第59話原初の過ちへの気づき

「っはい、もういいっしょ」

「えぇ? メイクも、清楚メイクも見たい」


 きゃっきゃ、と騒がしい声が小さく、細くなっていくのを聞き。

 俺は壁を背もたれにし、階段の上で座り込んでいた。


『やっぱり、王子様みたいな人がいい』


 ふと、昔に彼女が言っていた言葉が蘇る。

 そうゆうことか、ってこみ上げてくる羞恥と一緒に分からなかった最終ゴールの絵柄が見えた気がした。

 つまりあの時助けたから、入院させてしまった罪悪感や感謝から机も綺麗にされていた。

 そして最初の廊下で話した時や間違ってばかりという言葉も、俺の人柄を『王子』的なものだと勘違いさせてしまったから生まれた後悔という事。

 それは小学校で広めたのは病院で会った西原 拓也だとしても、片桐は笑いものにした後悔をこれまでしなかったって事でもある。

 別に、今更思うものはない。

 俺が片桐を単純に美化しすぎていただけ。失望と言えば片桐を悪く罵っているよう聞こえるかもしれないが、間違いなく判断を見誤った自分が悪いのだ。

 

「まさか……意図せず、片桐を助けてたなんてな」


 歯痒くなる言葉を使うけど運命の悪戯、そうとしか言いようがない。

 わざわざ東京まで来たってのに、再会し、なおかつイメチェンに気づかず助けてしまうんだからな。


「だが、助けたあれは一種のやけくそ、癇癪に近いもので……少なくとも光か闇の感情をなら闇、王子なんて綺麗じゃない」


 そんな一時的で得た偽りの仮面、評価なんてものはすぐに剥がれ落ちる。

 それにあんな天文学的な出来事など、俺には要らないし、嬉しくないし、必要もない。


「吊り橋効果で曇った片桐の目を覚まさせよう」


 やるべき事は完全に決まっている。

 真実を知る前と変わらず、関係の悪化をする。

 だが、退学になるような大きな問題ではなく、片桐の一個人へ対する地味に嫌われることをやり続ければ、


「――待て、本当にそれだけなら……俺は下着の時に幻滅されてなきゃ可笑しい」

 

 あの嘘が片桐にあまり効果無かったのは一体なぜだ。

 病院で雪宮が理由を聞いた時はやってないと信じている一方、根拠は言いたく無さげにしていた。

 ——そうだ、そもそも嫌ってないなら体育後の教室であいつは俺のスマホで何をしていた。

 いや、そもそも目的がスマホ以外という可能性も、


「服の乱れ、目的は……俺の服か?」


 思春期特有の自意識過剰か、我ながら気持ち悪い考えに至ったもんだ。


「そんな訳ないだろっ……冷静になれ」


 乾いた笑いを出し、首を振った俺は頭を叩いて思考をリセットする。


 考え直そう。

 ようは昔から体育などで、人がいない時に片桐が残ってて俺が犯人ではない、嘘と知る立場ならありえる。記憶が確かなら片桐は着替えが遅いタイプではあった。

 いつも最後に一人で来ては他人から遅い遅い言われ——更にひどくなったな。


「違う、何か違って間違えているんだ」


 深呼吸しながら俺は、

 そうだ、あの事故に何か見落としがあったのではないかと考えが及ぶ。


「なんて事のない横断歩道、黒髪に染めた片桐がスマホを凝視しながら渡っていた」


 鳴り響くクラクションの音に……っあ、いや、トラックの香川ナンバーは関係ないな。

 情報が有るとしたら片桐が凝視していたスマホだ。

 思い出せ、あの時のスマホには何が映ていた? 少なくとも助けられたほど俺が押したのだから手から転げ落ちたはずだ。

 あれは、あれは……。


「この学校までのGoogleマップの案内」


 そう、なんて事のないもの。

 本当に良かった、これで俺の写真だったならどんな顔をすれば全く分からな——西原、病院で『片桐はギリギリに進路を変えた』って言ってなかったか。

 それはつまり、土地勘や学校の場所もあまり分からずにこの学校を選んだ。それも急ってことにならないか。


「…………もし再会したのが天文学などではなく、片桐の方がわざわざ俺が選んだ学校に来たのだとしたら」


 瞬間、『自己完結した意思っていうのは相手にとって間違い・迷惑になっていたとしても気づけない』一番最初に磯崎先生と廊下で話した時の事が思い浮かび。

 次に、黒板に書かれ笑われていたあの時のことが鮮明に浮かぶ。

 

「あぁ、そんな……違う、そんなわけがない、今考えている方が間違いだっ!」


 人がいるかどうかなど気にすることなく、俺は声を上げて頭を掻きむしって、壁へ叩きつけた。

 10回ほど叩きつけながら、違う、違うと叫んで否定し続けると返って来る自分の声のこだまに気づぎ。

 声量を出し過ぎたことを反省しなごら、ずり落ちるようにぺたんっと床に座った。


「おぇぁ…………告白の答えなんて聞いちゃいない」

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