君の魔力とレグスセンス
告井 凪
第1章 エルテリス学園
1「キャロ・テンリは僕に笑顔を見せる」
初めて触れた瞬間から、僕は彼女の――虜になっていた。
*
僕の名前はヨルム・クウゼル。レーゼン東部地区エルテリス学園の高等部一年生。
封印王国リカッドリアの首都レーゼンで暮らす子供たちはこの学園で13年間学ぶことを義務づけられている。初等部の6年間で魔法や武術、歴史や魔法理論の基礎を学び、中等部の3年間で応用、高等部の4年間でより専門的な知識や技術を身につけて世に出るのだ。
僕の将来の目標は冒険者だ。人気のある職業だけど危険も多いため、資格の取得には厳しい審査がある。取った後も一定期間成果が無ければ剥奪されてしまう。冒険者になっても後に別の職に就く人も多いと聞く。
冒険者志望が高等部で学ぶのは主に魔法と武術。最低でもこのどちらかで高い成績をおさめなければ審査を受けさせてももらえない。
それなのに僕は……武術の授業で専行している剣術は平均より下。魔法にいたっては底辺だ。剣術はまだこれからだと思っているけど、魔法は致命的だった。
人は誰しも魔力を宿していて、生まれた時から使える魔法の属性が決まっている。僕の場合風属性なのだけど他人より魔力の量が少ないのか、習った通りに魔法を使っても出力の低い魔法になってしまうのだ。必死に魔力を鍛えようとしたけれど、そもそも魔力の量はそうそう変わらないと言う。つまり僕には魔法を使う才能がないということだ。
そう、思っていた。彼女に出会うまでは。
「キャロさん! あの……良かったらこのあと、あちらでお茶でもいかがですか?」
そんな声が聞こえ、僕はチラリと視線を向ける。女の子が三人、一人の少女に話しかけていた。
話しかけられた少女は立ち止まり、振り返る。肩で切りそろえた美しい金色の髪がふわりと舞う。儚げな切れ長の目を細め、無表情のまま、静かにゆっくりと小さな口を開く。
「すまない。遠慮させてもらうよ」
少女はそう言って前に向き直り、再び歩き出してしまう。
彼女の名前はキャロ・テンリ。希少な光属性の魔力の持ち主で、僕と違って魔法の天才。学年で一番の魔法の成績をおさめている。だけど……。
「だから言ったでしょ、絶対断られるって」
「う~~……キャロさんカッコいいなぁ。魔法の話聞きたいよ~」
「聞いても無駄じゃない? 私たちとはレベルが違い過ぎるよ。住む世界が違うっていうかさ。それこそ彼女がよく言ってる『古代人』ってやつ?」
「あれなんなんだろうね……」
「なんでもいいよ~。はぁ、素敵だったなぁ……」
三人の女の子はそんな話をしながら去って行く。
住む世界が違う……。確かに彼女の魔法についていけるのは同じ学年でも一握り、いいや学園全体で見てもそうかもしれない。しかも、
『私は古代人だ』
そんな宣言で周囲の人を凍り付かせ、自分から距離を取った。おかげで誰とも馴れ合おうとしない孤高の天才と呼ばれるようにもなる。
古代人というのがどういう意味なのかわからない。人を避けるための方便だとしても他にあるだろうに。なにを考えているのかわからない。――と、みんなは言っている。
だけど僕だけは知っている。彼女が本当はなにを考えているのか。
いいや――訂正しよう。古代人については僕もわかっていない。理解できていなかった。
僕が知っているのは、みんなが見たことのない彼女の一面。彼女がどんな気持ちなのか、どんな想いなのか。どんな女の子なのかだ。
「あぁーー……こうしてるとほんっと落ち着くぅ」
「ええと、キャロさん?」
「もうヨルムったら~いつも言ってるでしょー。私にさん付けとかやめてよねー」
「う、うん……。キャロ、いつまでこうしているの?」
「もう少しだけ~」
僕はいま、とある部屋でソファに座り、寝転がったキャロに膝枕をしていた。
さっき「すまない。遠慮させてもらうよ」とクールに断っていた孤高の天才と同一人物とは思えない。だらけきった顔をしている。
キャロ・テンリ、彼女は何故か僕にだけ素の姿を見せ、砕けた話し方をする。しかもこんな風に甘えてくるのだ。
僕とキャロとの出会いは学園の中等部だったけど、あることがきっかけで穏やかで安らいだ笑顔を見せるようになる。そこから素の姿を出して甘えるようになるまで時間はかからなかった。
曰く、ヨルムの魔力に触れると気持ちが落ち着く。とのことだけど、僕には理解できなかった。魔力が落ち着くってどういうことだろう? しかもこんなに警戒心ゼロでだらけきった姿を見せるなんて。本当にわからなかった。
「ふぅ…………」
突然静かになったキャロに声をかけようとして、やめる。
甘えている最中に黙り込んだ時は、大抵儚げな表情で遠くを見つめているのだ。
そして彼女のそんな表情を見ていると……
古代人というのは方便ではないのではないか?
……と、思う。
じゃあキャロの言う古代人とはなんなのか? それはわからない。でも出会った時から思っていた。聡明な彼女がそんな嘘をつくとは思えないと。
きっとその言葉には意味があって、キャロにとっては真実なのかもしれない。
「ん~~まだまだこうしてたいんだけどなぁ~そろそろカリィヌたちが来るんだよな~……はぁ。よっと」
キャロはそう言って身体を起こし、小さく伸びをする。
「じゃ、ヨルム。その前によろしく」
「う、うん……」
キャロはソファに乗っかったまま身体をぐるっと回転、僕の目の前に足を伸ばすと、スカートの端を掴んで少しだけめくった。真っ白で美しいふとももが露わになる。
……いつ見ても本当に綺麗なふとももだ。
もちろんふとももだけじゃない。膝、ふくらはぎ、足首のくびれ、僕にとって理想の脚線美がそこにある。肌は輝くように美しく白く、触れたら羽が舞いそうな神秘性を感じる。
「ヨルムー? ぼーっとしてないで、早く早く」
「わかってる……」
僕はゆっくりとキャロのふとももに手を伸ばしていく。
こうしてキャロの足に触れるのは初めてじゃない。中等部の頃から何度も触ってきた。それでも毎回ドキドキしてしまう。きっと慣れることはないだろう。
「ほら、触って?」
促され、意を決してふとももに触れる。
――柔らかい! 絹のような肌とはこういうことだと思う。柔らかさと滑らかさを兼ね備えた極上の触り心地だ。ああ、もう目も手も離すことができない。僕は――!
――ドクンッ――
やがて、僕の中のなにか――心臓ではないなにかが、強く脈を打った。
最近になってわかってきた。これは僕の魔力だ。僕の魔力がキャロの魔力と繋がったのだ。
「うぅ……はぅ、きた……!」
キャロの身体がビクンと跳ねる。その身体から僅かに光のオーラが漏れ出ていた。
「これこれ! 私が求めていた魔力……! あぁ……」
キャロは身体から漏れ出ようとする魔力を押さえるように、自分の身体を抱きかかえる。僕は――名残惜しいけど――ふとももから手を離し、その様子を眺めていた。
そして首を傾げる。
「毎回思うけど、なんでなんだろう――」
僕がキャロのふとももに触れると、何故か彼女の魔力がとてつもなく増幅される。
キャロが言うには、僕の魔力はそういう性質に変質してしまっているらしいんだけど、どういうことなのか理解できていない。
ただ、自分で扱える魔力が小さい代わりに他人の魔力を増幅できることだけはわかった。自分には異質な才能があるのだと。その異質さ故に普通に魔法を使うのが難しいのだと。彼女はそう教えてくれた。
とはいえ。
「――なんでふともも?」
「んんー? それは私の方こそ知りたいよ。どうしてそんな風に変質しちゃったの?」
聞き返されても、僕に答えられるわけがなかった。
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