第3章

第22話 金髪の転入生と遭遇しました

「あー、疲れたあ……」


 牛鬼討伐から1ヶ月後、中間テストの結果も返ってきて俺はようやく肩の力を抜くことができた。

 英語や古文は【万能翻訳】のおかげで勉強しなくても何とかなるのだが、数学や物理はそうもいかない。

 しかし苦手分野に割く勉強時間を増やせたので今回の点数は完全文系な俺にしてはかなり良い方だった。


「修、テスト結果どうだった?」

「ぼちぼち。廉太郎は?」

「ははは、クソやばい」


 そう言って赤点ギリギリ、あるいは赤点の答案用紙を見せると廉太郎の顔は真っ青になる。

 まあ、そうなるだろうなと思って辺りを見回してみると同様に返却されたテスト結果に顔を真っ青にしている男子生徒がそれなりに多く、平均値もかなり低いものとなっていた。


 最初に断っておくが、この学校は特別有名な進学校とかではないし、テストも凄まじく難しいとかではない。

 普通に授業内容をノートに取って、普通にテスト勉強をすれば赤点を回避できる、はずだ。

 にも関わらずここまで平均値が低く赤点を取ってしまった者が続出した理由、それは青ざめた表情を浮かべている面々を見れば何となく察することができる。



 牛鬼討伐の翌週、普段通りに登校した俺は案の定クラスメイトからメモ渡しの件を追及されることとなった。

 それに対して俺は久遠にも口裏を合わせてもらって「バイトの手伝いをしただけだ」と誤魔化したのだが、それでも一部の生徒からの疑いが晴れることはなく、「俺の平和な高校生活はこれでおしまいか」と覚悟したものだ。


 しかしその僅か3日後、俺と久遠の一件を塗りつぶすような出来事が起こる。

 なんとこのクラスの男子生徒が他校の女子生徒と付き合い始めたのだ。

 クラスメイトの関心があくまで疑惑でしかない俺たちから、実際に付き合い始めたその男子生徒へと向かうのはある意味当然のことだった。


 とまあ、ここまでなら単にクラスメイトの1人に彼女が出来たということで一時の騒ぎで終わるのだが話はそれで終わらない。

 何とそれから時を置かずして、また別のクラスメイトに他校の彼女が出来たのだ。

 そしてたった1週間の内に廉太郎を含めて計5人のクラスメイトに彼女が出来るという異常な状況が発生する。

 それから彼らは、他の生徒が恋愛関連の噂話への興味を失うほどに彼女の惚気話をして、テスト期間中もデートをするなど恋人へ時間を費やしていった。

 その結果がこのザマというわけだ。


「まあ期末頑張れよ」

「おう……」


 廉太郎の肩に手を置いてそう励ますと、俺は帰り支度を始める。


「みゃーちゃん全教科で学年1位取ったの!?」

「入試成績1位の実績は伊達じゃないねえ」

「ねえねえ、期末の時は一緒にテスト勉強してくれない!?」


「うん、いいよ。皆で良い点を取ろうね」


 ふと振り返ると、久遠は女友達に囲まれながら和気あいあいと話していた。

 牛鬼の件が片付いて肩の荷が下りたのか、心なしか久遠の表情は入学式の日と比べるとどこか穏やかなように見える。

 そんな光景を尻目に俺は教室を出た。





(やっば、視聴覚室に忘れ物してたんだった)


 昇降口で靴を履き替えようとしたところで大事なことを思い出す。

 今朝の授業で俺は部室棟も兼ねた第2校舎の1階、その視聴覚室にノートを置き忘れたのだ。

 別に見られて困るようなことは書いてないが、後から教師にどやされることは避けたい。

 俺は踵を返すと急いで視聴覚室へと急ぐ。




「薄い青色のノート? もしかしてこれのこと?」

「それです! ご迷惑をおかけしてすいません!」


 幸いなことにノートは視聴覚室を部室にしている映画研究部の先輩が先に見つけていたらしく、無駄に探す暇を省くことができた。


 俺は先輩に頭を下げると、再び昇降口に向かって歩き出す。


「ん?」


 そこで廊下をうろうろしている日本人と何処かの国のハーフと思わしき金髪の女の子を見かける。

 制服はこの学校のものだが、あんな人は見たことがない。

 何か困っているようだしとりあえず話しかけてみようか。

 俺はスキル『万能翻訳』を発動して、英語で話しかける。


『どうかしましたか?』

『あら、これはどうも。でもわざわざ英語で話しかけなくても大丈夫よ』


 日本語が話せるのか。ならわざわざスキルを発動する意味はないな。


「そうでしたか。それで何か困っていたようですが、どうかしましたか?」

「職員室の場所が分からないの。この校舎をずっと探しているけど見つからなくて」


 職員室の場所が分からない、ということはこの人はこの学校に来るのは今日が初めてなのだろうか。

 いや余計な詮索は後だ。


「ここは第2校舎です。職員室があるのは隣の第1校舎ですよ。良かったら案内しましょうか? と言ってもほんとすぐそこですけど」

「ありがとう、助かるわ。ああそれと敬語は使わなくていいわよ。多分同学年だから」

「ならそうさせてもらうよ」


 そうして俺は彼女を連れて職員室へと向かう。

 彼女にも言ったがここから職員室までの距離はさほど遠くない。

 道順を丁寧に教えつつ移動しても5分も経たずに到着できる。


「……で、ここを右に曲がればすぐそこが職員室」

「あら、本当に近いのね」


 金髪の彼女は口に手をあてて驚く。

 さて、ここまで案内すればもう十分だろう。


「本当に助かったわ。あなたに出会えなかったら一生あの校舎をさ迷っていたでしょうから」

「また大げさな。それじゃ俺はこれで」

「ああ、待って。最後に名前を聞かせて」


 そういえばまだ自己紹介をしてなかったな。


「伊織修だ。名字が伊織で名前が修」

「……伊織修、うん覚えたわ。次に会ったら今日のお礼をさせてね」

「これくらいのことでお礼なんかしなくても大丈夫だよ。そういえば君の名前は?」


 彼女はその大きな胸に手をあてて、こう答える。


「アリシア・加守かもり・パターソンよ。時間を取らせて悪かったわね。それじゃあまた!」


 そう言って満面の笑みを浮かべると、彼女、アリシアは職員室へ走っていく。


 そんなアリシアの振る舞いを見て、あれは男子生徒から人気出そうだなあ、などと呑気なことを考えながら俺は昇降口へ向かった。




◇◇◇



「ふーん。あれ・・が伊織修、ね」

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