第四話 潮干狩り(水中)

 アストライア族の支配領域最深部。そこは太陽の光がほぼ届かない深海。


 俺が生まれたあの場所よりもさらに深いな。初めて来たわけではないが、やっぱりここの水圧は上とは比べ物にならない。


 ただ、暗さに関しては問題ない。俺の感覚器官は既に魔法で外部化されている。

 前に魔法で疑似的な聴覚を作った時を参考に、視覚や触覚と言った情報収集に欠かせない器官はムドラストに徹底的に教え込まれた。


 これがあるだけで戦闘は格段に楽になるし、地下を掘り進めるのにも非常に便利だ。


 さて、疑似的な視覚をもって辺りを見渡してみると、やはりこの辺は大型のタイタンロブスターが多い。

 ただし、上ならば知能に目覚め始めている年齢ではあるが、彼らの知能はそう高くない。


 そうだな、食料に困っていたとしても共食いを理性的に抑制できる程度だろうか。


 通常の甲殻類であれば、食料が不足しているかつ群れの密度が高い場合、共食いをしてしまうものだ。

 アストライア族の領域内であっても頻繁に起こることである。


 知恵ありしものの共食いはムドラストの法で禁じられているが、知能のない彼らは同族であっても食料にしか見えないのだ。

 そのため法律上彼らの共食いは認められている。というか、知能を持たない彼らは現時点で法律の適用外である。


 しかし共食いはれっきとした犯罪であり、極力避けるべき。そのため知恵ありしものたちが積極的に彼らの住処や密度を管理、不幸な事故を減らそうと働きかけている。


 とにかく、彼らの知能はそのくらいのものだということ。

 子どもたちを喰らう貝類に対して、自ら対策を立てることはできないのだ。


 だからここは俺がどうにかするしかない。もしもの時のため、ここの強力な大人たちも控えてくれている。

 彼らは知能こそないが、そのパワーと戦闘力はムドラストも信頼していた。以前巨大イカペアーが領内を侵攻してきたときも、彼らの協力でなんの被害もなく撃退できたそうだ。


 ここまで万全の体勢。どんな事態に陥ろうとも心配はないわけだ。


 さぁて弱い者いじめのクソ貝類はどこに潜んでいるのかな~?


 外部化した五感の全てを使って海底を捜索する。流石の俺もレーダーのように探索できるわけじゃないが、地面に張り付いた貝を見つけるくらい大したことはない。


「見つけた。水刃!」


 視界に映る貝は4匹。思っていたよりも大きいんだな。あさりみたいなのを想像していたんだが、体長は俺の半分くらいか。


 俺の身体は既に地球のロブスターとは比較にならない大きさのはず。何せ23年も生きているのだ。それを思えば、奴らが如何に巨大かがわかるだろう。

 ま、地球の物差しなんてもう忘れたけど。


 地上でのんびり擬態している貝を水の魔法で切断する。


 この海中で水系の魔法を使えない生物は少ない。それこそ、知能を得なければ魔法を行使できないタイタンロブスターくらいのものだ。

 だからあの貝も俺の魔法を感知できるはずだが、俺が20年かけて鍛え上げた魔法は十分通用するらしい。


 にしても上手く隠れるな。

 強化された俺の視力は色も正確に見比べられる。全力で集中すれば、タイタンロブスターの平面的な模様をくっきり浮かび上がらせられるほどに。


 しかし奴ら、俺の視力をもってしてもその数を正確に把握することが出来ていなかったらしい。


 そこに隠れている貝は4匹だと思っていたが、俺の攻撃に怯んだ貝が一斉に逃げ出し、16匹の貝が地面に潜り込んだ。


 マジかよ、俺は直接視野に入っている4匹しか認識出来ていなかったのか。生存しているのが16匹。俺が殺したのが2匹。

 つまり総数は18匹で、俺は14匹も見逃していたのだ。


 逃げ出した16匹は、本来土系魔法でも掘り進めるのに難儀する硬い岩盤を、いとも容易く突き進んでいく。


 魔法ではない。もしそうであればすぐにわかる。

 つまり彼らは、己の筋力と技術だけで硬い岩盤を掘り進めているのだ。


 なるほど確かに、これほどのパワーがあれば、タイタンロブスターの子どもたちが容易に食われてしまうのも納得できる。

 タイタンロブスターは幼くともかなりの力を有するものだ。知能を持たないうちは身体能力を強化し続ける。当然であろう。


 そんな彼らを襲い餌とするほどのパワー、油断はできない。


 だがなぁ、俺の魔法ならもっと速い! 20年修業し続けたんだ、そこいらの雑魚よりも遥かに強くて当然。


 俺は土系魔法を使って岩盤を掘り進めた。ここいらの地下インフラの地図は頭に入っている。音系魔法で逐一確認しつつ、風穴を開けてしまわないように注意しておく。

 ただここの岩盤は相当硬いから、結構大胆に掘ってしまってもトンネルが崩れ落ちる心配は薄いだろう。


 ひとまず今は殺さず追いかけるだけにとどめていた。

 ムドラストの話によると、こいつらは10数体では効かない数の群れを形成する。奴らの本拠地はさらに地中にあり、それを音魔法で見つけ出すのは困難だ。だから奴らに案内してもらおう。


 速度的に俺が劣ることは絶対にない。とにかく追って追って追いかけて、奴らの住処を暴きだす。


 そうして地面を掘り進んでいると、地図には記されていない小部屋に辿り着いた。


 やっとこさこいつらの住処を見つけた!


 そう思った瞬間、俺に無数の針が伸びてくる。


 罠だ!

 そも、あれほど巧みに岩盤に擬態していたこいつらが、特定の住処を持っている方がおかしいのだ。

 前世の記憶を持ちながら、そんな簡単なことにすら気付かなかった。


 俺は水系魔法、水流操作で後方に高速移動し、これを緊急回避する。


 あぶねぇ! 小部屋の中にはこれまた完璧な擬態をした貝が集結していた!

 数にして20~30といったところか。とんでもない密度の群れ。無暗に突撃すれば手痛い反撃を受けるだろうことは火を見るより明らかである。


 というかロブスターの身体になってからというもの、後ろ側へ移動するのに慣れてしまった。

 それもそうだ。ロブスターになってからもう23年も経っている。むしろ人間の歩き方なんて忘れたわ。


 俺はバックして掘ってきた穴に戻ったわけだが、四方八方からさらに針が飛び出してきた。

 トンネルを貫通して意識の外から飛び出してくる針は鋭く、もし当たれば俺でも致命傷は間違いないだろう。


「当たれば、の話だがな」


 俺を狙った攻撃の悉くを避けていく。

 俺の感覚器官と反射速度は想像以上にその効力を発揮し、見てから回避余裕でした状態だ。


 だが俺から突撃するわけには行かない。今はまばらな攻撃だから避けられているだけで、あの密度の群れに飛び込めば即死は免れないだろう。


 俺は既にかなりの防御力を有しているが、ここの岩盤をも打ち砕く奴らの攻撃は、集団であれば10数秒で大人のタイタンロブスターすら殺して見せる。

 俺の体格は未だ大人ロブスターに劣るし、恐らく数秒もあれば絶命してしまうだろう。


 だからここは遠距離攻撃を選択する。

 現時点、俺が使える中で最も強力な遠距離攻撃と言えば、当然水系魔法である。


 むこうも水系魔法を使えるはずだし、それを察知できないはずもない。

 だが俺がアストライア族随一の頭脳と魔法を持つムドラストから20年教え込まれた魔法は、ただの野生動物よりも遥かに強い。


「水刃!」


 水を高圧で硬め、岩盤をも切断する切れ味。先程も潜伏していた貝を容易く切断して見せた。


 そんな超強力な魔法を小部屋に向かって大量に撃ちだす。反撃開始だ。

 俺の通ってきた穴に、直接顔を出していた貝を複数切断することに成功する。


 反撃ついでに、土魔法で退路を少し拡張した。

 ちょうど俺が一回転できる程度の横幅。壁から飛び出してくる攻撃を避けつつ、振り向きざまに水刃で針を切断した。


 奴らは一匹に付き一本しか針を持っていないのか、針を切断した個体から追撃されることはなかった。


 なるほど、たとえ絶命させられなくとも、奴らの武器を除いてしまえば無力化できるのか。

 いや、最終的に殺さなければ子どもたちの被害は収まらないが、とにかく今相手しなければならない敵が減るのは助かる。


 こいつぁ良い。今日の夕飯は貝の煮物だな。

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