第3話 パイシースの店
「あー、やだやだ。あんな大人にはなりたくないね!」
苛立ちを覚えながら、ノアはパイシースの中心部へと向かう。
廃れた家屋が並ぶ道を歩き、開けた場所に出た。そこにはちょろちょろと微量の水が出る噴水だったものが設置されてあり、周囲には人がいなくなってしまったのか、かすれた文字の残る看板が残っている固く閉ざされた店の跡が多く残っている。
この場所から唯一営業している様子が確認できた店は一件のみ。割れた窓をテープで補強してある薄暗い店だ。ほんのわずかに光が漏れているために、営業しているのだとわかった。
何の店なのかはわからない。でも光があるなら、人がいるはず。まずは情報収集をするために、ノアはその店へ立ち入る。
「……らっしゃいませ」
薄暗い店内。各場所にあるテーブルの上で心もとないランプで明かりを保っている。この光が、外へと漏れていたようだ。
店内を見渡す限り、どうやらここは飲食店らしい。
いくつか無人のテーブルがある中で、一か所に、長い黒髪を持った女性客が一人座り、優雅に食事を摂っていた。まだ食べ始めたばかりのようで、お皿にはおいしそうな肉料理が載っている。それにノアの腹が反応したが、グッと堪えて店員の女性がいるカウンターへと向かった。
「あの、ちょっといいです?」
「なんでしょう?」
やはりこの女性もよく眠れていないようで、クマがひどい。頬もこけている。加えて声も元気がない、小さなものだった。
「俺、人探ししているんですけど。デシベルさんってどこの家だか知らないです?」
「ああ、物知りなお年寄りの。その方でしたら、北にある高台の隣に建っている家です。その方にお会いになるのですか?」
「はい。ちょっと聞きたいことがあって……」
どうやらデシベルは有名人のようである。変わり者として。
知っているからこそ、店員はノアをまっすぐ見て真実を言う。
「残念ですが、デシベルさんは一か月ほど前に亡くなられました」
「え?」
ノアは目をぱちぱちとさせる。
「旅人の方でも見てお分かりかと思いますが、パイシースは今、崩壊寸前です。人は皆、突如現れた化け物を暗闇を恐れて生活する日々を送っています。もともと高齢だったこともあって、あの方は体調を崩し、亡くなられました」
「そんなぁ……」
見てわかるほどに肩を落としたノア。わざわざ彼に会うためだけにこの街へ来たことを悟った店員は、さらに追加情報を加える。
「……お孫さんなら、健在です。血縁なこともあって、物知りですよ」
「物知り……過去のこととかも知ってますかね?」
「おそらくは。ただ、デシベルさんが亡くなるよりも前からしばらく姿を見ていないものでして。今の彼については、噂程度でしかわからないのです。その噂では、皆が怯える夜に一人で歩いているとかなんとか……」
パイシースに着いてすぐ聞いた、影から現れる人食い化け物の存在。それを恐れて街の人は眠れない日が続いている。なのに、デシベルの孫は恐れることなく夜の街を歩いている。
その違和感にノアは眉間にしわを寄せた。
「みんな思っていますよ、化け物を作り出したのは彼なのではないかと……。彼は真面目だし、優しい人なのでそうではないと思いたいのですが、どうも彼じゃないっていう確証がなくて。もし、彼が原因だとしても、きっと何か理由があると思うんですけど……」
そう言う店員はとても悲しそうな顔をしていた。
デシベルの孫と知り合いなのだろう。知っているからこそ、人を脅かすようなことをする人ではないと信じたい。けれど、根拠が何もない。ただ行く末を見るしかないのだ。
「ありがとう、お姉さん。俺、ちょっとその孫の人に会ってくるよ。何かわかったら教えるよ」
「……そんなっ、いや。ありがとうございます。よろしくお願いします」
ノアが優しく微笑めば、店員は固くなった顔が少しだけほころんだ。それを確認し、ノアは店を出ていく。
カウンターに立ったままの店員は、胸の前で手を組み合わせ、何かを願った。
そこへ、ずっと店内で食事をしていた女性が立ち上がり、店員の元へ寄って来る。
「ねーえ、店員さん。あたしにもさっきのお話、詳しく聞かせてくれないかしら?」
緩く甘い声に戸惑った店員であったが、ノアと同じように二人は話すのだった。
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