第34話 恭子15

 トオルと呼ばれる人と一緒にいた子供ではなかった。あの子は年齢がもう少し高かった気がする。


 参加者が次々と男の子に恭しく挨拶しては離れていく。みんなの高揚感がこの場所からでもわかった。


 あの子のために、今夜みんなは集まったのだ。


 校舎のほうから女の子が戻ってきた。


「公主はね、あの年齢のまま永遠に生きれるの」


 私の隣に並ぶと女の子が言う。

 公主とはあの男の子のことか。

 声が弾んでいる。嬉しそうだった。その事実を誇らしく思っているのかもしれない。


 後輩さんのほうを見ると、ゆっくりと頷いた。


「私もね、公主みたいにずっとこのままで、永遠に生きたいんだ。彼の言う、特別になりたい人ってわけ」


 さっきの会話を聞いていたのだろう。


「もう少しでなれると思うんだけどな。きみはそういうの興味ないの?」


 女の子は後輩さんへと尋ねる。


「ないね。永遠に生きるなんて、考えただけでも夜眠れなくなりそうだよ」

「宇宙の果てについて考えると不安になるタイプでしょう?」


 女の子はそう言って笑った。


「きみは?」


 今度は私が尋ねられた。


 そんなこと、いきなり聞かれても困る。

 考えたこともなかった。

 自分はどうだろう。


「私は……いえ、違う。私はここに友達を探しに来てるだけだから」


 少し怖い。


「なんだ、つまんなーい。特別になれたらきっと楽しいのに。涼子ちゃんだって、もうなってるかもしれないよ?」

「どういうこと?」


 涼子はただ、好きな人に会うために参加してただけなのに。


「だって、ここのスタッフはみんな人間じゃないんだよ。だったら、一緒にいるためには、特別になるしかないじゃない?」


 呼吸が浅くなった。


 彼女はどこまで知っているのだろう。

 もしかして涼子のこれまでのことや、現状を全て把握していて、私を試しているのではないだろうか。


 頭の中を涼子の顔だとか癖だとか、話していたことだとかが頭を駆け巡る。

 そしてあの夕方の帰り際。笑い顔と無表情の人。二人の、あの奇妙な眼差し。


 目を閉じる。

 冷静になろう。

 全部冗談かもしれない。

 雰囲気にのまれて、信じそうになっている。


 こうやって、参加者たちは信じ込まされて、ここに通うようになったのかもしれない。




 目を開ける。


 一分ほど目を閉じていたのに、女の子はさっきと同じ表情のままだった。

 後輩さんを見る。こちらは心配そうな顔をしていた。


「信じれないのもわかるけど……あ! 花火が始まるよ! 行こう」

「え? ちょっと!」


 女の子は私の手をとって走り出す。


 全然気が付かなかったけれど、合図でもあったのだろうか。

 ちらりと振り返る。

 後輩さんもゆっくりとした足取りでこちらに歩き出していた。


 人混みをすり抜け校庭の中央へ。


 途中、男の子と目があった。

 不思議な目をしていた。

 一瞬で引き込まれそうになる。

 女の子に引っ張られていなければ、逸らすことができなかったかもしれない。


 キャンプファイヤーの近くで立ち止まった。


 目の前を小さな光が通り過ぎた。


 女の子が手を離して、私の顔を見て笑うと、遠くを指差す。

 その方向を見る。キャンドルから、同じような小さな光が舞い上がっていた。


 蛍のように見えたけれど、そうじゃない。

 近くにあった光を捕まえようとしても、手が空を切る。


 さまざまな色の光が何百と空へ向かっていく。

 それを追うようにして視線を上げる。


 すると、一つ大きな花火がひらいた。


 歓声が上がる。

 私も思わず声を上げてしまった。


 ぐんぐんと大きくなる花火。それが解けて、火花になってゆっくりと私に降りかかる。

 でも熱くない。

 衣服や髪にそれが残って、しばらくの間煌めいていた。


 光はキャンドルから上り続けていて、それが花火になる。

 もう空は花火でいっぱいだった。

 火花の一つ一つが宝石のようだ。

 何も聞こえない。

 周りに人がいるのかもわからなくなった。

 私はただずっと眺めていたかった。

 多幸感が溢れてくる。

 今までの人生で幸せだった瞬間をかき集めても、これほどの幸せな気持ちにはならないだろう。


 泣いてしまいそうだ。もしかしたら、もう泣いているかもしれない。


 ふと、誰かが私の手を握った。


 嫌な気持ちはしなかった。

 そちらを見る。

 綺麗な人だと思った。

 でも誰だかわからない。

 知っている人なのかどうかもわからない。

 その人に手を引かれて歩き始める。


 私はなぜか可笑しくなって笑い出す。

 私の笑い声を聞いて、その人が振り返った。その人も笑っていた。


 そして光の洪水から外れた場所までくると立ち止まった。

 その人は振り返り、片膝をつき、私に手を差し出す。


 プロポーズみたいだ。

 恥ずかしい。

 その人はただ待っている。

 心を決める。


 私はその手に自分の手をそっと重ねた。

 冷たい手だった。

 その人は私の手を自分の口元まで持っていく。


 手のひらがちくりとした。


 その人は幸せそうに笑った。

 それがとても綺麗だったので、私も嬉しくなって笑った。

 

 

 

 

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