第70話 理玖27

「私、別に吸血鬼になんて興味ないんだけど」

「でも、なってんじゃん」

「あなたたちのことにも興味ないし。ここから出たいだけ」

「痛かったなー、さっきの。腹に穴が開いたよ、あんたの蹴りのせいで」


 恭子さんがそこで息を鋭く吸った。我慢するみたいに息を止めて、そして吐き出す。


「そもそも誰のせいだと思ってんの」

「知らねぇよ」


 そこでさっきいたもう一人が、遠くから大きく手を振った。


「突入された! 合図があるまではそのまま!」


 合図?


 遠くにいる人はそう叫びながらこっちに走ってきた。

 目の前の人はその言葉に、大きく舌打ちをする。それから肩をすくめた。


「この瞬間から、俺の役目はここであんたを足止めさせることになったから」

「意味わかんないんだけど」

「俺だってわからないよ」


 言い終わらないうちに、男の人は恭子さんに向かってきた。


「足止めするだけなら、戦わなくても良いんじゃないの」


 恭子さんは繰り出される拳を避けるために身を屈める、そこに男の人の膝が入った。


「こんな力があるのに、使わないなんて損だろう?」


 血が流れる。

 恭子さんはそれを乱暴に袖で拭った。


 男の人はケンカに慣れているよだった。恭子さんはその反対だ。でも、恭子さんのほうがほんの少し、男の人よりも早く動けている。


 僕は思わず見入ってしまって、部屋から出てしまっていた。


「おい! お前は子供おさえとけ!」


 二人の戦いを、僕と同じように呆然と見ていたもう一人が、弾かれたように僕を見た。そして全速力でこちらに走ってくる。


 部屋の中に戻ろうとした瞬間、恭子さんが男の人を振り切って、走ってくるもう一人のことを掴むと、思いっきり廊下の向こうへ投げた。

 もう一人は随分遠くで床に落ちた。何度かバウンドしながら転がる。

 その様子を見ることなく、二人は戦闘を再開した。


 壁にも床にも二人の血の汚れが増えていく。

 男の人は力を使わなきゃ損だって言っていたから、こうやって戦うのが好きなんだと思う。

 だったら、話し合いしたって止めることはできない。

 何のための戦いなのか、わからなくても。

 止めるために、あの男の人に勝たないと。


 僕も加勢しなきゃ。


 そう思って目を閉じようとするたびに、恭子さんはこちらを睨んだ。

 そうすると靄は、しゅるしゅると引っ込んでしまう。

 何度やってもダメだった。


 幸い、投げ飛ばされた人は、いつのまにかいなくなっていた。

 二対一になることはなさそうだ。


 恭子さんはボロボロだ。すぐに傷は治っているのだろうけれど、流れた血が消えるわけじゃない。

 もう見ていられなかった。でも、目を背けている間に恭子さんが死んでしまうかもしれないと思うと、目を逸らせなかった。


 そうして、それは、聞き慣れた、正統なのにおそろしく場違いなチャイムの音で唐突に終わった。

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