイは鼻で笑うと、わたくしの事を指さして「本当は聖女なんかじゃないのでしょう」と言ってくる。
途端に周囲からミストレイに対して避難の言葉が浴びせられるが、ミストレイはそんな事を気にする様子もなく、わたくしが本物の聖女ではないと主張する。
事実なのだが、この状況ではどう考えてもミストレイが不利だ。
「その辺にしないか」
聞こえてきた声に、一斉に視線が声の方を向いたが、わたくしはその声の発生源を幾分冷めた目で見つめた。
「ヴィンセント様、だって本当に聖女だったら命を懸けて悪魔と戦うのが普通でしょう!?」
「そうだけど、サタナティアさんは出来る限りの事をしているよ、あまり悪くいうものではない。ごめんね、サタナティアさん」
「構いませんわよ。わたくしの力不足なのは確かなのですもの」
そう言ってわたくしの隣に立つヴィンセントに、わたくしは思わずため息を吐きだしたくなってしまいながらも、表面上はいつも通りのわたくしを装う。
まったく、この悪魔は何をしているのだろう。
そもそも本物のヴィンセントはどうしたのだろうか。
「ヴィンセント様、わたくしの事よりもミストレイ様のフォローをして差し上げてくださいませ」
「それも考えたのだけれど、今はサタナティアさんの事を気にかけるべき時期だと思ってね」
「まあ、そうですの」
その言葉にミストレイがわたくしの事を睨みつけてくるが、その様子を見てヴィンセントの目がニヤリとわたくしにしかわからないように笑う。
そうしてあまりにも自然な動作でわたくしの腰に手を回して移動をすると、一瞬人気のなくなったところで姿を消した。
今のように、わたくしが学園に来ていない間にもミストレイの嫉妬を煽るような真似をしていたのだろう。
レヴィアタンとはそういう悪魔だ。
しばらくしてひょっこりと本物のヴィンセントが姿を現した。
「やあ、今日は学園に登校出来たんだね」
「そうですわね。久しぶりに皆様にお会いいたしましたわ」
「そっか、……その、言いにくいんだけどミストレイの事なんだ」
「わたくしの事を聖女ではないといっていらっしゃることでしょうか?」
「うん」
「わたくしは気にしておりませんし、教皇猊下にも少女の軽い嫉妬からくる軽口だと言っておきますわ」
「そうかい、ありがとう」
「構いませんのよ。それで、わたくしが居なかった間になにか学園ではございましたか?」
「何もなかったと言いたいところだけど、兵士に志願する生徒が居て、生徒数が減ってしまったね」
「まあ、そうなのですか」
「家を継ぐ責任がない自分達なら、命を懸けてモンスターを倒す方が国にとって有益だからと言ってね」
「そうでしたか、わたくしってば何も知らずに。知っていればお見送りをいたしましたのに」
「しかたがないさ、サタナティアさんは仕事で忙しかったんだ。悪魔まで出てきてしまって、世界は大混乱だね」
「そうですわね。人間を守護してくださる天使様のお力が宿ったランタンはわたくしの手元にございますけれども、悪魔を滅するまでの力があるかと聞かれると難しいとしかお答え出来ませんもの」
「サタナティアさんが気に病むことじゃないさ」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「さあ、授業が始まるから教室に行こう」
「そうですわね」
「それにしても、こんな人気のないところで何をしていたんだい?」
「ちょっと一人になりたかっただけですわ」
「そっか、サタナティアさんが学園に来るといつも人に囲まれてしまうもんね」
笑って差し出された手に、わたくしは自分の手を重ねて、手を引かれるままわたくしは教室に向かって行った。
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