第31話 美しく花の唄
「すお姉、ほら、見てみて。すお姉の火は凄いんだよ」
緑に輝く小さな芽は、見ている間にも少しずつ大きくなっていく。
弥太はなぜだか自慢げで得意顔であった。
「もう少ししたら、取り戻せる? え? 何か失くしたの? 何でもない? うんうんわかった。すお姉にありがとうって、お陰でケガレがなくなったってお礼を言えばいいの? ちゃんとおいら、言えるよ……うん、うん、それと、桜の花びらがあるといいんだね。わかった。あたりを探してみる」
弥太は大きな声でそう告げると、鼻の穴を膨らませながらつぶらな瞳をキラキラさせて、
「ねえ、すお姉。お姫様がね、ありがとって」
大きな声で告げてきた。
蘇芳はうんうん頷くと、翼をぱたぱたさせながら、
「ほら、何か約束したんでしょ。早くしてあげて」
「うん。わかったぁ」
弥太は小走りに駆け出すと、櫻の樹があったあたりをくまなく探して、両の手にいっぱいの桜の花びらを嬉し気に運んできた。
一枚も零さないように、そろりそろりと運ぶ姿が滑稽でもあるのだが、とても愛らしい。
零さないように恐る恐る新芽に語り掛ける。
「これを周りに撒けばいいの? うん、じゃあ、花びらで埋めてみるね」
蘇芳には彩桜姫の声も韻の欠片すら聞こえていない。
届くのは会話している弥太の声だけ。
その気になれば葉を這う虫の足音すら聞き逃さないのに、耳を澄ませても何も聞こえない。
しかし、問題はない。
漏れ聞こえる弥太の声に蘇芳は笑みをこぼしているのだから。
「……ねえ、御姫様の具合ってどうなの?」
蘇芳が照れながら声を掛けたその時、紫色、薄紅色、白色の三人の花精娘がいきなり、緑に輝く芽の前に笑顔で現れた。
「大姫様が小さき姫様になられた」
「小さき姫様になって命を繋げられた」
「力強き新芽となって生まれ変わられた」
花精娘たちは先程までの無表情な姿はどこにもなく、美しき長い髪を振り乱しながら、手を取り合い喜び合った。
そうして、緑の新芽に向かって恭しく皆手をつき臣下の礼をとると、改めて向き直り、弥太の顔と蘇芳の顔をそれぞれじっと見やって、地面に額を押し付けるほど頭を下げ礼を尽くした。
「純なるがゆえに強き、良き水の香りのおのこよ」
「我らが大姫御前を清めし天の浄たる炎のお方よ」
「お二方の御恩我らはみな、決して忘れぬ」
「我ら夢見の丘の全ての花々が」
「今の世も先の世も全ての花々が、首を垂れて礼を捧ぐ」
「まことまことに礼を言う。いついかなる時も感謝を忘れぬ」
そう告げるとしばらく無言のまま頭を下げる三人の花精娘たち。
静謐の中にも朗らかな気が漂う中、
「ねえ、どうしたの? おなかが痛い? それともおなかすいた?」
と結構真剣に心配する、弥太の場を読めない言の葉が炸裂する。
その言葉に、弥太を除く、蘇芳と三人の花精娘たちはみな揃って声を上げて笑った。
三人の花精娘たちはそれを合図に、桜の花びらに埋もれている新芽を囲み、声をそろえて唄いながら舞い始めた。
透き通った心地よい優しい声が美しく木霊して、辺り一面に降り注ぐ。
〽花よ花よ、香りを召しませ。思いの香りを唄にのせ、たまのいのりを拍子に乗せて、光よ光よ、照らしませ。夢見の丘の姫ごぜは、かくもあるやと美しく、かくもあるやとかぐわしく、風も光もたおやかに、御身にまといてあな嬉し。花を愛でては風に水に光に映えて、あれが我らの姫ごぜの、麗し眩き花御前。咲かしょ、咲かしょ、桜の花を、根付け根付け櫻の大樹〽
百花繚乱、様々な種類の沢山の花々が弥太と蘇芳を取り囲んで一斉に咲き乱れた。
春の、夏の、秋の、冬の、全ての花々が大輪のあるいはとても小さな花々を色とりどりにいっぱいに咲かせている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます