12:食物連鎖
「失礼しまーす」
「うわあ、俺クン保健室とかよくサボったわあ。保健の先生超エロくてヤバかった」
「何それ羨ましい。俺の学校は保健の先生厳しすぎてサボらせてもらえなかった。ちなみに男だった」
「マジ? それは……残念だな」
足を踏み入れた保健室は、月明かりに照らされて思ったよりも恐怖を感じさせる雰囲気ではない。
先陣を切る牛タルに続いて中に入っていくと、ここもまた隠し場所が多そうな部屋だと思った。
怖がっている割に率先して部屋に入っていく姿が、矛盾していて何だか面白い。
「そんじゃ手分け……ってわけにもいかないか、俺ら敵同士だし。俺らのじゃなければコッソリ共有してもいいけど」
「自分の見つけたらコッソリ持ち出すってことで。俺クンは奥から探そーっと。ユージこっち来るなよ?」
「行かないよ。いいから探せって、時間は限られてんだから」
そう言って薬や包帯などがしまわれている棚を物色し始める牛タルを尻目に、俺も自分の人形を探し始めることにする。
牛タルの人形はロウソク部屋にあるので、俺と行動を共にしているうちは、コイツは時間を無駄にするだけなのだが。隠し場所をバラした時のリアクションが楽しみだ。
まずはデスクの引き出しの中などを漁ってみるが、机の中に隠すというのはかえって安易なのかもしれない。
現在も使われている学校ではないので、物らしい物はそもそも入れられていないのだ。
続いてベッドの方へ向かった俺は、少しだけ躊躇して立ち止まる。
恐怖を感じさせる雰囲気ではないと考えたが、こればかりは前言撤回だ。
(何でこう……見えない場所って抵抗あるんだろうな)
室内は比較的明るいものの、カーテンで覆われたベッドだけは話が別だった。
月明かりを受けてうっすらとベッドの輪郭が透けて見えているのだが、布団の部分が何となく膨らんでいるような気がする。
「これ、ちゃんとカメラに映るかな。なんか、人が寝てるように見えるんだけど。俺だけ?」
「えっ、どれどれ?」
リスナーに向けた喋りのつもりだったが、それに反応したのは棚の中を探し終えたらしい牛タルだった。
俺の方に早歩きで近づいてくると、同じようにカーテンに覆われたベッドを見て顔を
「うわ、ヤバ……ねりちゃんコレ見える? 怖すぎなんですけど」
『なになに~? うっわ、怖! それ絶対誰か寝てるじゃん! 牛タル開けて開けて!』
「やだよ! 最初に発見したってことで、ユジっちに譲るから。俺クンは優先席とか譲れる男だから」
「いや何で俺だよ!? 牛タルの方がこういう時面白いリアクションできるだろ!」
「いいか、ユジっち。俺クンはさ、あくまで早食い系MyTuberなワケ。こういうのはさ、ホラゲー実況とかやってるユジっちの方が得意分野っしょ! ファイト!」
『ユージちゃん頑張れ~! ここで男見せたらモテるぞ~! 女の子のリスナー増えまくるぞ~!』
食物連鎖の二人は完全に悪ノリをしている。カップルMyTuberとして活躍しているだけあって、こういう時の連携には勝てない。
「……ほらほら、カルアちゃんも見てるぞ」
「オイ……!」
こっそりと耳打ちされた言葉に、俺は慌てて牛タルの背中を叩く。
どうやら聞かれてはいないようだったが、画面を見ると心配そうなカルアちゃんがこちらの様子を窺っているのがわかった。
クソ……! この状況じゃ引き下がるわけにいかないじゃないか!
そもそも怖くなんてないのだから、さっさと開けてしまえば良かったのだ。
「ったく……じゃあ、開けるぞ」
俺の背後で、牛タルが息を飲んでいるのがわかる。
カーテンに手を掛けた俺は、何が飛び出してこようと構うものかと覚悟を決めて、一気にそれを開いた。
「……何も……無い?」
呟かれた牛タルの言葉通り、そこには何も無かった。
正確に言えば、ベッドの上の掛け布団は膨らんでいたのだ。だが、そこを覗き込んでみると、中にはぽっかりとした暗闇があるだけだった。
『や~い、二人とも引っ掛かった~! 超ウケるんですけど!』
「ダミーちゃん……!!!!」
場に不似合いな声が響いたのはその時だ。
その声で、この不自然な膨らみは事前にダミーちゃんによって仕込まれたものなのだと理解した。
恐らく、いや間違いなく人形隠しをした際に仕込んでいたのだろう。
『あ、ちなみにダミーはそこに人形隠してないからネ! 暇だったからちょっとイタズラしちった』
「やってくれるぜダミーちゃん……俺クンも何か仕込んどきゃ良かった!」
「確かに、人形隠すってことだけしか考えてなかったな。MyTuberとしては、ダミーちゃんが一歩上手だったってことか」
隠していないとは言われたが、他の人間がここを訪れていないとも限らない。
念のためにベッドの下やマットレスの下なども調べてから、収穫は無いという結論に至った。
「もっと早く見つかると思ったんだけどなあ。みんな隠すの上手くない? 俺クンが探すの下手なわけじゃないよな?」
「だな。ダミーちゃんは一つ見つけてたけど、六つある中から自分のを見つけるって結構難易度高いのかも」
「……ユジっち、俺クンさあ。さっきお願い聞かれた時、強靭な胃袋欲しいって言ったじゃん?」
「ん? ああ、そうだったな。それがどうかしたか?」
どこか落ち込んだ様子の牛タルは、声音に先ほどまでの元気がない。
どうしたものかと思って見ると、スマホのマイク部分を指で押さえているのが見て取れた。
聞かれたくないことなのかもしれないと察した俺は、他を映しているふりをしてタブレットを遠ざける。
「本当はさ、胃袋なんかどうでもよくて。ねりちゃんを世界一幸せな女にしたいんだ」
「マジか」
「もちろん、幸せにするのは俺クンの力だし、俺クンが幸せにするんだけど。MyTuberって職業としちゃ不安定じゃん? トゴウ様ってのがホントにいるなら、先の保証が欲しいなって思ったんだよね」
牛タルはいわゆるチャラ男で、見た目も中身もイメージそのままのキャラクターだ。
だが、あくまでそれはMyTuber上での話だということを、俺は知っている。
本当の牛タルは凄く礼儀正しくて、常識人で、ねりちゃんを誰より大切に想っている男なのだ。
四歳差があるねりちゃんは遊ばれている、ビジネスカップルだなんて言う人間も少なくない。
そんな人間たちが、牛タルのこの言葉を聞いたらどんな反応をするのだろうか?
「なーんちゃって。今のはオフレコでヨロシク! 時間もったいないし、次行くぞ次!」
「……おう」
「んじゃ俺クンは他のトコ見てくるから、ユジっちも頑張れ!」
そう言って俺の肩を叩く牛タルは既にいつものテンションで、俺はその背中を見送りながら向かいの用務員室に足を向けようとしたのだが。
「……ユージちゃん」
「うわっ!?」
そのすぐ隣のトイレのドアが開いたかと思うと、中から姿を現したのは、バツの悪そうなねりちゃんだった。
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