第29話 炎と樹と思いの丈に

「ねえ、アンタもそれでいい? 最悪、灰に成るかも知れないけど、生きながら腐り果てるだなんていう嫌なことだけにはならないよ?」


「この身を朽ちるのを待たず、穢れが浄化さえされるなら、それこそが本望、本懐というもの。確とお願い申し上げ奉る。弥太殿、かような次第にて、言の葉を交わしてくれと願うたにも関わらず、約定を勝手に反故にしてしまうこと、許してたも」


 彩桜姫はその花の美しさを華美な優雅さに置き換えて、蘇芳にお辞儀したのち、改めて弥太に向き直り深々と頭を下げ、柔らかな顔つきでゆっくりと話した。


「弥太殿。これから何が起ころうとそれは妾の望み。妾が天の浄たるお方に願ったことなればお心を千々乱さず、彩桜という櫻の精がいたことを心の端に留めてくりょ」


 弥太は唯々つぶらな瞳で見上げながらこくんと頷いた。

 幼いながらもその覚悟が見て取れる。


「うん。わかった。この後、御姫さんに必ずお話しする。いっぱいいっぱいお話あるんだよ。だから、ね。楽しみにね。ね?」


 彩桜姫を何とか寂しくさせまいと一生懸命に、必死に語りかけている。

 蘇芳はそんな弥太の瞳を見た後、翼で自分の顔を覆うと、


「そうじゃあないでしょ。言葉の意味をしっかりと分かってあげなさいよ。どんだけ真っすぐなのよ。おバカ……」


 少しばかり蘇芳らしからぬしんみりした口調でつぶやいた。

 当の彩桜姫は輝くように美しく、そして実に楽しそうに笑った。


「妾にも欲があったとは……驚きじゃ。弥太殿の話、この身にて聴き入れてみたいと思うとは、実に驚きであり、とても愉快」


 その言葉を聞き笑顔の彩桜姫を見て、とげとげしかった蘇芳の雰囲気が少しばかり柔らかくなる。


「ふん。当り前じゃない。生あるものが何か求めるのは当たり前の事よ。何もかも諦めていそうな感じががアタイ気に入らなかったけど、今のあんたなら弥太の頼みがなくても、何とかしてあげる。でも、そんなに想うなら、弥太の話を聞いてみてからでも良いんじゃないの?」


 彩櫻姫は蘇芳の優しさを笑顔で受け止めながら、ふるふると首を横に振った。


「そは、未練というものをこの身の中に生じさせ、穢れが好む魂の傷を生むやもしれぬゆえ、今、この時こそが至福なれば……直ぐにお願いしたく存ずる」


「わかった。もう言わない。それじゃあ、覚悟は良いかしら?」


「心優しき、天の浄なるお方、弥太殿に見苦しきものを目にかけたくは無い故、花吹雪の旋風の中にて浄の炎の恩恵を希う。かなえてくりょうか?」


「ええ、アタイも弥太を泣かせたくないしね。後はアンタが始めたらアタイも始める」


「心得まいた。弥太殿。御身にお目にかかったことこの上もない無上の喜びであった。妾にまだ少しばかりの権能があるうちに、御身を言祝ぐ」


 彩桜姫は手を合わせると地に跪き、たおやかに指先をそろえて、両の手を地面へとそっと優しく添えるように触れ、目を閉じ、澄んだ声で歌い始めた。


〽純なるが故縛られることなきものに、その身と魂を、夢見の丘が約定せしめん。

 常にその命を見守りて、常にその魂の傍にありて、よき香りが汝を包み、深きまどろみの一片すらも良きものであるように、光に水に土に伏して願い奉る。

 そは夢見の花の全てが散りはて枯れても、必ず再び芽を出し花を咲かせるがごとく、とこしえに麗しきものなれば。

 花よ、花よ。とくと讃えよ、彼のもの純なる全てを〽


 美しい声が地に染み入り、歌声が次々と黄色い、赤い、紫の、白の、数えきることできない程の彩に溢れた花々が咲き誇る。

 一陣の風に乗って櫻の花が線を描くように弥太の周りにキラキラと輝きながら舞い、光の線を描き、その線に沿うように美しい花々が乱れ咲いていく。輝き溢れ零れ咲く無数色取り取りの花の渦の真ん中で、弥太は眩い美しさに心を奪われていた。


「はわわー、すんごいきれい」


 



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