第41話「戦況と魔王」

 先陣を切るのは二人の異能者ギフテッド

 一人の剣は美しい光跡となり、モンスターを切り裂く。

 鋭い眼光としなやかに伸びる手足は、まるで舞っているかのようだ。

 もう一人の持つ小さな筒状の武器からは、小さな炸裂音と共に針が飛び、信じられない速度で目標を貫く。

 あどけなさすら残す柔らかな印象を残す少女は、次々と獲物を打ち倒していった。

 そして、その二人を指揮し、変化に富んだ様々な魔法で戦場を彩る魔術師ソーサラー

 小麦色の髪、同じ色の瞳。

 ドゥムノニアの貴族しか着ることを許されない青色の襟の軍服を着ている。

 その冷静な声に、歴戦の冒険者たちも思わず指示に従っていた。


 まだ成人もしていない子どもにしか見えないその三人は、神話の世界から現れた神の使いのように、兵士たちには見えた。


「カミル、少し休みたまえよ」


 ポーションなどの補給品を受け取りに来たカミルに、ハルトムートは声をかけた。

 流石に当代一の異能者ギフテッドとはいえ、戦いにおいて全く無傷とはいかない。

 汗と血と土と、そのほかなんだかわからないモンスターの分泌物などでドロドロに汚れたカミルを、そのまま戦場に送り出すわけにはいかなかった。


「何を言っている。まだ敵はごまんといるだろう」


教官レーラーも言っていただろう。戦いの場では継戦能力が何より大切だ」


 続いて先ほど休憩を申し付けたマルティナを見る。

 清潔とは言い難い包帯と回復魔法で治療はされていたが、こちらも限界は近いだろう。

 それでも一緒に休息をとっていた冒険者たちに比べれば、まだと言えた。


「すまない、マリー、行けるかい?」


「あ、ハイ! それじゃ、ハルトさん、カミルさん、行ってきますね!」


 跳ねるように飛び起きたマルティナの元気のいい挨拶に小さくうなづくと、ハルトムートの指示が正しいことを理解したカミルはおとなしく下がり、回復の魔法を受けた。

 一緒に休んでいた数人の冒険者が、痛む体を引きずるようにして立ち上がる。

 もっと手厚い治療を受けさせてあげたいところではあったが、治癒の魔法を使える者にも、その魔法元素マナの量にも限りはある。

 ハルトムートはただ頭を下げ、次に現れた冒険者に休息を命じた。


「ところでマルティナの休息は十分なのか? それと休めというのであれば、お前もだハルトムート。一度も休んでいないだろう」


 飲み物を口にしたカミルに言われて、ハルトムートはわずかに相好を崩した。

 パーティを組んだばかりのころは、他者を気遣うような発言は皆無だった。

 そもそも必要最低限以外の言葉を発することすら稀なのだ。

 当代最強という肩書や、これまで歩んできた人生がそうさせたのだろうが、ひと月にも満たないパーティとしての日々が、彼の心になにがしかの変化をもたらしたことは、喜ばしいことに思えた。


「ありがとう、ヘル・カミル。だがぼくは大丈夫だ。キミたちと違って前線に出て戦っているわけではない。ここで指示をして、時々精霊の力を借りているだけだからね」


「バカか。指揮官や魔術師ソーサラーが前線に出ていないからと、それをサボっていると思うものなどいないだろう。お前も休め。継戦能力を第一に考えろ」


 カミルの言うとおり、ハルトムートの額には汗がにじみ、肉体的にも精神的にも限界が近いことは見て取れた。

 それでも、ここにはこれほど大規模な戦闘の指揮を執った経験のあるものはいないのだ。

 ハルトムートは必要な知識を学園で学び、幼少のころから帝王学を叩き込まれている。

 能力のあるものは、その能力を正しく使わなければならない。

 また駆け込んできた斥候に向き直ると、ハルトムートは地図を広げ、戦況を書き込み、指示を出す作業に戻った。


「……大丈夫だよヘル・カミル。戦況は好転しつつある。日が暮れる前には落ち着くはずだ」


 自分に言い聞かせるように、地図から目を上げないままハルトムートはほほ笑む。

 しかし、どんな時でも相手の目をまっすぐに見つめて、誠実に話す彼のそんな姿に、カミルは不安を覚えた。


「おい」


 立ち上がり、ハルトムートの肩をつかむ。

 カミルが何か言うより早く、幕舎ばくしゃの外から悲鳴と怒号が上がった。


「ハルトムート殿! 魔王が――」


 言い終わる前に、斥候がその場に倒れる。

 傍らでハルトムートの肩に手をかけていたカミルも膝をつき、ギフト専用武器である巨大な剣はその手を滑り落ちた。

 異能ギフトを司る龍脈レイラインを乱す――魔王の襲来。

 普段からギフトの力で基礎能力が底上げされている異能者たちは、その力が消えてしまうと、まともに立ち上がることにすら苦労をするようだった。

 この状況では、冒険者の大半が役に立たない。

 ギフトに頼らない戦いができるハルトムートは、一瞬で判断し、前線へと走り出した。


「くっ……ハルトムート! 無茶をするな!」


「ヘル・カミル! キミは休んでいたまえ!」


 まるで昔話の「眠りに落ちた国」のように、そこかしこに冒険者が倒れている中をハルトムートは走る。

 精霊の力を借り、勢いを増したその視線の先に、マルティナの襟首をつかみ、仁王立ちになっている男の姿を認めた。


屹立きつりつする氷柱の神殿より世界を睥睨へいげいせし青巒せいらんの王よ、汝の友、ハルトムート=フライスィヒ・フォン・ヴォルフスブルクが申し上げる。七十二の瞳により彼の者どもを縛りあげたまえ」


 朗々たる詠唱。

 ハルトムートの背後に、美しく燃え盛る氷の鳳凰ほうおうが立ち上がった。

 すべての飾り羽にある半透明の瞳が、ゆっくりとまぶたを開き、魔王をにらむ。

 その刹那、周囲のすべては凍り付き、辺り一帯は蒼に染まった。

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