第57話 私が、助けてあげる。

■春日ひより視点


「あの女……っ!」


 家に帰ってきた私は、部屋にこもり親指の爪を噛む。

 全部、あの女……優くんの隣にいた、あの女のせい。


 よりによって、優くんもなんであんな女をその隣に置いているの!

 あんな奴、優くんには相応しくない!


「アイツ……絶対に、優くんの優しさにつけこんで、甘えて、その隣に居座ってるのよ……!」


 あのバスでの光景を……あの、駅から優くんの家までの道のりでの光景を思い浮かべ、私は悔しさでギリ、と歯ぎしりをした。


 確かに、私には優くんの隣にいる資格はない。それは分かってる。

 でも……だからって、あんな女が優くんの隣にいていいはずがない!


 優くんには……優くんには、もっと別の……っ!


 その時。


 ――ピンポーン。


 一階で、インターホンが鳴り響いた。

 ……こんな時間に、一体誰が?


 すると。


 ――コン、コン。


「……ひより、あなたにお客よ」


 ドアの向こうから、冷たく告げるママの声。

 ハア……こんな私に、お客って一体誰よ……。


 顔をしかめながら頭を掻き、私は玄関へ向かうと。


「よう、久しぶり」


 そこにいたのは、あの・・和樹だった。


「……何? なんでアンタなんかが、軽々しく私の家に来てるわけ?」


 あの女への苛立ちもあり、私は吐き捨てるようにそう言った。

 そもそも、四年前のあの時から、私に近づくなってハッキリ告げたのに、どのツラを下げてここに来てるのよ。


 この……私から優くんを引き離した、最低のクズが。


「まあまあ、そう言うなよ。それより……優太が帰ってきてるの、知ってるか?」

「…………………………」


 なるほど……優くんがこの街に帰ってきたから、それをきっかけに私とよりでも戻したいとでもいう気かな。クズの分際で。


「……それが、どうかしたの?」

「どうかしたのって……オマエだって、優太にあれだけご執心だったんだから、もっと食いつくと思ったんだけどなあ」


 そう言って、和樹はヘラヘラと笑いながら肩を竦める。

 本当に……あの時の私は、なんでこんな奴に惹かれたんだろう。


「そんなの、アンタに関係ないでしょ? アンタだって、優くんに絡んだところで惨めになるだけなの、分かってないの?」

「は?」


 私の指摘がどうやら的を射ていたらしく、和樹は露骨に顔をしかめた。

 まあ、この街に帰ってきてるのを知ってるくらいだし、もう接触していても不思議じゃないか。


「あはは。ひょっとして、もう優くんに絡んで恥ずかしい思いしたんだ。ウケル」

「っ! ウ、ウルセエッ!」


 図星だからって、いちいち声を荒げられてもしょうがないんだけど。


「ハア……そんなくだらないこと言いに来たの? ホント、時間の無駄なんだけど」

「ま、待てよ! だ、だったらこれは知ってるか? アイツ、女連れで帰ってきてやがるんだぜ!」

「っ!」


 和樹が不用意に放った『女連れで帰ってきている』という言葉に、私はつい反応してしまった。


「ん? ハハ、なんだよ! 結局は、ひよりもとっくに絡んでんじゃねーか!」

「……言いたいことはそれだけ?」


 何故か嬉しそうに笑う和樹に、私は射殺すような視線を向ける。


「まあまあ聞けよ。それじゃ、その優太が連れてた女も当然見てるんだよな?」

「…………………………」


 和樹のせいであの女のことを思い出してしまい、思わず拳を握りしめた。

 アイツが……アイツが、優くんをたぶらかして……!


「ハハハ。それでさ、優太の奴がその女のこと『初穂』って言ってやがったから、試しにスマホで検索してみたらよ、何が出てきたと思う?」


 そう言うと、和樹は下卑たキモチワル笑みを浮かべた。


「知らないわよ。というか、私の前であの女の話をしないでよ。気分悪い」

「まあそう言うな。で、これが検索結果なんだけどよ」


 和樹がスマホの画面を私に見せ……っ!?


「な?」


 私の顔をのぞき込み、和樹がくつくつとわらう。

 だけど、その画面にはとんでもないことが表示されていて。


「ちょ、ちょっと貸して!」

「うお!?」


 和樹からスマホを無理やり奪い、私は画面をスクロールさせて食い入るように読む。


 そこには……あの女、“柿崎初穂”のことが書かれていた、しかも、ご丁寧にあの女の画像付きで。


「あ、あはは……!」


 なによアイツ! よりによって犯罪者の娘・・・・・なんじゃん!

 しかもここに載ってる事件って、あの詐欺事件だし!


 そんな奴が……そんな奴が、私の・・優くんの隣にいるなんて!


「許さない……っ!」


 これでハッキリした。

 あの女……柿崎初穂は優くんを利用するために、その隣にいてやがるんだ!


 絶対に……許せない!


「ハハ、それでさ。明日って“桜祭り”だろ? あの優太の馬鹿のことだから、絶対にあの女連れて来やがると思うんだよ。だからさ……」


 和樹の話に耳を傾け、私は……。


「あはは……アンタ、本当に最低ね」

「ウルセー! だけど、ひよりにとっても悪い話じゃないだろ?」

「……まあ」


 いえ……正直、優くんの目を覚ます意味でも、それが一番いいような気がする。

 ……和樹に協力するような形になるのは、心の底から嫌だけど。


「そういうことで、明日は協力してくれよ?」

「仕方ないわね……」


 調子よく笑う和樹に、私は溜息を吐きながら渋々了承したフリをする。

 あはは……優くん、あの女の正体を知ったら驚くだろうなあ……。


「んじゃ、頼んだぞ」


 和樹はニヤニヤしながら、玄関から出て行った。


「……優くん、待っててね? 私が必ず、優くんを助けてあげるから。そうすれば……」


 うん……優くんは、また私に振り向いてくれるはず。


 そう思い、私は口の端を吊り上げた。

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