第39話 イラーザの刺客
「イ、イラーザ様。雇った冒険者達がやってきました……」
イラーザが以前から雇っていた冒険者達が彼女の家にて勢揃いしている。元々は治療院にやってくるクレーマー対策だったが、今は事情が違う。
治療院が一時閉鎖されてしまえば、報酬による支出が無駄になるのだ。そこでクルエは思いついた。
イラーザからの恐ろしい命令、それはメディとロウメルの殺害である。毒物事件のキーパーソンとなる人物さえ消せば、すべてが覆ると彼女は信じていた。
「あなた達、単刀直入に言うけど殺しはやってくれる?」
「殺し……?」
「えぇ、とある二人を殺してほしいの」
「まさか人間か?」
一級冒険者のアバインはイラーザの正気を疑った。
伯爵家に雇われていたものの、水晶の谷での仕事を失敗したせいで彼は見限られている。
そこでアイリーンに助けられて、『星砕』のプライドも何もかも失った。挙句の果てに流れ着いた先で殺しの依頼とくれば、自分が落ちた先を嫌でも実感できた。ここは最下層だ、と。
「報酬は弾むわ。これでどう?」
「……そんな金がどこに?」
「細かい事は気にしなくていいの。で、やるの? やらないの?」
「断る。さすがに法を逸脱している」
「フフ……。でもあなた、もうどこにも行き場がないんでしょ?」
アバインは図星を突かれた。一級の功績といえど、一度の失敗が仇になる事もある。
大仕事の失敗の噂は瞬く間に広まった。少なくとも彼を雇いたがる有力者はいないだろう。
そうなれば一級の意味などない。仕事がなければ、低級の冒険者と変わらないのだ。
「だが、殺しは……」
「アバインさんよ。その考えは害だぜ」
アバインに軽口を叩いたのはデッドガイと名乗る男だ。等級は三級だがアバイン達に奢るなど、やたらと羽振りがいい。
等級に似つかわしくない『不死身』の異名はそこそこ広まっている。曲がりくねった箒のような頭を揺らして、デッドガイは上機嫌だ。
「イラーザさん、その依頼を受けてやるよ」
「助かるわ」
「それと口には出さないが、『処刑人』の旦那も乗り気だぜ。な?」
「処刑人……まさか……」
いつの間にか雇われていた処刑人と呼ばれる男は壁を背にして目を閉じている。アバインは背筋が凍った。
その名は『極剣』並みに通っている為、周囲の冒険者は息が詰まる思いをしている。
腰には鞭のようにしなった刃がベルト一つで装着されており、アバインは思わず視界から外した。
彼の趣向は独特だ。ターゲットを瀕死に追い込んだ後、何か言い残す事はあるかと質問してからその得物で刎ねる。
自らを処刑人と名乗り、国内に悪名を轟かせた。そう、彼は冒険者ではない。
「あら、クルエ。あんな頼りになりそうな男性をいつの間に雇ったの?」
「わ、私は知りませんよ!」
「そ、その男は賞金首だ! いつから紛れ込んでいた!」
アバインが辛うじて言葉にする。クルエがぎょっとして処刑人をちらりと見た。
それが合図となったのか、処刑人が堂々とイラーザの隣に座った。
「誰を殺してほしい」
「……やってくれるのね」
「イ、イラーザさん! 正気か!」
「あなたより頼りになりそうよ」
アバインの動揺を気にもかけず、イラーザはメディとロウメルの特徴を話した。
居場所が不明な点も合わせて説明すると、処刑人は問題ないといったようにテーブルに置かれた報酬の大半を奪う。
デッドガイが慌てて処刑人に低姿勢に接触した。
「お、おいおい! 処刑人の旦那よ! 少しは俺にも分け前を……うっ!」
デッドガイの頬が切れた。誰にも何も見えない。アバインすら微動だにできなかった。
「これは前金だ」
「いいわ。ではあなたに任せようかしら。でもさっきも説明したけど、居場所がわからないの。だから必然的に人員が必要になるわ。そこでね……」
イラーザはあえて紙に金額を書く。それが何を意味しているか、一同は生唾を飲むほど理解する。
「二人を殺した人にこの額を報酬として進呈するわ。つまり競争よ」
「イ、イラーザさん! そんな金がどこに……」
「私の貯蓄の大半よ。それにあのクソ町長をやり込めたら、たっぷりと慰謝料を貰うわ」
独身であるイラーザの貯蓄は多い。長年に渡って治療院で幅を利かせていたのだから。
イラーザの報酬に目がくらんだ冒険者達も半ばその気になる。彼らの大半はその日暮らしの報酬のみで常日頃から飢えているのだ。
アバイン以外の者達は次第に活気づく。
「その二人を殺すだけであんなに貰えるのか? だったら……」
「お、おい。お前達! まさか殺人を犯すのか!」
「まぁまぁアバインさんよ。だからその考えは害だぜ」
デッドガイが気安くアバインの肩に腕を回す。
「あんた、そもそも行き場はあるのかい? このままじゃそこらの低級冒険者と同じだ。それにな……こんなの意外と誰でもやってるんだぜ?」
「こ、殺しをやってるというのか!」
「誰もが聞いたことがあるあいつやそいつも、昔は何人か殺してたらしいな。舞台女優だっていい役もらう為に団長と寝てるんだ。今更、驚く事じゃない」
「俺はないぞ……! 断じてない!」
「でもあんたはこの場に居合わせた。後戻りできるか?」
アバインは悔やんで歯ぎしりをする。気がつけば自分は本当に最下層に落ちていた。
いつか助けてもらった極剣のアイリーンの顔が脳裏を横切る。助けてもらった魂を汚してしまう事が悔しくてたまらなかった。
そんなアバインの隣に一人の魔導士が並び立つ。
「イラーザ、あたいも参加させてもらうよ」
「あなたは?」
「『炎狐』のサハリサの名で通ってる女さ。このご時世なら冒険者たる者、金さえ貰えりゃ何でもヤらないとねぇ」
「あなたも頼りになりそうね。任せるわ」
処刑人にやや畏怖していた冒険者の一人である彼女の等級は三級だ。
高額の報酬が競争によって勝ち取れると知ってやる気を出した。アバインは気づく。
この場にいる者達はどれもよくない噂しかない。炎狐に至っては、とある村を丸ごと全焼させた疑いがあった。
燃える赤々とした炎に照らされている瞬間が、金の次に快感と彼女は豪語する。アバインは肩を落とした。
もうどうやっても引き返せないのか、と。
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