第36話 犯人

「フフ……初穂先輩を脅かしていた不届き者の正体、つかみましてよ?」


 そう言って、武者小路さんはクスリ、と微笑んだ。

 というか、もう!? 昨日の今日だよ!?


「実は、昨日二人のアパートで張り込みをしていたところを、調査員が普通に見つけたらしいの……脇が甘すぎよね……」

「あー……」


 確かに、あんな目立つように落書きをしてるくらいだから、普通にアパートの前で張っていればすぐにバレるよねー……。


「それで、あんな真似をした馬鹿の正体は?」

「それなんですけど……二人いるうちの一人は、この大学の学生だったわ……」

「「ハア!?」」


 武者小路さんの言葉に、僕と初穂は思わず声を上げた。


「な、何でまた……」

「まだそこまでは分からないけど……でも、おかしいと思わない?」


 おかしい、ね……。

 実は僕も、この大学の学生が犯人と聞いた瞬間、思い至ったことがある。


 ひょっとして……。


「……例の事件を世間が知る前から、初穂のことを知っていた……?」

「ええ!?」


 僕の呟きに初穂が驚くけど……多分、そうなんじゃないかと思う。


「……直江くんは、どうしてそう思うのかしら?」

「うん……初穂、君が高校時代に目指していた大学って……」

「中法、大学……」


 そう……初穂は、弁護士の夢を叶えるためにこの“中法大学”を受験し、合格した。

 けど、例の巨額詐欺事件が明らかとなって、入学を諦めたんだ。


 でも……その事実については、報道などでは明らかにされていない。


「……だからその馬鹿な犯人は、初穂を追ってこの大学に入学した、ってことも考えられるんじゃないかって思ったんだ」

「そんな……」


 僕の憶測に、初穂が言葉を失う。

 じゃあ次に、なんだってそんな奴が初穂を追いこんだりしたのかってことだけど……いや、さすがにこれ以上は憶測が過ぎるか。


「……いずれにしても、ソイツに聞いたほうが早そうだね」

「う、うん……」

「ええ……」


 そう言うと、二人が頷く。


「それで、ソイツの名前は?」


 僕は、武者小路さんに尋ねると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「法学部三年……“小笠原おがさわら信二しんじ”」


 ソイツが……僕の初穂をこれまで苦しめてきた奴の名前……っ!


「……優太、落ち着いて。琴音が驚いてるよ」

「え? ……あ」


 初穂に指摘されて武者小路さんを見ると、彼女は僕を見て目を見開いていた。


「あ、あなた……そんな表情もするのね……」


 ぼ、僕、そんな変な顔してたのかな……。


「でも……優太は私のために、怒ってくれたんだよね……」

「あ、そ、それは……」

「あは……優太、ありがと」


 はは……初穂の顔を見たら、色々と冷静になれた。


「とにかく、午後の講義が始まるまでに、捕まえてやりましょう」

「だね」

「う、うん」


 そういうことで、僕達は午後に備えることとなった。


 ◇


「……それにしても、小笠原の野郎が、か……」


 二コマ目の授業も終わり、僕と佐々木先輩は小笠原信二が講義を受けている部屋の前で張り込んでいた。

 なお、初穂については木下先輩と武者小路さんに、一緒にいてもらっている。


「先輩、知り合いですか?」

「まさか。ただ、同じ学年でも小笠原はちょっと有名でな」

「有名?」

「まあ、見たら分かるよ」


 ということで、講義室の扉を凝視していると。


「……アイツが、小笠原信二だよ」


 そう言って佐々木先輩が指差した男は、なんと爽やかなイケメンだった!?


「せ、先輩!?」

「ああ……なんか、ムカツクだろ? しかもアイツ、同級生の女の子からも結構モテるんだよ」


 いや、まさかあんな奴が!? 普通にそんな真似・・・・・しなくても、困ってないだろ!?

 でも逆に、なんの遠慮もなくやれそう。うん、一切手加減いらないね。


 ということで。


「よう。ちょっといいか?」

「ん? 誰かと思えば、ええと……」

「ま、俺の名前はどうでもいいや。オマエに一番用があるのは、俺の後輩だからな」


 そう言うと、佐々木先輩はクイ、と顎で僕を指し示した。


「……どうも」

「っ!? ……誰?」


 小笠原信二はとぼけてるけど……はは、僕の顔を見て一瞬息を飲んだの、ちゃんと気づいてるから。


「んじゃ、行こうぜ?」

「ですね……ああ、そうそう。一応、昨日はバッチリ撮れてますから」

「…………………………」


 まあ、撮っているかどうか僕は知らないけど、脅すには充分だろう。

 それに、武者小路さんなら抜かりないだろうし。


 そのおかげで、小笠原信二は僕達の後に無言でついて来た。


「さて……それで、なんであんな真似を?」


 人気ひとけのない校舎裏に来るなり、僕は自分でも驚くくらい低い声で尋ねた。


「……言っている意味が分からないけど?」

「分からない? もう全部バレてるのに?」


 なおもとぼける小笠原信二に、僕は揶揄からかうような口調でそう告げる。


「それとも、僕の口から言ってやろうか? オマエが、僕の・・初穂をそこまで執拗に追い込む理由を」

「っ!」


 はは……あえて“僕の・・”って強調して言ってやったら、案の定メッチャ睨んでくるんだけど。

 でも、その反応で確信した。

 コイツはやっぱり……。


「いや、分かるよ? 初穂、可愛いもん。だから……追いかけたくもなるよね?」

「オ、オイ優太……ひょっとして、コイツ……」


 佐々木先輩が『嘘だろ?』とでも言いたそうな表情で僕を見る。


「ええ……この小笠原信二は、僕の・・初穂のことが好きなんですよ。それも、高校生の頃から」

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