第23話「激突」

 アミノを先頭にベルたちが出発地点へ戻ると、もうすでに王立学園の生徒が集まっていた。

 アミノたちは迷宮の陰に身を隠し、ハルトムートたちが生徒の集団に紛れ込む。

 仲間たちへ向かって、まだ帰らないパーティはいないかと確認をとると、どうやら一人も欠けることなく集まっているようだった。

 空気の振動を操り、すべての会話を把握したロウリーが肯く。

 何もない空間から丸い卵のようなアーティファクトをひょいと取り出した【運び屋】ベゾアール・アイベックスは、それを空中に放り投げた。


――バンッ


 開けた空間で、卵がはじける。

 目もくらむような光と、方向感覚を狂わせる笛のような音が辺りを満たした。

 同時に走り出したベアが、通り抜けざまに王立学園の生徒に次々に触れる。

 触れられた生徒は何が起こったのか理解もできないまま、先の財宝のように虚空へと消えた。


「よし」


 マルティナの前で、最後の一人を消した【運び屋】が、ポンポンと手をたたく。

 光と音が消えると、そこにはもうハルトムートのパーティと【運び屋】パーティの三人しか残っていなかった。


「じゃあお前たちも。なに、収納している間の時間経過はゼロだ。一瞬後には外に出られるさ」


 【運び屋】の手がマルティナの肩に触れ、彼女も消えた。

 次にサシャが。そしてヒルデガルドが消える。

 ベルの肩に触れようとした手が、ふいっとかわされた。


「どうした? 怖がることはないぞ」


「怖くはない。あんたたちのことは信用している」


「じゃあどうした?」


 いぶかしげに見られたベルが、視線を伏せ、もう一度上げる。

 その瞳は、まっすぐにアミノを見ていた。


「あんたたちのことは知ってる。俺にとって『アルカイオス英雄伝』と『八王国建国譚』は、あこがれの冒険者そのものだからだ」


 見つめられたアミノは、ベルの瞳をまっすぐに受け止めている。

 自分の過去の罪。戦場で数多の人を殺してきたという罪のため、一度は諦めた冒険者という道。

 その至極ともいえる世界一の冒険者を前にして、ベルは自分を試さずにはいられなかった。


「世界一の前衛……【爆槍ばくそう】アミノ・スフェロプラスト。俺が目指す冒険者っていうのがどんなものか、俺自身の力がどのレベルにあるのかを知りたい。あんたと戦わせてくれないか」


 スッと左足を引き、腰を落とす。

 左手を腰に添え、右手は前方でアミノへ向けられた。

 完璧な戦いの構え。

 生命力オドはベルの周囲にまとわりつき、電気を帯びているかのようにパチパチと音をたてた。

 ここで冒険者同士が戦う道理は何もない。

 止めようとした【運び屋】だったが、アミノがパイルバンカーを構えるのを見て手を引いた。


「若いうちに自分の居場所を知るのは悪くないことです」


「恩に着る」


「でも、手加減はいたしませんよ」


「そうじゃなきゃ意味がないっ!」


 ものすごいスピードで、ベルは踏み込んだ。

 左足と同時に、回転の勢いそのままに左のこぶしが唸る。

 舞うように体をひねったアミノは、ベルのこぶしの外側で一回転すると、パイルバンカーで足元をすくった。

 一瞬の浮遊感。

 しかしその力を逃がさず、ベルは空中で一回転してアミノの肘関節を決めようとする。

 落ち着いているアミノは、関節が逆方向にひねられる寸前に、ベルの腰へ膝蹴りを入れた。


「っぐっ!」


 肺の空気が押し出され、ベルは唸る。

 自らの身長よりも長い、巨大な鋼鉄製の破城槌パイルバンカーをひょいと持ち替えたアミノは、そのままベルを振り払った。


「今のはなかなかいい攻撃でした」


 三回の追撃。

 飛び退すさるベルの着地点へ向けて、パイルバンカーが突き刺さる。

 飛び散る石畳の欠片を蹴り飛ばし、アミノがそれを避けるわずかな隙に、ベルは何とか距離をとることができた。


「もうこの辺でよろしいのではないですか?」


 余裕をもって、アミノはパイルバンカーを構えなおす。

 先ほどの膝蹴り一つで肋骨にひびの入ったベルは、膝をつきかけたが、構えをとることは出来た。


「まだ、試していないことがある」


「それはそうでしょうけど……そうしますと、わたくしもギフトを使わざるを得ません」


「言ったはずだ。そうでなくちゃ意味がない」


 ふっと短く息をはき、生命力オドを鋭く絞り出す。

 通常とは逆の左前の構えで空中に描かれた複雑な模様は、魔法元素マナを引きずり、魔方陣の形を成した。


戦闘術ベオウルフ……第十三式!」


射出インジェクション!!」


 ほぼ同時に。いや、ベルのの準備を待って、アミノが飛び込み、起動ワードを叫ぶ。

 亜麻色あまいろの瞳が青白く発光し、パイルバンカーの表面に稲妻いなずまが走った。


翼持つ賢者より降り注ぐ雷鳴ブリッツシュラーク・ツヴィッシェン・フリューゲル・ヴァイザー!」


 空気を切り裂き、周囲に紫色のルーン文字が渦巻く。

 次の瞬間、アミノの突き出したパイルバンカーの機構部分から重低音が響き、先端がさらに一メートル以上も打ち出された。

 同じ場所へ向け、何倍にも加速され、稲妻いなずまをまとったベルの右こぶしが飛ぶ。

 どちらの攻撃がまさっているにせよ、あまりにも強大すぎる力の激突によって、どちらも無事では済まないということだけは全員に分かった。


「そこまでだ」


 落ち着いた【運び屋】の声。

 同時に右手はアミノの武器、左手はベルのこぶしに触れる。

 第六層アーティファクトの力により、二人から放たれた破壊力エネルギーそのものを物質として固定した【運び屋】は、ギフトの力でそれを異空間に

 エネルギーすべてを片付けられてしまった二人は、力が抜け、ストンとその場に崩れ落ちる。

 二人を抱えた【運び屋】ベゾアール・アイベックスは若き冒険者たちに向け、笑顔を向けた。

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