第85話 薬師ドクマーク

「ドクマーク先生。ドラゴンエナジーの売り上げ、今月もアップしました」

「ブフォフォフォ……良い、実に良い」


 秘書から手渡された売上表を見て、ドクマークはご満悦だ。

 工業都市プロドスで事業を展開してからというもの、ドクマークは毎日を生きるのが楽しくて仕方なかった。

 ドクマークに薬師の下での修行経験はない。

 治癒師が過剰に持て囃される背景には、人々の健康意識の高さがある。

 そこに目をつけたドクマークは一から独学で薬学を学んで、独自の理論を完成させた。

 最初こそ薬師達は鼻で笑っていたが、彼の理論はやがて多くの人々を魅了する。

 誰でもできる薬の作り方や簡単な治療薬など、甘い宣伝文句で人を集めては講座などで金を儲けていた。

 今やその弟子の数は百人を超えており、薬師どころか一部の治癒師達すら気を揉んでいる状況である。


「さすがはドクマーク先生。たった二ヵ月でこのプロドスでも知らぬ者はいない状況ですよ」

「ブフォブフォ……当然でしょう。あのドラゴンエナジーがあれば、あらゆる問題が解決するのですからな」

「しかし、現役の薬師は今頃どうしているのでしょうな。先生のようなニューウェーブの台頭とあっては、まともな商売もできないでしょうね」

「古きものは淘汰される。新陳代謝のようなものです。致し方ないのですよ。ブフォフォフォ……」


 ドクマークは薬師という存在を完全に軽んじていた。

 何せ長年かけて薬学を学んだ薬師よりも、今や自分のほうが成果を上げている。

 薬学など、自分の頭にかかれば簡単に取り入れられる安いものだと笑っていた。


「しかしここ最近は少し物騒になってきましたな。どこの同業者かわかりませんが暗殺を企てるなど、大胆なことをする」

「そのための彼らでしょう。そのうちの一人、闇の世界では名が通った彼がいるのです」

「それに戦場で魔術師を含めて百人近く殺したという伝説の傭兵、通称ブラッドニュース……。以下総勢三十人の護衛、守りに抜かりはありませんよ。ブフォブフォ……」

「治癒師協会のように白十字隊ヘルスクロイツなどいませんからね。身を守るのも仕事といえるでしょう」


 ドクマークと秘書が談笑する近くには二人の人物が立っている。

 黒ずくめで身を固めた老齢の男にウサギ耳のヘアバンドをつけてマフラーで口元を覆う小さな少女。

 ドクマークはこの二人を雇えたことが最大の幸運の一つと思っている。


「ふぁぁ……退屈ッスねぇ。せんせー、出番とかこねえッスか?」

「ブフォフォ、申し訳ない。しかし早々、事件が起こってはこちらも困るのですよ」

「じゃあ、ちょっと寝るッス。有事の際はきっちり起きるんでだいじょーぶッスよ。スゥ……」


 少女は立ったまま寝入ってしまった。

 老人のほうは気がつけばソファーでくつろいで、ティーカップに口をつけている。


「マイペースですね……。見た目だけじゃとても強そうには見えませんし、ドクマーク先生には恐れ入りますよ」

「私とて、無条件であの二人を雇ったわけじゃありませんよ。それまで雇った護衛全員と戦わせるまではね……」


 ブラッドニュースの名に疎いドクマークは、少女と当時の護衛十三人を戦わせてみたのだ。

 一級の冒険者を含めた護衛全員が血だらけになるのにものの一分もかからなかった。


「まさかあんな少女が噂に聞くブラッドニュースとはねぇ。人は見かけによらないものです。ブフォフォフォフォ……」

「あちらの老人は夜禍やかでしたっけ。暗殺歴七十年……まったく理解しがたい」


 商売柄、敵が多いドクマークは臆病であり用心深い。

 命を守るためならいくら金をつぎ込んでも足りないとさえ考えている。

 それだけに、二人の護衛をつけたことで日々の機嫌はすこぶるよかった。


                * * *


「さぁさぁさぁ! 今日も一日! ドラゴンエナジーで日々の労苦を吹き飛ばしましょう! ブフォフォフォ!」


 プロドスの中心部、マーケット通りで一際目立つのがドクマークの店だ。

 路面へむき出しになった店舗に大量のドラゴンエナジーを並べて、堂々とアピールする。

 労働者達はこぞってドラゴンエナジーを買い求めて、中にはその場で飲みきる者までいた。

 今日も開店と同時に人々が殺到して、ドラゴンエナジーが売れていく。


「ブフォフォ! 押さないでくださいよ! 慌てなくても在庫はたくさんあります!」

「そうです! 怪我でもされては労働者の味方である我々としても心苦しいのですから!」


 ドクマーク以下、数人の店員達が口々に甘い言葉で購買意欲を掻き立てていた。

 陳列されたドラゴンエナジーが売れて消えていく中、ドクマークの視界に一人の少女が入る。

 離れたところでぽつんとたたずむ少女に彼は見覚えがあったのだ。

 人一倍、爆買いをしていくその少女だが今日は微動だにしない。


「そちらのお嬢さん! 今日もドラゴンエナジーを買っていきませんか?」

「いらない」

「へ?」

「あっち」


 少女が指したところにもう一つ、何かが入ったビンを並べている店がある。

 まさか同業者かとドクマークは訝しんで観察した。


「なんだあいつらは……?」

「ドクマーク先生、どうかされたのですか?」

「あんな店なんかありましたかな?」

「なるほど、ドクマーク先生。あれは同業者ですよ。どうせ先生のドラゴンエナジーの人気に便乗した三流薬師でしょう」


 少女のその店に目を奪われたドクマークだが、すぐに自分の商売に戻る。

 すると先程の少女が気がつけば、ビンを一つ持ってきていた。


「おいしい」


 ドラゴンエナジーで群がる客の後ろで、少女は対岸の店にある薬を飲んだ。

 そしてもう一人、メイド服をきた女性にドクマークはまた目を奪われる。


「あぁん……。おいしい……はぁ……」


 その艶めかしい振る舞いに、人々は次第に興味を移す。

 ドクマークも例外ではなく、スカートから伸びる太ももから目が離せなかった。 

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