重奏《クインテッド》

第13話「実地研修へ」

 ヒルデガルドの編入以降、ベルの周囲に起きた変化はいくつかある。

 一つは、ハルトムートのパーティに当然のようにヒルデガルドが加わったこと。

 ほぼ無詠唱で風の精霊魔法を使いこなす彼女の加入により、ハルトムート自身はクロスボウを使用するようにフォーメーションを変更した。

 ハルトムートの強力な魔法を使わないフォーメーションはもったいという意見もあったが、彼が戦術指示と中距離攻撃を主に担当するようになったことで全員の負担が減り、勝率は安定するようになった。


 二つ目。

 ベルと意気投合したサシャも、パーティに加わることになった。

 ただしこれはハルトムートの独断で行われた強引なだ。

 自分の趣味の話以外はまともにできないサシャは、今のパーティで下男かペットのように扱われていた。

 本人へ移籍の意思確認を行ったあと、ハルトムートは青襟きぞくとしての圧力と財力、さらには王族であるヒルデガルドの名をちらつかせることまでやって、サシャを手に入れたのだ。

 サシャの現状に対する義憤ぎふんからの行動かと、のちにベルが確認すると、ハルトムートはいつものように「ぼくの人を見る目を信用したまえ」とほほ笑んだ。


 そして最後の変化。


「おはよう、ベル」


「ようベル。今日は負けないぞ」


 パーティのメンバー以外からも、ふつうに話しかけられることが増えたことだ。

 これは『王族の友人』という新たな情報のみがもたらした変化ではない。

 学園の生徒にとって絶対的な評価の基準である実技戦闘リーグ戦において、今まで訳の分からない勝ち方と負け方を繰り返していたベルが、その実力を発揮しだしたことが大きい。

 ドゥムノニア人は、一般的にとてもプライドが高い。

 しかし同時に、優れたものを優れていると、正当に評価する広い心も有している。

 手を抜く試合で勝ちを譲り、他の試合ではいなすように負かす。

 そんな戦い方をしなくなったベルを、アングリア人だという色眼鏡を外した生徒たちが、正しく評価し始めたことによる変化だった。


「それまで!」


 教師の声がかかり、第五層ヒュンフトアーティファクトが全員の傷を癒す。

 マルティナとベルはハイタッチをかわし、ハルトムートはすぐそばに倒れていた相手の戦士に手を貸して起き上がらせた。


「わはは、余は強い! のうベル! そう思うじゃろ?!」


 ヒルデガルドは自慢げに胸をそらせて哄笑する。

 弓兵兼指揮官ハルトムート、遊撃手マルティナ、軽戦士ベル、魔術師ヒルデガルド、付与術師サシャ。

 この五人になってからの安定感は尋常ではない。

 パーティは瞬く間にランキングを駆け上がり、上位の常連となっていた。

 そのころには、やっとエッポのパーティも戦線に復帰する。

 前線にカミルをようする彼らのパーティもすぐに上位へと顔を出し、生徒の間ではベル対カミルの対戦を待ち望む声も聴かれはじめた。


 そんなある日のこと。

 午前の座学のために教室に集まった生徒へ向けて、いつもとは違う厳しい表情の教師が宣言した。


「本日より七日間をめどにでの実地研修を行う。四人以上のパーティを組んでいるものはパーティで参加。それ以外のものは臨時でパーティを組むように。出立は午後。アタックには第八王国の管理ポイントを使用する。具体的な目標その他については機密保持のため、現地での説明とする。以上、何か質問はあるか」


 突然の実地研修である。

 普段通りの授業を受けるつもりだった生徒に、心構えのできているものなどいない。

 それも、駆け出しの冒険者が向かう第一層ではなく、教師は確かにと言ったのだ。

 大人の冒険者が数か月の実績を示して初めてアタックを許される場所へ、ほとんど実戦経験のない学園の生徒を向かわせるなど正気の沙汰ではない。

 シン……と静まり返った教室を睥睨へいげいすると、教師は手をポンポンとたたいた。


「それでは午後までに装備を整え、中庭に集合。次の指示を待て。では解散」


 青襟きぞくに仕える使用人たちが、あわただしく装備の確認に走る。

 赤襟ギフテッド白襟ギフトなしたちも、それぞれに立ち上がり、とりあえず自室へ移動し始めた。


「装備を整えるって……なにをすればいいんでしょう?」


 ぞろぞろとパーティで廊下を進む途中、マルティナが心配そうにつぶやく。

 聞かれても、学園での生活が一番長いベルでさえ、実地研修はまだ二回目だ。

 あまつさえ学生がへ向かうなどというのは異例中の異例で、教科書に載っている装備の確認項目だけを見ても心もとない。

 座学の成績が優秀なハルトムートやサシャでさえ、頭を悩ませた。


「とりあえず……うちの執事バトラーが全員分の消耗品類は用意しているはずだ。キミたちは実技戦闘の時と同じように武器防具だけ用意して、ぼくの部屋へ来てほしい。……それでよろしいですか? ヒルダ」


「良きように。余のメイドたちもなにがしかは用意しておるじゃろ。共同で準備を進めるようにするがよいぞ」


 はじめは「殿下」と呼んでいたハルトムートたちも、ベルの「戦闘中にまどろっこしいだろ」という一言で、今はヒルデガルドのことをヒルダと愛称で呼ぶようになっていた。

 それでも、どうしてもハルトムートの言葉は敬語にならざるを得ない。

 ベルは気にくわない様子ではあったが、もともと回りくどい言い回しの多いハルトムートのことは、とりあえず諦めていた。


「じゃあ後でハルトの部屋に」


「うん、食事も用意しておくよ。何か食べながら相談しよう」


 実戦経験のない学生を大迷宮、第二層へと向かわせる。

 そんな無謀とも呼べる決断を上層部にさせたのほの暗さに、ハルトムートの心は闇の精霊の元へと沈み込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る