(76)ノーヴァからの誘い①

~紗彩目線~



 誘拐犯本部侵入事件から一週間がたった日、今日も私は部屋の中で本を読んでいた。



 基本一緒にいるようにと言われているし、外に出なければ他の人たちの迷惑にはならないだろう。

 それに、私自身もともと部屋の中でのんびりする方も好きだったし。


 本を読んでいれば、コンコンとドアが叩かれる音が室内に響いた。

 誰かと思うと同時に、本人の自己紹介でノーヴァさんだということがわかった。



「お菓子…………作ろう?サーヤ」

「…………え?」



 うん、どういうこと?


 ノーヴァさんの言葉に、私は意味がわからなくなった。

 いや、だって急に部屋に来て「お菓子作ろう」って言われたら誰だって驚くだろう。


 そんな私に、ノーヴァさんは首をかしげている。

 いや、首をかしげないで?



「大丈夫…………俺がいるし」



 そんなノーヴァさんの的はずれな言葉に、私はもうなにも言う気はなくなった。


 とりあえず、ノーヴァさんは好きなことだけにはマイペース。

 それだけはわかった。






「ねぇ…………紗彩は【混血】ってどう思う?」

「え?」



 厨房に向かっているとき、ノーヴァさんの急な言葉に私は思わず立ち止まってしまった。



「【混血】…………【ハーフ】かな?…………半端者とか、怪物とかよく言われてる」

「…………そういう言い方は良くないと思うのですが」



 なんだ、その悪口のオンパレード。


 首をかしげながらノーヴァさんを見れば、彼はどこか泣きそうな雰囲気だった。


 とりあえず、何が言いたいのかわからないしまずは注意をしよう。

 そう思って言えば、首をかしげながら言った。



「…………そうかな?…………でも、言ってる人はいる」



 言っているから、ノーヴァさんも言っていい訳じゃないと思うんだけど。


 それに、ノーヴァさんの立場で悪口を言うのは二つの意味で不味いし。



「では、逆に聞きます。私には、獣人のような耳はありません。でも、ノーヴァさんにはあります」

「うん」

「私が、それを『変だ』と言ったり『気持ち悪い』と言ったらどう思いますか?」

「…………いやだ」



 ハーフに対してどうしてこんなことを言うのかはわからないけど、この事なら私とノーヴァさんにも当てはまるだろう。


 だって、私とノーヴァさんの場合は種族が違う。

 私はラノベとかで獣人の存在を知っていたからよかったけど、そうじゃなかったら?


 そう考えると、わかるだろう。

 自分の何倍も大きい、獣のような部分のある化け物だ。


 恩人を悪く言いたくないけど、だからと言って悪口も聞きたくない。

 悪口は聞いていて気分悪いし、何より学生時代の嫌な記憶を思い出す。



「『こっちに来るな、化け物』と言われたら?」

「い"や"だ」



 怪物と言う言葉は、化け物と変換もできる。


 どちらにしても、心を持つ人に対して言ってはいけない侮蔑の言葉だ。

 …………言った側にはわからないだろう。

 言われた側の気持ちなんて。


 そう思いながら聞けば、ノーヴァさんの声が涙声になった。

 顔は無表情だけど、もう雰囲気が泣きだす寸前の子供だった。


 …………親が共働きで、よくお世話していた近所のちびっ子たちのことを思い出した。

 とはいっても、泣きそうだからと言って叱るのをやめちゃいけないんだけど。

 泣いたから叱るのをやめたら、泣いたらやめてくれるって間違えて学習するらしいし。


 …………あれ、これって小さい子相手だよね?

 ノーヴァさんって、いくつだっけ?


 心の中で混乱しながらも、とにかくまずはノーヴァさんと話そうと彼の顔を見る。



「嫌ですよね?ノーヴァさんは自分が嫌だと思うことを、ハーフの人たちに対して行っているのですよ。それが、他の人が言っていたことだとしても」

「う"ん"」

「自分が嫌だと思うことを、相手も嫌がると思いませんか?」

「う"ん"」

「それなら、言わないようにしましょう?それに人が嫌がることを真似すれば、ノーヴァさんをよく知らない人はノーヴァさんのことを嫌な人だと勘違いしますよ?それでも、いいんですか?」



 ノーヴァさんに言い聞かせるようにして言えば、彼は目をウルウルとさせながら私の言葉を聞いている。

 …………なんだか、彼の姿が雨の日に段ボール箱の中でみーみー泣いている子猫に見えるのはなんでなんだろう?


 そう思いながらも彼に言う。


 自分がされて嫌なことを、他人にしてはいけない。

 小さい頃に、どこの家庭でも習うはずの言葉。

 どうして、成長していくうちに忘れていくんだろうか?


 特にいじめをする人とか、今も会社にいて文句を言っているであろうクソ上司たちとか。



「でも…………言ってた」



 遠い目をしながらそう思っていると、ノーヴァさんがボソリと呟いた。



「言っていた人たちは、可哀そうな人ですね」

「…………え?」

「だって、そうでしょう?誰からも注意をされないということは、誰からも関心を持たれていないということです。そういう他人の悪口を言う人は同じように悪口を言う人同士でなければ、気分が悪いという理由で人がどんどん離れていくでしょうね」



 注意されなければ、それが悪いことなのかなんてわからない。

 子供の頃は周りの人が教えてくれるけど、大人になれば注意なんてされない。

 注意はされず、ただどんどん人が離れていって結局周りに誰も人がいなくなる。


 仕事のことなら、注意はされる。

 でも同じことを何回も間違えれば、教えてくれた人も教えてくれなくなる。


 それに、学習しない人間以外にも意味もなく悪口や文句を言う人間もいた。


 学生時代もそうだった。

 小中高では、一定確率で悪口を言っているグループはいる。

 ただただ、気に入らない教師や生徒の悪口を言うだけのグループ。

 何が楽しいのか全く理解できなかったけど、悪口を言われるのは普通に嫌だったから目を付けられないように無視していた。



「悪口を言い合うだけの関係なんて、なんの信頼関係も持てなさそうですけど」

「…………うん」

「何より、ハーフが『怪物』と呼ばれる理由ってなんなんです?」

「…………力、強いから」



 …………確かに、力が強い人は怖い。


 でも、それだけで怖がるのだろうか?

 それだけで、怪物などと言ってハーフの人たちを侮辱していいのだろうか?



「ハーフの方は、全員暴れたり暴力を振るったりするんですか?」

「!?そんなことない!!」

「ハーフの方は、周りに対して理不尽なことを強いたりしましたか?」

「そんなこと…………ないよ!!」

「なら、どうして怖がるのです?…………力が強いから怖いって、それはノーヴァさんたちにも言えますよ」



 ノーヴァさんに淡々と聞けば、彼は即座に否定した。

 二回目の質問の時のノーヴァさんの反応からして、彼にはたぶんハーフの知り合いでもいるのかもしれない。

 その時のノーヴァさんの瞳は、泣きそうだったけど他の質問よりも否定の色が強かった。

 …………あの時の、友達の瞳と同じ瞳だった。


 …………そういえば、ジョゼフさんが教えてくれたな。


 ハーフのことを一方的に毛嫌いして、物扱いしている奴らがいるって。

 …………うん、クソだな。

 他人を物扱いなんて、いったい何様のつもりなんだろう?


 それに力が強くて怖いことになるのなら、ノーヴァさんたち獣人だって同じだ。



「力が強くて怖いのなら、私にとってノーヴァさんもハーフさんもどちらとも背が高くて力が強くて怖い存在になりますよ」

「え……あ……」



 いや、別に怖いとは言ってないよ?

 だから、そんな風に涙溜めながらプルプルと震えないで!


 でも、怖いというのもまた事実なんだけど。


 だって、彼らはその気になれば簡単に私を殺せる。

 身長だって力だってあるから、抑え込まれれば即あの世に行くのを覚悟する。


 でも、怖いのはどちらかと言うと彼らじゃない。



「でも、私は怖くありません。どうしてなのか、わかりますか?」

「…………?」

「ノーヴァさんたちは、力を守るために使っているからです。騎士団の人たちは、いつも鍛練して町の人たちの平和を守っています」



 ここに来てわかった。


 彼らは、いつだって守るために強くなっている。

 それに、彼らはいつだって私がわからないことがあればすぐに教えてくれる。


 とても、優しい人たち。

 私は、なにも役に立っていないのに。

 ただ飯食らいのお荷物なのに。


 そんな私に対して、彼らは優しくて時には厳しく接してくれる。



「私は、C級の人と対峙したとき怖かったです。だって、私を簡単に傷つけることができる人だったからです」



 そのてん、C級のあの人は違う。

 子供でも女でも大人でも、平気で相手を傷つけることができる。

 と言うより、一度人を殺すと次にするときに恐怖心や罪悪感が生まれないのかもしれない。


 だからこそ、それが怖い。

 どんなに守ろうと思っても、目の前で奪われるかもしれない。

 助けてくれた騎士たちが、私を守ったせいで死ぬかもしれない。

 …………大切な人を失うかもしれない。


 騎士たちも犯罪者も、種族が同じなのにこれだけ違いがある。


 力が強いから怖いんじゃなくて、もっと違うところを見ればいいんだ。

 何も、ハーフの人たち全員が犯罪者なわけじゃない。

 中には、私達の生活を支えていたり、普通に誰かと愛し合って幸せに暮らしている人だっているはず。



 だから__




「だからその……使い方次第じゃないですかね?それぞれの使い方です。ノーヴァさんたちが持っている武器だって、騎士が使うから人を守る武器になっているけど、犯罪者が使えば人を傷つける武器になります。だからその…………強さとかに目がいっちゃうとは思いますが、その人の人柄を知ればその人がどんなことに力を使うかわかると思います」



 結局は、その人の人柄なんだ。

 漫画でもあったけど、敵向きと味方向きとか能力や武器にはそんなものはない。

 使う人の使い方で、すべてが決まるんだ。


 どんなに敵向きの能力でも、それを味方に使えれば大きな戦力にだってなる。

 漫画の主人公も言っていたし。


 …………やっぱり、漫画や小説の主人公はすごいな。

 私じゃあグダグダになって何も格好つかないけど、自分の考えもしっかり言えて守りたい人もしっかりと守れる。


 …………私も、そんな主人公たちみたいになりたいな。

 なれるかわかんないけど。



 そう思っていると、急にノーヴァさんが抱き着いてきた。

 

 とりあえず、なんでこうなった?

 あと、ノーヴァさんがちゃっかり中腰姿勢だからノーヴァさんの腹筋を堪能しちゃうんだけど、どういう反応をするのが正しいのだろう?



「サ"ーヤ"、い"い"こ"」

「え、あのノーヴァさん?」

「…………はあ、放っておけ」



 完全に泣いてしまっているノーヴァさんに慌てれば、知らない声と共に強い力で引っ張られた。


 慌てて後ろを振り向けば、うなじまでの黒髪に熊の耳がついたつりあがった黒目の男性がいた。

 たぶん身長は、ジョゼフさんよりも少し低いだろう。


 そして、私はそんな高い男性に中途半端な高さのところで持ち上げられている。

 …………足が……プラプラしていて非常に怖い。



「すまなかった」

「え、あのどちら様ですか?」



 男性が急に頭を下げて謝りだしてしまい、私はそんなことしか言えなかった。



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