第40話 桔梗2

 配属というのは、本人の希望も加味される。だいたいは、事前に意思の確認をされるものなのだ。


 しかし警視庁の公安部である。

 そんなところからの声かけなら、先触れなんてあろうはずもない。


 私に選択の余地はなかった。それは半ば決定事項だったからだ。


 それにしても、公安のスカウトとはかなりのエリートがされるイメージがある。しかも配属先は本庁だ。どうして私なのだろうかと、訝しんだ。

 自慢ではないが、私の警察学校時代の成績は平々凡々だった。剣道の有段者ではあるので、武道はそれなりにやれていたとは思うけれど、公安部といえば情報収集が主だから、あまり関係はないだろう。


 研修期間を経て当庁すると、アザミという名の人物が私を待っていた。


 アザミさんは柔和な顔立ちの五十歳くらいの男性で、少しのんびりとした口調で喋った。


 アザミというのは本名ではない。

 ここでは皆、本名で呼び合ったりしないのだ。


 職務上言えないことはあるが、わからないことは、とりあえずなんでも聞いてくれと言われたので、さっそく自分が選ばれた理由を尋ねた。

 アザミさんは「そうだねぇ」と言ったあと黙って天井を見上げた。私もつられて天井を見上げる。だがそこには何もなかった。

 話せないことなのだろうかと思っていると、「きみはさ」と話の続きが始まった。


「交番勤務のときに幽霊見たって報告書に書いたでしょう?」

「いえ、あの……はい」


 正確には書いていない。報告書に幽霊を見たなんて書く勇気はさすがになかった。だからといって、嘘や誤魔化しを書くこともできず、ただただ正直に自分の身にあったことを書いたのだ。何度か。


 実は警察学校時代にも、同じ部屋で寝起きする仲間と幽霊に遭遇したことがある。

 そのときは他言無用を固く言い渡されたので、こういう話はご法度なのだと思っていた。


「きみは、あれかな? 昔から幽霊とかよく見たの?」


 話が脱線したように思えたが、私は「いいえ」とだけこたえた。


「そう…。研修のときに不思議な指示があったでしょう?」


  ピンときていない私の顔を見て「ほら、説明もなく部屋に入らされた」と説明してくれる。


「ああ!」


 資料室とかかれた部屋に入るように言われたのだ。特に何も指示はなかった。


 入室したとたんアナウンスが流れ、制限時間内に盗聴器を探せとか、逆に仕掛けろという指示があるかもしれないと、私は内心ドキドキしていたが、それもなかった。


 資料室には段ボール箱の入ったメタルラックとテーブルが置かれてあった。

 入り口から部屋の全体像は見えない。


 私はとりあえず中の様子を把握しようと、部屋の奥に進む。すると、ラックの向こうに女性が立っているのが見えた。事務の制服を着ているようだった。

 私はまったく気づかずに、無遠慮に近づいてしまったので、思わず「すみません」と謝ってしまった。

 その後、すぐに部屋から出るように言われたのだが、あれがなんの訓練だったのか説明はなかった。


「あれね、幽霊なんだよ」





 少し間があった。


 私はアザミさんが冗談だよ、と言うのを待っていた。けれどアザミさんはわたしの顔を見るばかりだ。


「あの、本当でしょうか?」


 失礼かと思ったが確認してみた。俄には信じがたい。


 薄ぼんやりとしていたわけでもない。しっかりと見えていた。彼女が足の左右で重心を変えるときの、微かな音すら聞こえていたのだ。


「本当。彼女は比較的誰でも見えるんだよ。よっぽど鈍感じゃない限り」

「はあ。あの、それが選考の理由でしょうか?」

「まあね。他にもあるけれど」

「職務上必要ということでしようか?」

「必須ではないけれど。うん。見える人間のほうが説明しやすいんだ」

「はい?」


「きみがこれから所属するのは、公安第七課。人ならざる者が関係した事件を扱う部署だよ」

 

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