第11話 君に届け、僕の声
月哉はマイクに近づく。
それから静かに大きく息を吸い込む。
落ち着いてから話し出した。
「俺、ある女の子を助けたんだ。
初めて会った時その子は何故かずぶ濡れで、俺はただ事じゃないと思って助けたんだ。
俺の方が先輩なのに、その子はタメ口だったよ。
でもいい子だった。嫌な感じがしなかった。
いつも黄色い声援を受けてて、正直現実にうんざりしてたんだ。
だからなんの壁もなく自然に話してもらえるのがすごく楽だった。
俺さ、学校では上手く好青年演じてるけどたまに疲れるんだ。だからプレゼントとかだって平気で捨てれる。
そんな俺も否定しないでくれた。」
思い出す。ずぶ濡れの森村。
あのとき、水だけが森村を濡らしたわけじゃなかった。
瞳から流れる涙が、森村の頬を濡らしていた。
不謹慎かもしれないが、あのときの顔がすごく綺麗だったんだ。
そして、返されたジャージ。
バターの香りのクッキー。
小さな体にたくさんの出来事が詰まっている森村の心。
「俺のこともわりと早く気づいてたんでしょ?
君は俺の知ってる女の子で、森村さん。森村キサト。」
『うん。』
「・・・・よかった。」
不思議だ。
森村がイノリだとしても嫌じゃなかった。
むしろ安心したんだ。
「イノリ・・・・いや、キサト。想像どおりの女の子だった。
俺がずっと好きだった、思い描いていた女の子がキサトでよかったよ。」
イヤホンからは、嗚咽混じりの鳴き声が聞こえた。
『なんでそんな優しいの。』
「優しくないよ、俺。」
『あたし、月さんが先輩って知ってて黙ってたんだよ。
先輩が、イノリが好きだって聞いてて黙ってたんだよ。』
「俺の方がびっくりしたよ。
それに、イノリは素性は明かさない。だから隠してたって仕方がないことだろ?」
もしも今目の前に森村がいたら、間違いなく抱き締めているだろう。あの時のように。
『あたしね、気づいた時にどうしようって思った。
今までにあたしに告白してきた出会い厨は、体目当てのどうしようもない男ばっかりだった。
でも先輩はこんなに優しくて親切であたしのこと好きって言ってくれて、しかもリアルでも優しくて。
・・・・だからもう隠せないって思ったし言わなくちゃって思ったの。』
月哉は森村の声が本当にいとおしかった。
「でも、なんで俺のところに来なくなったの?」
月哉が聞くと、森村は真剣な声色で言った。
『どうしても片付けなくちゃいけないものがあるの。』
「片付けなくちゃいけないもの?」
『そう。次に先輩に会うまでにどうしてもそれはやらないとダメなの。』
月哉は声に力をいれた。
「じゃあ、それが終わったら、また俺のところに来て。」
『もちろん。絶対行くよ。』
そうして、通話は切れた。
森村が片付けなければならないこととはなんなのだろうか。
とにかく胸騒ぎしかしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます