㉗JK、キューピーへ餃子のたかりを企てるも失敗するのこと。


 糺一と瀬乃は毎珍軒ののれんをふたたびくぐった。


「らっしゃーい」

 先刻とまったく同じ調子でおやじが声をかけてきた。


 テーブルを拭いていた女給が顔をあげて二人をみた。

「あら」

「リサコさん、いなかったでしょ?」


「はい、やはりお留守のようで」

 糺一はいった。


 瀬乃はカウンター席にかけた。

「チャーシュー麺ひとつ」

 メニューもなにもみず彼女は厨房のおやじにいった。


「アイヨ。チャーシューひとつ!」

 おやじはいった。


 糺一も瀬乃の隣にかけた。

 彼はカウンターにある品書きを手に取った。

「どうしようかな」


「餃子たのみなよ」

「で、半分あたしに頂戴よ」


「中華丼にしよう」

 品書きに目をとおしながら糺一はいった。

「中華丼お願いします」


「アイヨ。中華丼ひとつ!」

 おやじはいった。


「糺一さん、貴重な時間を割いて付き合ってあげてるあたしの、こんなささやかな頼みもきけないの?」

 瀬乃は真顔になっていった。


「さて、これからどうしたものやら」

 瀬乃を無視して糺一はいった。


「どうもこうも」

「こんな探偵の真似事みたいなことあとどのくらいつづけんの?」


「うーん。SM嬢から精神科医とつづいたら、次はなにが出るのかな……鬼か蛇か。トヨさん、わかる?」


「あたしにわかるのは、小汚いラーメン屋の二階から始まる物語なんて、せいぜい痴情のもつれからくる刃傷沙汰くらいが関の山だろうってことくらいかな」


 厨房で湯切りをしていたおやじが瀬乃をみた。

 糺一はおやじに目で詫びた。


 彼は気まずさからあらぬ方向へ視線を泳がせた。

 その視線が、ある男をとらえた。


 糺一が目にとめた人物は、カウンターの端でひとりラーメンをすすっていた。

 低く見積もっても一二〇kgは下らぬであろう重戦車のような体型だった。


 着ている革ジャンは全身ぱっつんぱっつんに張っており、その服ごしにもビヤ樽のような胴体と丸太のような腕がみてとれ、ジーンズをはぎまでたくしこんだブーツは主の重量に日々悲鳴をあげていようと思われた。


 外国のバイク乗りみたいに鼻から下の顔半分が濃い髭でおおわれており、屋内だというのにサングラスをかけていた。

 そのいかめしい顔つきで、スープに油の玉が浮いたラーメンを一心不乱にすすりあげる姿にはなんともシュールなものがあった。


 糺一はしばしある種の強い関心をもってその人物をながめたが、横から脇腹をつつかれてふりむいた。


「で、この後どうすんのよ」

 つついた肘を引っこめながら瀬乃はいった。

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