第30話 大家の来訪
『柿崎初穂は『柿崎ファーム』巨額詐欺事件の社長の娘だ。犯罪者は即刻追い出せ!』
新聞受けに投函されていた手紙には、そんな心ない文章が書かれていた。
はは……笑わせる。
「そ、その……わ……私……ごめ……」
手紙と僕を交互に見て、柿崎さんは泣き出してしまった。
その
「いやあ、本当に馬鹿な連中っているんだね。というか、君のことをこんな手紙でバラしたからって、僕が君に対して悪い印象を持ったりすることなんて、永遠にあり得ないのに」
僕は柿崎さんを見つめながら、肩を
心の中にある、この手紙を投げ込んできやがった
「で、でも……」
「でも……何?」
努めて優しい声で、何か僕の
「……わ、私のせいで、き、君に迷惑が……」
「迷惑? この手紙が? そうだね」
手紙をヒラヒラさせながら、首肯すると。
「だって、僕は柿崎さんとせっかく楽しく暮らしているのに、それを邪魔しようとしてくるんだからね。もちろん、ただで済ませるつもりもないけど」
そうとも……これはある意味、チャンスかもしれない。
僕は、コイツ等にキッチリと報いを受けさせて、こんな真似をしたら痛い目に遭うんだと、教えてやらないとね。
「だからさ、誰が僕に対して迷惑を掛けているのか、ちゃんと分かっているよ。そして、君は僕に対して一切迷惑を掛けていないってことも」
「あ……」
うん、柿崎さんはすぐに自分のせいだって考え込んでしまうところがあるから、こうやって言葉にしてあげないとね。
君は、何も悪くないんだって……。
「あ、あは……き、君ならそう言うって……そう言ってくれるって分かってたんだけど、ね……」
柿崎さんは眼鏡を外し、ぐい、と濡れた涙を
「それよりさ、早く晩ご飯を食べようよ。僕はこのブリ大根を心ゆくまで堪能したいんだ」
「あは……うん……!」
そして僕達は気を取り直し、夕食を楽しんだ。
◇
「……そういうことで、できればその……」
次の日の朝、部屋を訪ねてきた大家と僕は、話をしている最中だ。
アイツ等に落書きされたドアの前で。
「すいません。ハッキリ言ってもらわないとよく分からないんですけど?」
言いにくそうにしている大家に、僕は若干イライラしながら尋ねる。
といっても、この大家が言いたいのは、彼女……柿崎さんを追い出すか、それとも僕と二人で出て行くか、その二択だろうけど。
「……やっぱり、ウチとしてもこんな被害に遭うのは……」
「はは、ですね。僕もこんないわれのない誹謗中傷の落書きをされて困ってるんですよ。だから大家さん、こんな真似をした連中にキッチリ損害賠償を請求してくださいね?」
「い、いや、それは……」
「? なんです? ひょっとして大家さん、被害に遭ってるのに加害者を庇うんですか?」
「そ、そういうわけでは……」
そもそも、大家がこんなに朝早くに来た時点で、大家の家にも投書があったんだろう。
そうじゃなきゃ、いくら表に落書きがあるからって、ここまで素早く行動できるわけないし。
「とにかく、僕はこれから先も平穏に暮らしたいですし、意味の分からないトラブルなんかに巻き込まれたくないんですよ」
「っ! だ、だけど、今回の落書きは直江さんが……」
「は? 僕が? 何を? そもそも僕はなにかしたんですか?」
「い、いや、アンタが
とうとうしびれを切らした大家は、声を荒げて僕に詰め寄る。
はは、馬鹿な奴。
「すいません、言ってる意味がまるで分からないんですけど?
「決まってる! あの“柿崎初穂”って女の子だよ!」
「ハア……ええと、その彼女がどんな罪を犯したんでしたっけ? 言ってくださいよ」
「それは! 詐欺で人から金を巻き上げて!」
「何を言ってるんですか? 彼女は詐欺なんてしてませんし、罪を犯してもいませんから。それに、そもそも彼女は僕の部屋に住んでるわけじゃないですよ? 単に遊びに来ているだけです。抱え込むって表現はおかしいですね」
僕は溜息を吐きながらかぶりを振ると、そんな態度が気に入らないのか大家は顔を真っ赤にした。
「君は知らないからそんなことが言えるんだ! とにかく、コッチとしては迷惑だから早く出て行ってくれ!」
はは、バーカ。
なんで僕達が出て行く必要があるんだか。
「……さすがに、大家さんの暴言の数々は見過ごせませんね。彼女に対する名誉棄損、それに、僕はあなたと交わした真っ当な契約に基づいてこの部屋に住んでいるんだ。それを無理に追い出そうとするのは契約不履行だし不当行為に当たる。悪いけど、正式に訴えさせてもらうから」
僕はスマホのボイスメモを再生し、今までの大家の暴言の数々を聞かせてやる。
「あ、別にコレ、脅しでもなんでもないですからね? それと、強制退去するには契約だって解除しないといけないし、正式な手順を踏んでください」
「…………………………」
これ以上はさすがに分が悪いと思ったのか、大家は何も言わずに去って行った。
すると。
「な、直江くん……」
ドアを開け、柿崎さんが顔を
「はは、大家も馬鹿だよね。クソみたいな連中の投書を鵜呑みにして、オマケにこうやって朝から
「だ、だけど……」
「まあまあ。それに、僕は今この時ほど、大学で法律を学んでよかったって思ってるよ。だって」
不安そうに僕の顔を
「そのおかげで、僕は君を守ることができるんだから」
そう、彼女に告げた。
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