第43話 桔梗5

 公安の監視対象は、日本の治安を脅かす恐れのある個人や組織である。


 それは戦闘力を保持している自衛隊も含まれている。つまりは本物の吸血鬼には、それだけの力があるということだ。


 吸血鬼大戦争が起こる可能性があるのだろうかと、想像してみたが、具体的なことは何一つ思い浮かばなかった。


「いわゆる本物の吸血鬼の中で、居場所を把握し、協定を結んでいるのは都内では四人。その四人に関しては二十四時間監視を行なっている」


 協定というのは、簡単に言えば、吸血鬼としての能力を悪用しなければ、その存在を不可侵とする、ということなのだそうだ。


「二十四時間の監視が可能なんですか?」


 対象は空を飛び、変身もできる。容易に追っ手を撒けるはずだ。


「うん。これは相手にも了解を得ていることなんだ。彼らにはそれぞれ拠点があって、あまりその場所から動かない。我々はその拠点を外から監視している。いや、させてもらっている、と言うほうが正確だね。流石に寝床の場所は教えてもらえないけれど、まあ、寝ている間は、本当に何もできないみたいだから、そこは信用するしかない」


 すると、彼らのもとを誰が訪れているかのか、ということをチェックしているのだろう。


「本物の吸血鬼というのは、だいたいどれくらいいるのでしょう?」

「ここ数年の話なら、都内では七人」


 つまり好き勝手に行動している吸血鬼が最低三人いることになる。


 これが多いのか少ないのかはわからない。ただ、これまでの人生で吸血鬼の存在を知らずにいたのだから、三人くらいではそこまで大きな事件には発展しないのかもしれない。


「監視しているのは四人だけなんですか?」

「四人以外については発見できれば、ということにはなっている。現在何人監視できているのかは、その仕事を請け負ってる班と上の人間しか知らないよ」


 とんでもないところに来てしまったな、というのが正直な感想だ。


 荒唐無稽な話でも、上司に指示されれば疑わずに従えるかという試験かもしれないぞと、身を引き締めてみたが、緊張したところで何か変わるわけでもない。


「きみの仕事のメインは、吸血鬼三人の拠点に定期的に通って、我々との間に立って連絡と調整をしてもらう」


 連絡と調整。全然ピンとこない。


「難しく考えなくても良いよ。当面は顔を知ってもらって、信用を得ること」


 他人から信用を得るというのは、難しく考えなければならない部類ではないだろうか。


「よし、あらかたの説明は終わったから行こうか」


 この話のあとで行くというなら、目的地は一つだ。


「ええ!? 吸血鬼のところにですか? 今から?」


 思わず大きな声をあげてしまった。アザミさんは気にする様子もなくジャケットを羽織ると鞄を持った。

 待たせるわけには行かないので、私も素早く身支度を整える。


「大丈夫。一人目は『眠りネズミ』と呼んでいてね、もう何年も土の下で眠っている吸血鬼だから」


 公用車なら私が運転しなければと緊張が走ったが、移動はタクシーだった。


 到着したのは高級住宅街の一角にある公園。

 背の高い木々で囲まれていて、森のような雰囲気だ。平日の午前中ともあって、利用者も少なく、ひっそりとしている。


「ほら、あそこだよ」


 アザミさんは指をさした。


 そこはぽっかりと空いた空間だった。何の目印もない。


「本来なら寝所は誰にも教えないものなんだけれど、彼女は気にしないらしくてね」


 寝所というには寂しい場所だ。


「ずっと埋まってるんですか?」

「そう。数年前に一度起きて、また眠ってしまった。そのときは僕もいたのだけれど、生きている人を埋めるみたいでドキドキしたな」

「次はいつ起きるんですか?」

「いや、自分では起きないよ。有事の際に、こちらから起こすことになっている」

「有事の際?」

「我々が助けてほしいとき。だからきみも基本的にここには来なくて良い」


 その場を去るときに、さりげなく周囲を見渡した。


 どこからか、私たちを見ているのだろう。

 当たり前だが、それらしい姿はない。


「次はどちらに?」


 公園を出て歩きながら尋ねる。するとアザミさんは立ち止まり、ポケットからメモを取り出し私に差し出した。


 いかれ帽子屋。

 公爵夫人。

 三月うさぎ。


 メモには不思議の国のアリスの登場人物らしき名前と住所が書かれてある。


「あとは自分で行ってみて」

「一人で……ということですよね?」


 アザミさんは当然というように頷く。


「拠点に入るのは一人が望ましい、というのが先方の希望なんだ。大丈夫。取って食われるわけでもない。普通に礼儀正しくしていれば良いよ。元々人間だったんだから」

 相手が人間でも、初対面で挨拶に行くなんて緊張するのに。


「そのメモはまた僕が受け取るから紛失しないようにね」


 そこでアザミさんが手をあげた。通りがかったタクシーがとまる。

 タクシーはアザミさんの後ろから接近していたのに、よく見ているものだ。


「あ、特にアポイントは必要ないよ。伺う順番も自由で良い。ただ、三月うさぎは最後が良いかもね。本人はそうでもないけれど、彼の周囲は、僕らのことをあまり快く思っていないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る