第9話 月夜の日の放送



『今日はちょっと落ち着いてお話をしようかな。

最近ちょっとリアルでいろいろ立て込んでてね、疲れちゃったんだよね。』


イノリの放送は、今日はBGMも落ち着いたピアノ曲でいつもよりもずっと落ち着いていた。


*おつかれ!

*お疲れ様!まったりいこう。


イノリをいたわるコメントが流れる。


『みんなありがとね。』


いつもあっという間に終わる放送が、今日はかなりスローペースなこともあり、さらに早く終わったような気がした。


放送が終わると月哉はメッセージを送った。

イノリが心配だった。

何だか空元気なような、力のないような声色なにがした。

それが何故か森村の姿と重なった。


イノリからの返信は早かった。

そしてすぐに通話がかかってきた。

そんなイノリの声は、少しだけ鼻声だった。


『月さん』

「どうしたの?大丈夫?無理してかけてこなくてよかったのに。」


どうしていいのかわからなかった。

いつも気丈なイノリの、弱った声。

さっきの放送は、相当無理をしていたに違いない。

泣いてる。声だけでもそうだとわかった。


『あたし、月さんとお話したかったよ。』

「ほんとに大丈夫?」

『うん。月さんってほんとに優しいね。』


先輩、優しすぎるんじゃない?

ふいに森村の言葉がよぎった。

女性に泣かれるとどうしていいのかわからない。

この前も、どうしたらいいのかわからなかった。


でも、ほっとけない。

イノリが好きだ。

本当の名前も顔も知らない。

でも間違いなく惹かれている。


『ごめんね、困るよね。』

「ううん。」

『あたし、月さんの声好きなの。』

「え?」

『あたしの大切な人に似てるの。』

「イノリさんの、大切な人?」


月哉は気になった。

運命の人に出会いたいと言ったイノリに。


「それは、運命の人?」

『わかんないの。いつの間にかそうなってた。』

「そっか。」


自分の声に似てる。

きっとマイクを通してるからそう思ったのだろう。

月哉はただイノリの話を聞く。

身近な人に重なって、さらに気になる。


『恋に恋してた。でもね、自分が恋してるって気づいちゃったの最近。あたしの一方的な片想いだけどね。

優しいの。とっても優しいの。あたしを助けてくれた人なの。』


そこで、イノリの言葉は詰まった。


『ごめん、これ以上は話せないや。あたし、素性は内緒だから。』


もしもイノリが自分のそばで泣いていたら、自分はどうするだろうか。月哉は考えた。


手を握って、自分が一番の味方だって伝えたい。

抱き締めて、目一杯甘やかしてやりたい。

でも、月哉は気づいたのだ。

それは自分じゃない。イノリが気づいた恋の相手。


『月さんごめんね。あたしわがままで。』

「ううん、いいんだ。」


でも、安心したんだ。

イノリは普通の女の子で、普通の人と同じように恋をする。

手の届かない場所にはいるけど、妙な親近感を覚えた。




***




森村は月哉の前に現れなくなった。

代わりに、月哉は森村の悪口を前より聞くようになった。


「来たぜ、ビッチ。」

「室さんが可愛いから嫉妬したんじゃない?」


そんな話で盛り上がっていた。

森村は何も知らないふりをしてただ廊下を通り過ぎていった。


「月哉知ってるっしょ?モリムラキサト。」

「知ってるよ。あの子別に悪い子じゃなくない?」

「あいつ室ちゃんの彼氏とったんだぜ。最低じゃん。」


月哉はその言葉に気分が悪くなった。

思わず友人に言い返した。


「俺は別に噂とか興味ないし。俺、話したことあるけど別に普通だった。」

「月哉の前だからだぜ、きっと。本性隠してるんだよ。」


そう言われても、別に信じなかった。

その友人と森村が直接話をしている所を見たことがなかったからだ。

それに、森村が「先輩、優しすぎるんじゃない?」って言ってきたあたり、誤解されるのが嫌だったのだろう。


イノリと森村が重なって仕方がない。

二人とも似たようなへこみ方をしたし、二人とも似たように喋るし。


帰り際に、下駄箱には再び手紙があった。

今度は差出人がちゃんと書かれていた。



「今日、夜10時に。」


森村モリムラ 祈里キサト

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