10:人形探し


「夜の学校ってさあ、やっぱ雰囲気あるよな。病院とか墓地も怖いけど、通ったことがある分より身近っていうかさ。俺の場合、普段行かない場所って現実味感じられなくて怖いとか思わないんだよな」


 明るい時間帯の学校なら嫌というほど通ったが、夜の学校を訪れる機会なんてそうそう無い。


 子供の頃は、夜の学校で七不思議を試してみたいと思ったこともあった。トイレの花子さんや校庭に置かれた二宮金次郎、魔の十三階段などなど。

 けれど、それを試すことができるのはあくまで創作の世界の中での話だ。


 現実の学校には、大抵鍵がかけられているし、見回りや防犯システムだって作動している。

 だからこそ、こうして実際に夜の学校で何かをする動画や映画に、興味を惹かれる人間も少なくないのかもしれない。


「……と、西階段を通り過ぎて二階の一番端が校長室でーす。俺の中学の時の校長は朝礼の話が長すぎてヤバかったの思い出すわ。それじゃあ、失礼しまーす」


 廊下の突き当りに到着すると、室名札に『校長室』と書かれた部屋を見つけた。

 他の教室に比べて、少しだけ重厚感のある扉をゆっくりと開ける。


 校長室に呼び出されるような悪さをしたことはなかったので、こうして足を踏み入れるのは、思えば初めてのことだ。

 中は想像していたより広いわけでもなく、応接用の長机を挟んで黒い革張りのソファーが左右に配置されている。

 その奥には、校長が普段使用していたのであろうデスクと椅子が置かれていた。


「思ってたより、ここの探索はすぐに終わりそうだな。ほら、この辺は隠す場所無さそうだし」


 ライトで照らした限り、長机の下やソファーの上には何かがあるようには見えない。

 デスクの引き出しの中と本棚の中をざっと漁ってはみたが、人形を見つけることはできなかった。


「やっぱ無いかあ。……これって、歴代の校長の写真なのかな」


 テンポは良いに越したことはない。早々に諦めて部屋を出ようとしたところで、壁に飾られた写真に目を向ける。

 男性の方が多いようだが、女性の姿もちらほらと見えるそれは、皆にこやかな表情を見せていた。


「肖像権とかあるし後でモザイクかけるかもしんないけど、一応撮っとくか。……え?」


 俺は自撮りをするような格好で、その写真が背景として映るようにカメラを向ける。

 そこで、俺は自分の目を疑った。

 画面に映った写真の人物たちが、鬼のような形相で俺の方を睨みつけていたのだ。


 慌てて振り返るものの、そこに飾られている写真は先ほどと同じく微笑んだままになっている。


「見間違い……か? なんか、睨まれてるような気がしたんだけど」


 もう一度画面を確認してみるが、そこに映っている写真もやはり同じように微笑んでいた。

 薄暗いので、目の錯覚か何かだったのだろう。

 校庭で見かけた人影といい、廊下での見間違いといい、自分で思っているよりも俺はビビっているのだろうか?


「いや~、こういうトコから怪談って生まれてくのかもな。目の錯覚って怖い怖い。それじゃあ次……」


『人形見つけた!』


「えっ!?」


 気を取り直して次の場所へ移動しようと思った矢先、タブレットのスピーカーから聞こえてきた声に俺は驚く。

 俺だけではない。それまで人形探しをしていた他のメンバーの視線も、一斉に画面に向けられていた。


『あっ、これダミーのじゃないジャン。間違い間違い』


『何だよ、早とちりしてんじゃねーよ!』


 どうやらダミーちゃんが最初に人形を発見したようだが、隠されていたのは彼女の人形ではなかったらしい。

 誰もが安堵しただろうが、そのまま探索再開とはいかない。


「ダミーちゃん、画面隠して! 自分のじゃなくても、映ってる場所から特定されちゃうから!」


『え? あ、そっか。ちょい待ち』


 俺の言葉の意味に気がついたらしいダミーちゃんの画面は、すぐに真っ暗になる。

 恐らくスマホを抱き締めるようにして、映像が映らないようにしたのだろう。


 幸い、ダミーちゃんの画面に映っていたのは彼女の顔が大半で、誰の人形を見つけたのかまではわからなかった。

 だが、背景に映った場所を見れば、少なくともそこに人形がひとつあるということがバレてしまう。

 全員がそこに向かってしまえば、誰かしらが自分の人形を見つけてしまうということになるのだ。


『わー、ダミーちゃんの画面ちゃんと見とけば良かった!』


『けど、ズルして勝っても嬉しくないし。アタシは自力で見つけてみせるよ!』


 後悔の声を上げる牛タルに対して、ねりちゃんは意図しないことだとしても、不正を働かずにやり遂げる決意表明をする。


『確かに、自分の人形以外を見つけることだってありますよね。見つけたとしても、映す前にしっかり確認しておかないと』


 カルアちゃんの言う通り、ビデオ通話を繋いだ状態の人形探しは細心の注意を払わなければならない。

 人形を見つけられたことでテンションが上がってしまうかもしれないが、それが自分のものとは限らないのだ。


 仮に自分の人形だったとしても、ロウソクのある部屋に辿り着くまで油断はできない。

 同じタイミングで自分の人形を見つけたメンバーがいたとしたら、ロウソク部屋に近い人間の方が圧倒的に有利なのだから。


(……けど、今ので少し絞れたな)


 口には出さないが、先ほどダミーちゃんが映していた部屋の背景には特徴があった。

 壁が水色のタイルだったのだ。あれは間違いなくトイレの中だろう。


 この学校のトイレは各階に二つ、男女で分かれていることを踏まえて十二個のトイレがある。

 その上で、見つかった人形はダミーちゃんのものではなかった。

 さらに、自分で隠した人形を見つける人間はいないだろう。つまり、ダミーちゃんが隠したカルアちゃんの人形でもなかったということだ。


(俺か財王さん、もしくは食物連鎖のどちらかの人形がトイレにあるってことか……)


 さらに言えば、ダミーちゃんの声は大きい。

 各階のトイレの半分は西階段の目の前にあって、俺は今その西階段の隣の部屋にいる。

 タブレットのスピーカー以外から声は聞こえなかったので、恐らくはその上下階にもダミーちゃんはいなかったと推測される。


(となると、ダミーちゃんが見つけたのは東階段側のトイレだな)


 他のメンバーがそれに気づいたかどうかはわからないが、トイレには気を付けておいても良さそうだ。

 本来ならばすぐにトイレに向かっても良いのかもしれない。けれど、俺の行動で同じく場所に気づくメンバーがいないとも限らない。

 そこにあるのが俺の人形だという確証がない以上、その判断は賢明とは言えないだろう。


「ダミーちゃんのあっさり一人勝ちかと思って焦ったなあ。それじゃあ次は、向かいの職員室に……」


「ユージさん?」


 校長室を出て真向かいの職員室を目指そうとした時、スピーカーではなく俺を呼ぶ声が直に聞こえてくる。

 見ると、そこにはカルアちゃんの姿があった。丁度西階段を上ってきたところのようだ。


「カルアちゃん……!」


「もしかして、これから職員室ですか? ……良かったら、私もご一緒していいでしょうか?」


「も、もちろん!」


「良かった。なんだかんだ言っても、やっぱりずっと一人って心細くて。誰かに会えないかなって思ってたところだったんです」


 そう言って嬉しそうに微笑むカルアちゃんは、薄暗い中でもやはり可愛い。

 各自で人形探しをするとはいえ、校舎の中はダンジョンのように広いわけではない。こういった可能性もあるのではないかと考えていたのだが。


(まさかこんなに早く、二人っきりのチャンスが巡ってくるなんて。やっぱり今日はツイてるのかもしれない)


 優先すべきは人形探しだが、この機会に少しでも距離を縮めておきたいという下心を飲み込む必要もないだろう。

 俺は努めて平静を装いながら、職員室の扉を開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る