第50話 決着をつけましょう

 刺客襲来から一夜明けて、村長を含めた村の者達は拘束された襲撃者達を囲んでいる。

 デッドガイとサハリサ、冒険者達。サハリサはエルメダから目を逸らすようにして震えており、デッドガイは挙動不審だった。

 視線が定まらず、少しの物音にも怯えている。村の集会場にて、村長が深くため息をついた。 


「こんな村に物騒な連中が来たものよの。田舎の村としては温かく迎えてやりたかったが、殺し屋ではな」

「あ、あんた、この縄を解いてくれ! し、ししし、死んじまう!」

「そんな大袈裟な……」

「くいこんで死んでしまうんだって! ああぁ! そこに虫がッ!」

「アイリーン、こやつは一体どうしてしまったのだ?」


 村長だけではなく、誰もがその異常な反応を訝しがる。とてもメディを殺しに来るような人間とは思えなかったのだ。

 しかし没収した武器を初めとした所持品が、彼がそちら側の人間であると示している。


「こいつの身体は半分以上、アンデッドだった。痛みも感じず、血も流さない。しかも体を真っ二つにしても再生する。これは上位のアンデッドに見られる性質で、実を言うと私も少し驚かされた」

「アンデッドは死に属する存在……。滅するには特別な手段が必要と聞くな」

「村長、よくご存じだ。しかし今の奴にその性質はない。メディによって人間の身体となった」


 村長達の視線がメディに集まる。アイリーンの依頼があったとはいえ、メディは自分を殺しにきた者を治療したのだ。

 メディからすればデッドガイの身体は異常そのものであり、治療に値する。憎い気持ちや恐怖はあったものの、結果的にメディの魂に火がついてしまった。

 聖水を使用した治療薬はデッドガイの身体を浄化して、細胞を蘇らせる事に成功する。

 こうしてデッドガイは健全な肉体を手に入れたわけだが、何せ彼は今まで痛みというものを味わった事がない。

 連行する際にも石につまづきかけて、つま先を押さえて悶えた。アイリーンに無理にでも立たされた時にも叫ぶ。

 彼はようやくこの世界の洗礼を受けるのだ。生きる上で味わう苦しみ、生きるとはどういう事か。

 死に属して生をあざ笑っていた彼にとって、すでに極刑が下されたようなものだった。

 そんなデッドガイを横目で確認したサハリサは懇願するようにアイリーンを見上げる。


「な、なぁ。あたいら、これからどうなるんだい?」

「本気で質問しているのか?」

「い、いや。悪い事をしたって自覚はあるさ。だから謝るよ。もうあんた達に手を出さない。だから」

「話にならんな」


 最強種の竜すらも射竦めるアイリーンの目だ。サハリサは言葉も出せず、口を動かすだけだ。

 無言で流す涙が彼女の計り知れない恐怖を表している。


「お前達が殺そうとしたのはメディだ」

「そ、そそ、そう、そう……です……」


 サハリサはこの日、生まれて初めて敬語を使った。格上だろうが欺いてきた彼女が心の底から屈したのだ。

 これがアバインと同じ一級か。世の中を軽んじたサハリサの後悔はあまりに遅い。


「サハリサさん」

「ひっ!」

「いや、そんなに怯えなくても」

「エルフ! エルフゥゥゥッ!」

「メディに謝ってよ。悪いと思ってなくてもさ」

「はいはいただ今!」


 サハリサがメディに向けて懇願するように頭を下げた。


「殺そうとしてすみませんでしたぁぁ!」

「……ボロボロですね」

「え?」

「栄養が偏ってます。特に糖分ばかり摂ると最悪、失明しますよ。足を切らなきゃいけなくなります。そうなると、どんな薬でも治せません」

「し、失明……」


 デッドガイは救ったものの、サハリサの態度でメディは冷めてしまった。何よりデッドガイと彼女では決定的な違いがある。


「生活習慣を見直してください。それなら間に合います。お薬は出しません」


 ぷいっとそっぽを向いたメディに村人が目を丸くする。ここまで冷たい彼女を見たのは誰もが初めてだ。

 お薬、出しますのセリフを言わせない外道がそこにいる。もし自分達がメディを怒らせる事になったら、と誰もが冷や汗をかいた。

 生活習慣など嫌でも改善される。メディはそこまで考えて発言したわけではないが、少なくともデッドガイとサハリサは然るべき場所に引き渡すと皆で決めていた。

 警備隊の隊長を務めるドルガーが大きくあくびをしている。


「で、アイリーンよ。そいつらをイラーザって女と一緒に突き出すのか?」

「そのつもりだ。この際、メディの為にも鬱陶しい禍根はすべて取り除いておきたい」

「そうなると、だ。メディはイラーザって女と直接対決する事になるかもしれねぇな。メディ、どうなんだよ?」

「覚悟はあります」


 自分の為にアイリーンやエルメダ、カノエ。村の皆が一丸となってくれたのだ。

 いつまでも怯えてばかりいられない。カノエに教えられて、立ち上がる事が出来た。

 単にイラーザの事だけではない。おそらく杜撰な状況となっている治療院の患者達を救いに行く。

 カルテの写しを持って、再びあの治療院に向かうと決めた。


「ではメディとロウメルさんのお二人がしばらく不在になるの。村の者達には体調管理には気をつけるよう注意喚起しておこう」

「私もできるだけお薬を調合しておきます。村の方々の健康状態は把握しているので、お一人ずつ用意しておきますよ」

「すまないな。費用はワシが持とう」


 メディはグッと拳を握った。治療院の患者を助けたいという名目ではあるが、イラーザとの衝突は避けられない。

 争いを好まないメディにとってはイラーザという障害が大きかった。


「メディ。道中の護衛は私とエルメダがつく」

「アイリーンさん、ありがとうございます。ここまできたら迷っちゃダメですよね……」

「お前は正しい。しっかりと後ろを支えてやるから堂々と立て」

「は、はい!」


 村の警備は引き続きドルガー隊が行う。頼もしい仲間の存在を再認識したところでメディは気づいた。


「そういえばカノエさんの姿が見当たりません」

「む、そういえばそうだな」


 聞けば昨夜から彼女の姿を見た者はいなかった。誰にも告げず、どこへ行ったというのか。

 一抹の不安はあったものの、今はアイリーンとエルメダがいる。メディは何とか安心する一方で、アイリーンはカノエについて考える。

 決して底を探らせない彼女の本質を思えば、自分には及びもつかない事を思いついたのだろうと自己完結した。

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