第33話


「に、西村…あんた…」


「…」


「い、今の、どうやったの…?今のも…武術なの?」


「…」


「に、人間って鍛えれば、あんなに早く石を投げられるものなの…?西村…あんたって…」


「…」


藍沢も馬鹿じゃない。


流石に、俺が単なる武術か何かの経験者じゃないことは勘付いているだろう。


だが…


俺は藍沢を仲間と認めたわけではない。


藍沢に何から何まで教えてやろうとは思わなかっ

た。


「なぁ、藍沢」


俺は藍沢をまっすぐに見ていった。


「は、はい…」


「俺はただ単にお前が俺についてきているのを見逃してやっているだけだ。お前を助けているわけじゃない」


「う、うん…」


「だから…あんまり後ろで小煩くされると鬱陶しいんだよ」


「…っ」


「何かに気付いたり、おかしいと思っても、俺に余計な質問はするな。お前がただ黙って俺の後ろについてくる限り、俺はお前に何もしない。いいな?」


「わ、わかった」


藍沢がこくりと頷いた。


よし。


これでいい。


今の藍沢は俺に見捨てられたら終わりだからな。


これで俺の明らかに人間離れした身体能力やスキルについて煩く追及してくることもないだろう。


俺は満足して再び歩き出す。


藍沢も必死になって俺についてくる。


「あ…」


だが、その途中で体力の限界が来たのか、つまづいてその場に座り込んでしまう。


「…」


手を貸さないと決めていた俺は、そのまま気にせず歩き続ける。


「待っ…あっ…あっ…」


藍沢は一度立ち上がろうとして失敗し、その後地面を這いずって俺についてこようとするが、当然距離は離れていく。


「いや、嫌ぁ…」


藍沢が泣きそうな声をあげる。


「ちっ」


俺は舌打ちをして足を止めた。


その直後だ。


『ガルルルル…』


『グルルルルル…』


『ガルルルルル…』


俺たちの前方に多くの黒い獣の群れが現れた。


地上にモンスターが溢れてから何度も目にしている

獣型のモンスター、ブラック・ウルフだ。


「多いな…」


ざっと三十匹はいるだろうか。


俺が今まで目にしたブラック・ウルフの群れの中では最大規模だった。


「ひっ…あっ…あっ」


振り返ると藍沢がこの世の終わりみたいな表情をしていた。


体力が尽きたために襲われたら即座に殺されると思ったのだろう。


縋るように俺を見てくる。


「…」


俺は咄嗟に選択肢を迫られる。


もちろん、俺が襲われる危険はないし、ブラック・ウルフたちは藍沢を狙って食い殺すだろう。


それはそれでいいような気がする。


俺はあくまで藍沢が俺についてくるのを黙認しているだけで、モンスターに襲われた時に助ける義務はない。


だが…


単に見捨てるのもなんか違う気がした。


ここで藍沢を見殺しにしたら、俺はかつて情け容赦なく俺をリンチしていた藍沢たちと同類になってしまう。


「少し試してみるか…」


そういうわけで、俺は藍沢を篩にかけることにした。


もし藍沢が俺の満足答えを出したら…俺は藍沢を助けてもいいと思った。


「まずいな…この数…流石にどうしようもない…」


俺はいかにも窮地っぽい感じを装いながらそういった。


「俺一人なら…逃げられるかもしれない…だが、そうじゃないなら…」


「…っ」


背後で藍沢が息を呑むのがわかった。


俺の意図が伝わったのだろう。


これで…


もし藍沢が命欲しさに俺に助けを求めるのだったら、俺は藍沢を見捨てることにした。


おそらく藍沢のことだから、俺に命乞いをしてくるだろう。


こんな状況で俺しか頼れないから、態度が軟化しているが、こいつの本性は所詮クズだ。


自分が死ぬ可能性があるとわかれば、たとえ俺を巻き込んででも助かろうとするだろう。


「運が悪い…もう少し数が少なければ…」


「…っ」


俺は演技を続けながら、藍沢が答えを出すのを待った。


『グルルル…』


『ガルルルル…』


ブラック・ウルフたちはどんどん近づいてきている。


俺はたまりかねてチラリと後ろを振り返った。 


すると、ちょうどこちらを見上げた藍沢と目があった。


「逃げて」


「…え」


「私のことはいいから、西村。あんただけで…逃げて…!」


「…」


あろうことか。


藍沢は自らを犠牲にして俺を逃す選択をした。

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