第28話「新たな試練」

 翌日の実技戦闘の終わりに、ヴァレンシュタインはパーティごとに並ばせた生徒を睥睨へいげいした。

 カツカツと杖を鳴らしながら一つ目のパーティへと近づく。


「お前たちは明日から第一層へもぐれ。戦闘に十回勝利するか、二日間経過するまで帰還するな」


 補佐官から受け取った第一層へのアタック許可書類にサインして、パーティへと投げつける。


「返事はどうした」


「ヤ……了解しましたヤヴォール!」


 ヴァレンシュタインは次々に指示を出しながらゆっくりと歩いた。

 その間に、あるパーティは別パーティとの合体を。

 別のパーティには基礎練習のみのメニューを告げる。

 エッポ隊にいたカミルは現在のパーティを離脱し、ハルトムートとマルティナの三人で新たなパーティを組むよう指示が下った。

 突然の成り行きに、ハルトムートは異議を唱える。


「待ってください先生レーラー、ぼくのパーティにはベルもサシャもヒルデガルドも必要です」


 困惑顔で、マルティナもうなずく。

 しかし、ヴァレンシュタインは一顧だにしなかった。


「それぞれが単体として必要な動きを学べば、後はどうとでも好きにパーティを組むがいい。だが貴様らはまだパーティとしての練度を上げる段階に居ない」


 新たなハルトムート隊には、学園全体でも数人にしか指示されていない「ヴァレンシュタインの元での訓練」が言い渡された。


 それ以上何も言わせず、最後に残ったベル、ヒルデガルド、サシャの三名を見下ろす。

 ベルとヴァレンシュタインの視線が一瞬だけ絡み合い、ベルは瞳を伏せた。


「貴様ら三名にはひと月の猶予をくれてやる。次の新月までにそれぞれの武器を手に入れ、その使い方を学んで来い」


 一枚の羊皮紙を指先ではじく。

 受け取ることを拒否するように足元を見つめるベルの前を、羊皮紙はひらひらと舞い、地面に落ちた。

 ヒルデガルドはベルの分までヴァレンシュタインを睨みつける。

 サシャは全員の顔を見回した末に、意を決して羊皮紙を拾い上げた。


「以上だ。指導を受けるもの以外は解散。それぞれの目標を果たしたものだけ報告に来い」


了解ヤヴォール!」


 半数の生徒が軍隊式の返事し、それぞれの持ち場へと向かう。

 指示に納得のいかない残りの半数には目もくれず、ヴァレンシュタインは背中を向け、近くに置いてある椅子をきしませた。

 副教官に不平を漏らす者もいたが、直接指導を受けるもの以外の解散を重ねて指示されると、誰もそれ以上どうすることもできなかった。


「ベル……」


 ハルトムートがうつむき続けるベルに声をかけようと手を挙げる。

 しかしベルは、友人の手を拒むように背を向けた。


「行くぞ、サシャ、ヒルダ」


「ベル! よいのか?!」


 歩き始めたベルに、心配顔のヒルデガルドが問いかける。

 一瞬歩みを止めたベルだったが、振り向きもせず、大きくうなずいた。


「……俺の力が足りないってんだろ。心配するな、すぐに追いつく……ぜったいに認めさせる」


 前半分は友へ向けて。後ろ半分はかつて父と呼んだ男へ向けての言葉だった。

 ベルの決意を受け、サシャはベルと肩を組む。

 そんなベルたちを見て、ヴァレンシュタインはフンと小さく笑った。

 ヒルデガルドは大きくあかんべーをすると、もう一度歩き始めたベルたちの後を追う。

 ハルトムートとマルティナはお互い決意も新たに、これからパーティメンバーとなるカミルへ顔を向けた。


「話は済んだか?」


「うん、よろしくお願いするよ、カミル」


「俺は誰ともよろしくする気はない。パーティを組めと指示されたから組む。それだけだ」


 話は終わったとばかりに、カミルはヴァレンシュタインの元へと向かう。

 その背中に、マルティナが大きな声をかけた。


「あ、あの! パーティってそういうものじゃないと思います!」


 カミルは驚いた様子もなく振り返る。

 怪訝そうな顔に笑顔を返して、マルティナは手を差し出した。


「わたしはマルティナ・マイナート、こちらはハルトムート=フライスィヒ・フォン・ヴォルフブルクさん。マリーとハルトって呼んでくださいね」


 マルティナの手とあいさつの言葉を無視して、カミルはそう尋ねる。

 自然な動作で距離を詰めたマルティナは、カミルの手を取り、勝手に握手を交わした。

 ここでやっとカミルの顔色が変わる。

 手を取らせる気などなかった。

 つまりこの状況は、もしマルティナが武器を持っていて自分を害そうとしていたならば、最初の攻撃をくらってしまっていたということだ。

 背筋に冷たい汗が流れたカミルは、手を振り払って一歩足を引いた。


「お前、今何をした?」


「握手ですよ。パーティの仲間なんですから――」


「そうじゃない。なんだ今の歩方ほほうは」


 カミルが何に驚いているのか理解できず、マルティナはハルトムートへ助けを求める。

 しかしハルトムートにも理由はわからないまま、肩をすくめるしかなかった。


「それは軍隊戦闘術ベオウルフの基礎の基礎だ。まぁギリギリ及第点といったところだがな」


 椅子に座ったまま眺めていたヴァレンシュタインが面白そうに笑う。

 マルティナの足元を、そして自分自身の手のひらを見て、カミルはベルの去った扉へと視線を向ける。

 やがてヴァレンシュタインへと視線を戻したカミルは、ごくりと唾をのんだ。


「あいつはもっとうまくこれをやれるのか?」


「まぁ基礎的な身体能力は劣るが、技術的には何倍も上手いだろう」


「あんたはそれを教えてくれるのか?」


「貴様が上官に対する礼節を身に着ければな」


 ヴァレンシュタインの言葉をよく嚙み締めると、カミルは無言でひざを折り、こうべを垂れる。

 ハルトムートとマルティナもそれに続いた。

 やがて大きく成長して戻ってくるであろう仲間を信じ、自らも負けない強さを身に着けるために。

 

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