第15話 ザマアミロ

「え、ええと……これ……」


 小さなテーブルに並ぶ、ちょっと可愛い食器類と、木下先輩が作ってくれたおかずのほかに、見慣れないおかずが加わっている。


「あは、今日カットしに行った時に、一緒に食器も買ってきたんだ。ホラ、昨日も一昨日も、苦労したから」

「そ、そっか。気づかなくてごめん」

「う、ううん! 私のほうこそ、住まわせてもらってるのに……ごめんね?」


 何故かお互い謝って、うつむいてしまった……。


「そ、そろそろ食べようか」

「そ、そうだね!」


 といっても、このままもじもじしててもしょうがないので、僕はそう切り出して手を合わせると。


「「いただきます」」


 箸を手に取って茶碗を持つ。

 なお、木下先輩のおかずはほうれん草のお浸しと、イカと里芋の煮物だ。

 そして……ほかほかの豚汁と玉子焼きは、多分柿崎さんが作ったものだろうな……。


 ということで、僕は箸を玉子焼きへと伸ばすと。


「……(じー)」


 ……うん、メッチャ見られてる。

 しかも、どこかソワソワした様子だし。


 とりあえず、彼女の視線に気づかないふりをして玉子焼きを一気に口の中に放り込むと。


「! お、美味しい!」

「ホ、ホント?」

「うん! すごくふわふわで柔らかくて、噛むとジュワッと口の中に出汁だしの味が広がって……うわあ、これはいくらでも食べたくなるよ!」

「あは、そ、そっか!」


 僕がべた褒めした瞬間、柿崎さんはぱああ、と最高の笑顔を見せた。

 いやだけど、お世辞抜きで本当に美味しいんだけど。


「そ、それじゃ、次は豚汁を……」


 茶碗をお椀に持ち替え、次に豚汁を食べてみる。


「はあ……豚汁もすごく美味しくで、温まるなあ……」

「だ、だよね! 今日はちょっと寒かったから、豚汁にしてみたんだ!」


 ああもう、これ以上ないってくらい、目の前の女の子が喜んでるんだけど。


「だけど柿崎さんって、料理が上手なんだね」

「あは、実はね、私が通ってた高校って女子高だったんだけど、家庭の授業にすごく力を入れてて……」


 柿崎さんが言うには、彼女の通っていたその女子高では前時代的な花嫁修業の一環として、料理や裁縫など、そういった分野に特に力を入れているらしい。

 うん、確かに時代遅れ感が否めない。


「だけど、今時そんな高校なんてあるの? にわかに信じられないんだけど……」

「う、うん。多分、直江くんも聞いたことがあるんじゃないかな。“憧渓どうけい女子大付属女子高校”ってところなんだけど……」

「ええ!? 柿崎さんってそこ出身なの!?」


 彼女の出身校を聞いて、僕は思わず驚いてしまった。

 ちなみに、その“憧渓女子大付属女子高校”っていうのは、地方出身の僕でも知っているほど、日本でも指折りのお嬢様学校で、当然、通っている女子生も政財界のトップの令嬢だ。


 そして……土曜日の合コン相手も“憧渓女子大”ということで、その高校出身の女の子達が来ることになるのかあ……。


「あ、あは……一応、その時は私も社長令嬢・・・・って肩書だったから……」


 柿崎さんは『といっても、成金令嬢だけどね』という言葉を付け加え、ぺろ、と舌を出して恥ずかしそうにする。


「そ、そうかー……本当に、柿崎さんはすごいなあ……」

「す、すごくなんかないよ……結局は、人を騙して手に入れたお金で通ってたんだし……」


 そう言うと、柿崎さんは打って変わって悲しそうな表情を見せた。

 ハア……昨日の夜、過去に触れないって言ったばかりなのに、僕は何してるんだよ……。


 でも。


「……料理上手なのは、別に誰かのお金とか関係なくて、君自身の力だよね。だから……僕は、そのことについてもっと胸を張っていいと思うけど」

「っ! ……ありがと」


 それから僕達は、お互いに恥ずかしくなってしまって無言で晩ご飯を食べ終えた。


 ◇


「あ、そうそう」


 お風呂にも入り、寝る準備をしている時に、僕は思い出したように柿崎さんに声を掛けた。


「? どうしたの?」

「いやホラ、隣の部屋の解約手続きとかって、どうなったかなと思って」

「あ、うん。それも今日済ませてきたよ……」


 そう答え、柿崎さんはそっと目を伏せてしまった。


「……なにかあった?」

「あ、あは、大したことじゃないよ……ただ、やっぱり大家さんのところにも匿名の手紙が届いたらしくて、私が出て行くって伝えたら、嬉しそうにしてたってだけで……」


 彼女は、キュ、と唇を噛む。

 ……一体、どれだけ彼女は苦しんだらいいんだよ。


 なんで、彼女がこんな理不尽な目に遭い続けなきゃいけないんだよ……!


「は、はは……じゃあ、ザマアミロ、だね」

「え……?」

「だって、考えてもみなよ。追い出したって思ってるそのどうしようもない馬鹿も、嬉しそうにしてる大家も、まさか隣の部屋で君が快適に過ごしてるだなんて思ってないだろうし。それこそ、してやったりな気分じゃない?」


 僕は精一杯おどけながら、柿崎さんにそう言った。


 少しでも、彼女が気にしなくてもいいように。

 少しでも、彼女が報われるように。


 すると。


「あ、あは……ホント、バカだよ……こんな私のために、そんなに優しく、して……くれ、て……!」

「うわっ!?」


 突然、柿崎さんが僕の胸に飛び込んで泣きじゃくった。

 僕は……ひよりに裏切られて、女性が苦手で、信じられなくて……だから、こうやって泣きつかれたら嫌で仕方ないはずなんだ。


 なのに。


 ――ぎゅ。


「……僕は、君を絶対に追い出したりなんかしない。ずっと、ここにいていいから……ね?」

「グス……ヒック……うん……うん……っ!」


 僕は彼女を抱きしめ、泣き止むまで優しく背中を撫でていた。

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