第30話 砲台の本番


「みなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!

お待たせしましたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 遠方から声が聞こえてきた。あの小柄なリディアが、家から砲台を取ってきてくれたのである。せっせせっせと砲台を押してここまできてくれたリディアは甲斐甲斐しくもあった。


「リディア!」「リディアさん!」


 俺達は頼もしい援軍の到着に、沈んでいた精神が多少は回復するのであった。


「二人とも、出来るだけ離れてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」


 遠方からリディアの叫び声が響き渡る。


「ん? ……なんだ? あれは?」


 まだ……この段階であるのならばモリガンの力があれば未然に防げた可能性は高い。だが、彼女は自身の力に対する、絶対的な自信があった。だが、時のその絶対的すぎる自信というものは慢心へとつながりかねない。そして今回の場合、その自信が慢心へと転化してしまったのだ。


「……面白い」


 モリガンは微笑を浮かべる。


「虫けらが……何やら小細工をしようとしているようだ。クックック」


 モリガンには余裕があった。虫けらである――人間やエルフやドワーフがどう足掻こうとも、自分には敵わないという絶対の自信があった。そうであるがゆえに、その足掻きを見て見たいという興味があった。

 その足掻きを真っ向から受けた上でそれを上回る。その時の絶望的な表情というものをモリガンは見て見たくて溜まらなくなったのだ。


「な、何をするつもりなのでしょうか……あいつ等」


「よい……放っておけ。虫けらごとのの足掻きなど、大したものではない」


 モリガンは余裕をもって俺達の反撃を見逃すのであった。俺達にとってはありがたい事この上ない。


「砲弾は詰めてあるか?」


 俺は訊いた。


「え、ええ……勿論です」


 リディアは答える。


「だったら問題ない。標準を合わせて、発射してくれ、リディア!」


「は、はい! わ、わかりました!」


 リディアは砲台の標準を合わせ、


「標準よし!」


 そしてトリガーを引く。


「発射(ファイア)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!


 リディアの掛け声と共に、砲台から砲弾が発射される。


「なっ!?」


 着弾する瞬間——初めてあの冷徹なモリガンの表情が歪みを見せた、そんなような気がした。


 爆発音が響く。着弾すると同時に、物凄い大爆発が起きたのだ。


「「「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」


 大勢の魔族兵達の悲鳴が聞こえる。


「うっ! ごぼっ! モリガン様、お逃げ――ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 魔人クレイモアもまた、爆発に巻き込まれた。


 無論、余裕をかましていたモリガンもまた例外ではない。


 あれほど大量にいた魔王軍が砲台の一撃により、塵芥となったのだ。


「改めて間近で見ると凄い威力です……」


 リノアはそう感心すると同時に恐れていた。強すぎるという力というのは頼もしいと同時に危険なものである。無意識に恐れを抱いたのであろう。


「あ、ああ……壮絶だったな」


「ふぅ……何とか間に合って良かったですー」


 そう、リディアは胸を撫で下ろしていた。


 ――だが。あの大爆発の中で、一人だけ生存者がいたのだ。そう……あの魔王軍四天王のモリガンである。

 

 無意識による魔力障壁(マジックシールド)を展開させている彼女は膨大な破壊力を持つ砲台による一撃を以ってすら、絶命たらしめるには威力が不足していたようだ。


 ――だが、流石の彼女を以ってすら無傷ではいられなかったようだ。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ。侮ったか……虫けらだと思って、甘く見すぎていた」


 頭から流血し……さらには肩を抑えている。死亡には至らなかったが、それでも十分な痛手を彼女は負っていたようだ。他の魔族兵達が残らず絶命していったにも関わらず生き残っているだけでも流石と言わざるを得ない。


「しぶといな……あの爆発の中、まだ生きているのか……」


 俺は嘆く。


「ええ……ですが、確実に弱っています。この状態だったら、もしかしたら私達でも勝てるかもしれません」


 リノアはそう言った。


「リディア……予備の砲弾は?」


 俺はリディアにそう聞いた。


「重くて、とても持ってこられませんでした。予備の砲弾まではとても……」


 小柄な彼女が必死にここまで砲弾を押してきたのだ。砲弾には車輪がついている為、ある程度は摩擦力を減らしてスムーズに運ぶことができるが。

 それでもリディアにとっては大きな負担だった事だろう。砲弾をここまで持ってこれるはずもない。


「……そうか、なら仕方ないな。俺達、自身の力で闘うしかないか」


「ええ……そうですね」


 俺達は構えた。残りは手負いのモリガン一人だ。何とかなるかもしれない。あのヘイトの奴が残っていればもっと優位に闘えたのだが、仕方がない。ただ無事にモリガンに勝利した場合、ヘイトの奴が大人しく帰るとも思えなかった。


 一転して俺達に危害を加えてくる可能性もあった。だからあいつが逃げ帰ったのは反って良かった面もあるかもしれない……そう考えられた。敵の敵が味方とは限らないからだ。特にあいつの場合。


 なんにせよ、今この場にいない人間の力を期待していても仕方ない。俺達は今出来る事をやるしかないのだ。


 ――と、だが、モリガンの対応は予想外だった。


「損傷が思っていたよりも大きい……この私があんな虫けら共に負ける事などありえない……あって良いはずがない」


 モリガンは嘆く。そうだ……モリガンにとって俺達との闘いは闘いではない。俺達にとっては命をかけた戦闘でも、彼女のような絶対的強者にとってはただの蹂躙である。

 蟻を捻りつぶし、遊んでいるようなものだ。彼女にとってはただの戯れ事なのだ。

 戯れ事に命の危機があっていいはずがない。彼女にとってはダメージを食らっている現状自体が想定外の出来事なのだ。


 だから、わざわざ危険を冒してまで俺達と闘うなんて選択を彼女がするはずもなかった。


「……喜べ、虫けら共。今回は見逃してやろう」


 どこかの義弟が言ったような台詞を今度はモリガンが放つ。


「逃げるのか?」


「ふざけた台詞を言うな! 見逃してやると言っているんだ! このまま闘ったとしても私が99%勝利する……だが、1%は可能性がある事を認めよう。そのような危険を私が冒せるはずがなかろう!」


 モリガンは激昂した。


「……グラン様。モリガンは脅威です。このまま闘ったとして私達が無事に済むはずがありません。追いかけずに大人しく見逃しましょう」


「……ああ。そうだな。その通りだ。それに俺達の目的は彼女を倒す事ではない。魔王軍の進軍は退ける事ができた……それだけで十二分だ。予想以上の大勝利だ」


 そもそも時間を稼ぐだけで十分だったのに、退ける事ができたのだ。その上に魔王軍四天王の一角を倒そうなんて虫の良い話であった。


「……それではさらばだ。虫けらども……次に会った時はこうはいかないからな。次は全力で叩き潰す」


 そう言い残して、モリガンは忽然と姿を消した。恐らくは転移魔法(テレポーテーション)で魔王城に帰っていったのであろう。


「ふう……行ったか」


 俺は胸を撫で下ろす。


「ええ……いなくなったようです」


「帰りましょうか……グラン様」


 そう、リディアが言った。


「ああ……そうだな、帰ろうか。俺達の家に……やっぱり家にいる時が一番落ち着くよな」


 こうして苦難を乗り越えた俺達は自分達の家に帰っていくのであった。


 家に帰ってしばらくした後、思いもしない来客が訪れる事となる。

 

 それはなんと、人間の国アークライトからの使者であった。




 

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