第21話 怪物退治の果てに 2
「ここは……?」
目が覚めるとそこはどこかの高級マンションの寝室だった。
天井にはシーリングファンが取り付けられており、大きな窓から日差しが差し込んでいる。
部屋の装飾は至ってシンプルで、本棚と観葉植物くらいしかない。
とりあえずここが何処なのか確認しないと、ズキズキと痛む頭でそう考えて起き上がると額から濡れたタオルが落ちてきた。
これは……、誰かが看病でもしてくれたのだろうか?
そんなことを考えていると、扉がガチャリと音を立てて開かれた。
「よかった。目が覚めたんですね」
部屋に入ってきたのはエプロンを着て濡れタオルが入った洗面器を持った久遠だ。
ようやく思い出した。あの後、俺は気絶したんだったな。
「悪い、久遠。迷惑かけたな」
「そんな、伊織くんが謝るようなことなんて何も。それより――」
久遠は洗面器をベッドの側にある棚に置くと、俺に深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。あなたをあんな危険な目に遇わせた上にこんなことに……」
あー、そういえば久遠にスキルやMPについて詳しく話してなかったな。
だから俺が鼻血を出して気絶したことを自分のせいだと思ってしまっているのか。
「いやいや、気にしなくていいよ。これは完全に俺のミスだから」
「で、でも――」
「というかそうして謝られると逆にこっちが申し訳なくなる。俺たちはどこも怪我せず、化け物は無事に討伐できた。それでいいだろ?」
「……そうですね。わかりました」
そう言って頭を上げた久遠だが、それでもその顔には自責の表情が残っていた。
うーん、これは俺から話題を振った方がよさそうだな。
「ところで久遠、ここは何処なんだ?」
「え? 私の家ですが?」
うん? 聞き間違えたかな?
今、久遠がここを「私の家」とか何とか言ったような気がするのだが。
「と、そうだ。ご飯どうします? 食べられますか?」
「えーっと、もらえるならもらおうかな」
「わかりました。ならリビングで待っていてください。あ、リビングは寝室を出て右の扉の先です」
少し気分が落ち着いたのか、久遠はいつもの調子を取り戻すと部屋を出ていく。
反対に俺は背中に冷や汗をかきながら恐る恐るといった様子で廊下に出る。
(……何だか凄く静かだな)
俺と久遠以外に人の気配が全くない。どうやら彼女のご家族は不在のようだ。
それが分かって少しホッとする。もし久遠の親御さんとばったり出くわしてしまったらどんな顔をしたらいいか分からないからな。
そんなことを考えながらリビングに入ると、味噌汁の良い匂いが漂ってくる。
テーブルの上には味噌汁に白米、漬物にハムエッグと立派な朝ごはんが置かれていた。
椅子に座ると久遠は「どうぞ」と手振りをする。
俺は両手を合わせて「いただきます」と言うと、早速わかめに豆腐とシンプルな味噌汁に口をつけた。
「お口に合えばよろしいのですが……」
「すっげえうまい。ウチで作る味噌汁より旨いかも」
「そ、そうですか。それはよかったです」
その旨さに素直に称賛の言葉を浴びせると、久遠は顔を赤らめる。
「今さらですけどご家族の方に連絡はしなくていいんですか?」
「元々友達の家に泊まってくると言っておいたから大丈夫だよ。それより久遠こそ俺なんかを家に上げてよかったのか? ご両親に――」
「大丈夫です。ここにはずっと私しか住んでいませんから」
本当に一瞬だが、彼女の声色が入学式初日の頃に見たあの冷たいものに変わった。
久遠に家族の話は地雷だったか。ならこの事はこれ以上触れないでおこう。
「わかった。それで牛鬼とかの妖魔はもう現れないんだよな」
「ええ、少なくともこの街にああいったものが現れることはもう無いかと」
その言葉を聞いて心の底から安心する。
通勤や登下校の際に妹や父さんが襲われたらと考えると不安でしょうがなかったからな……。
それから取り留めのない話をしながら朝食を食べ、皿洗いを終えると俺たちはようやく一息ついた。
「ふぅ……」
ホッと安堵のため息をつきながら淹れてもらった紅茶で一服していると、久遠が封筒を持って俺と向かい合わせになるように座る。
「こちらが今回の牛鬼討伐への協力に対する報酬です。どうぞ受け取ってください」
妙に畏まった態度に少し萎縮しながら封筒を受け取ると、俺はその分厚さと中身の重さに違和感を感じた。
小銭が入っているわけではない。恐らく中身は全て紙幣だろう。それで重みを感じるとは一体どれくらいの量が入っているんだ?
ダメだ、考え始めると色々怖くなってきた。
「その封筒には、100万円ほど入れさせて戴きました。もし足りないと思われたのなら遠慮なく言ってください」
1時間ぶりにまたも自分の耳を疑ってしまう。
100万? 彼女は今100万円と言ったのか?
「いやいや! そんな大金受け取れないよ!」
「牛鬼討伐、その報酬と考えればむしろ少ないくらいです。それに受け取っていただけないと久遠の名に恥がつきます」
……これは俺が受け取るまで絶対に自分から退こうとしないだろうな。
俺は渋々突き出された封筒を受けとると、それをアイテムボックスに収納した。
(……これで腕時計を買い換えようかな)
ちょうどそのタイミングでスマホが鳴る。
開くとそこには『いつになったら帰るんだ』という妹からの怒りのメッセージが届いていた。
「わりい、久遠。俺そろそろ帰るわ」
「わかりました。靴と荷物は寝室の手前に置いてあります」
俺は急いで帰り支度を済ませると、玄関へ向かう。
「それじゃあまた学校で」
「ええ、また学校で」
そう言って扉を手をかけようとしたその時。
「――伊織くん!」
「?」
「本当に、本当にありがとうございました!」
突然呼び止められたので振り返ると、久遠は大きく一礼すると満面の笑みを浮かべた。
「お、おう」
俺は照れ臭さを隠すように頭を伏せてそう答えると、久遠の家を出た。
自分の部屋についたのはそれから数十分ほど後のこと。
たった数時間離れていただけなのに妙な懐かしさを感じるのは気のせいだろうか。
「さて」
俺は『ステータス』と軽く念じる。
―――
伊織修 Lv112 人間
称号【名を冠する者を撃破せし者】
HP32000/32000
MP850/850
SP760
STR130
VIT135
DEX130
AGI145
INT140
エクストラスキル スキル貸与
スキル 鑑定 万能翻訳 空間転移魔法 認識阻害魔法 アイテムボックス 氷結魔法 治癒魔法 風魔法 水魔法 追跡・探知魔法
―――
一体どういうことかな、これは?
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